第49話 “裏”の会合

「皆様、よく集まってくれました」


 アルバート王国のどこか。

 誰も立ち入らず、仮に運悪く足を踏み入れた者がいれば二度と戻ってこられないであろう社会の裏側にて、とある人物達が会合していた。


 誰一人、素顔を晒している者はいない。

 誰もが仮面を被り、魔道具による映像投射と通信によってこの場に集っている。


 そんな正体不明の男達の前で、ただ一人頭を覆うフード以外は何も風貌を隠すものを身に付けず、朗々と司会進行を行うその男は、にこにこと笑顔のまま語り続けた。


「今回の議題は、言うまでもありませんが……アルバート王国西部地方に居を構えていた我らの“集会所”が一つ、潰された件について。そして、それを為した怨敵……“紅蓮の鮮血”についてです」


 そう語った瞬間、会議の場に濃密な殺気が吹き荒れる。


 誰一人実態を持たず、映像越しでしかないにも関わらず、常人であれば腰を抜かしかねないほどの圧。


 それこそが、彼らの棲む裏社会において、“鮮血”が積み上げてきた怨みの深さを物語っていた。


『西部の暗殺者達が根絶やしにされたのは知っていましたが、また“鮮血”ですか……厄介な……』


『比較的真っ当な仕事はやれない分、我ら“裏”との抗争には必ずと言っていいほど連中が出張って来る。忌々しい!』


『やはり、余裕があるうちに潰しておくべきだ! 長らく王国の裏に根を張り続ける我らの力を結集すれば、いかに奴らとてひとたまりもないだろう!!』


 そうだそうだと、他にも数名の男達が同意の声を張り上げる。


 誰も彼もが、暗殺者であったり、盗賊団の元締めであったり、あるいは名のある武器商人や、裏との関わりが深い国の高官であったりと、それなりに立場と実力を兼ね備えた人間ばかりだ。


 こうした“裏”の会合に呼ばれる自分は特別なのだと信じて疑わない彼らからすれば、何の権力もない一介の傭兵ごときにしてやられ続けている現在の状況は我慢ならないのだろう。


 そんな彼らを見て、司会の男──レバンは笑顔を崩さないまま、やれやれと内心で嘆息する。


(そんな認識だから、毎度足を掬われるんですよ。自分を特別だと思うのなら、その程度の知性は併せ持って欲しいものですね)


 “紅蓮の鮮血”は化け物だ。

 一人一人が一騎当千の強者であり、表には出さないがアルバート王国の中核戦力として認識されている。

 レバンの所属している組織からしても、物理的な排除は容易ではないと手をこまねいているくらいだ。


 故に、脛に傷を負った者ばかりな癖に、社会的に殺し切るのが難しい。

 王国のトップである王家がその存在を認めているのだから、それも当然だ。


 これで、鮮血のメンバーが根っからの極悪人であったなら話は別だったのだが……誰も彼も、様々な理由で表の社会から爪弾きにされてはいても、根は善良な者ばかり。


 恐れられはしても、本気で排除しようとまで世論を導くことは難しい。


 そんな鮮血と正面から事を構えれば、前デリザイア侯爵のように返り討ちに遭うのが目に見えている。


(ですが……


 その笑みをより一層深いものへと変じさせ、レバンは未だに喧々囂々と意見を交わす男達へと語りかけた。


「ご安心を。何も無策なままあなた方を召集したわけではありません。鮮血は確かに脅威ですが……流石に、一人で活動しているところを罠に嵌めて叩けば、どうにでもなるでしょう。そうして、少しずつ戦力を削ぎます」


『ふむ、それは妥当な案ではあるが、具体的にどうするつもりなのだ?』


「《血喰いの猛獣》……あの男は、その体質故に鮮血の中でも特に危険な仕事しかせず、単独行動も多い。まずはそこから突き崩します」


 デリザイア侯爵が失敗したのは、ミルクという泣き所を突くことで、鮮血全体を一度に敵に回してしまったことだ。


 だがあの猛獣グルージオは、基本的にいつも一人だ。仲間と共に動くこともあるが、それはあくまで折衝役であり、戦闘中は常に単独で動いている。

 戦っている最中は常に暴走状態であるために不利を悟れば一旦退くという行動も取らず、その命を燃やし尽くすかのような戦いぶりは敵味方問わず多くの者から恐怖と──それ以上の怨みを買っている。


 今この場にいる者達にとってもそれは同様で、グルージオの二つ名が出た瞬間、殺気が一段と強まった。


 これならば計画に支障はなさそうだと、レバンはほくそ笑む。


「猛獣には、私の伝手で依頼を出します。十年前、アルバート王国とカテドラル帝国が激突し、廃墟となった小国──サーシエ。今や無数の怨念が渦巻き、アンデッドが跋扈する死の国と化したその場所の浄化作戦という名目で」


 既に歴史の表舞台からその名を消し、王国の中央に拠点を構える“紅蓮の鮮血”のメンバーがそう易々と援軍を送れない場所。


 そこに誘き寄せて仕留めようというのが、レバンの作戦だった。


「あの場所なら、どれほどの戦力を動かしても怪しまれず、見咎められることもないでしょう。あなた方の力を存分に見せ付け、是非とも猛獣を討ち果たしてください」


 その言葉に、血気盛んな参加者はこぞって歓声をあげる。猛獣殺しの栄誉は自分達の物だと、協調性の欠片もなく宣言する者まで現れた。


 そんな裏社会の住人達を見て、レバンはただただ不気味な笑みを浮かべ続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る