第48話 魔力剥離実験

「グルージオ、プレゼント!」


「……俺に……か……?」


「うんっ」


 クロと一緒にお買い物してきた私は、拠点の一室……グルージオのために作られた、一階から二階へ天井を突き破った部屋の中で、彼への贈り物を披露していた。


 丈夫な金属の鎖で繋がれた、真っ赤なネックレス。


 グルージオを手招きしてしゃがんで貰うと、それを首に着けてあげた。


「幸運と親愛? のネックレスなんだって。グルージオに良いことたくさんありますようにって、たくさんお祈りしておいたから……大事にしてね」


 私のお腹くらい太いグルージオの首だと、ものすごく長い鎖にして貰ったのにギリギリだ。


 それでも、戦闘の邪魔にならないようにって考えたら、これくらいでちょうどいいかも?


「えへへ、似合ってるよ、グルージオ」


「……そうか……ありがとう……」


 複雑に揺らめく魔力の中に、確かに喜びの感情が浮かんでいるのが視えて、私は思わず笑顔になる。


 そんな私に、グルージオは苦渋の表情で口を開いた。


「ミルク……お前に、頼みがある……」


「何?」


「俺の、“呪い”を解く手伝いを……して欲しい……」


 グルージオが生まれ持った体質をどうにかして、普通に過ごせるようにする。


 それは、グルージオがこの傭兵団に来て、アマンダさんと一緒にずーっと取り組んできたことみたい。


 どうしても上手くいかなくて困ってたけど、私が協力すれば成功するかもしれないって。


「危険な、仕事だ……無理にとは……」


「やる! グルージオの役に立てるなら、私も協力する!」


 一にもニにもなく頷いた私に、グルージオは少しだけ悲しそうな顔をする。


「本当に……危険だぞ? 俺は以前、この実験で……アマンダを、殺すところだった……」


「そのアマンダさんが、もう一回やるって言ったんでしょ? なら、きっと大丈夫!」


「……そうか」


 私が自信満々に言いきると、グルージオも覚悟を決めたのか、小さく頭を下げた。


「よろしく……頼む……」


「うんっ、がんばろうね、グルージオ!」







「さて、それじゃあ、ミルクの力でグルージオの体から魔力を分離・発散させる実験を始めるよ。準備はいいかい?」


「うんっ」


「……ああ……」


 拠点のすぐ傍、少し開けた広場みたいになってる場所で、私とグルージオは向き合っていた。


 そんな私達に、アマンダさんは説明を続ける。


「グルージオの魔力は、普通の身体強化魔法とは違う。魔力そのものが肉体と結び付いてそれを変異させることで、一種の魔物化とも言える形で身体能力を引き上げてる。変異しちまったもんはもはやどうしようもないが、まだ“浮いてる”魔力をミルクの精霊眼の力で摘出することで、これ以上の筋肥大と暴走癖を抑えようって寸法さ。ここまでで質問は?」


「全然わからなかった!」


「ミルクにはまだ難しいか。まあ要するに、グルージオの体の中で悪さしてる魔力を、引っこ抜けばいいのさ。慎重にね」


「わかった!」


 魔法の勉強はしてるけど、まだまだアマンダさんの話についていけるほどの知識はない。


 そんな私に、出来るだけ簡単な説明をしてくれたアマンダさんへ大きく頷くと、「よし」とそのまま説明が続行された。


「とはいえ、前回の失敗もあるからね、今回は助っ人も用意した。万が一グルージオが実験中に暴れ出した時のため、ミルクの護衛役としてラスター。それから……ちょうど仕込みが終わって時間もあるってことで、カリアさんに来て貰ったよ」


「たまには体を動かさないと、腕が鈍っちまうからね!! ちょっくら運動しに来てあげたよ、ありがたく思いなっ!!」


 いつものエプロン姿とは違う、動きやすい格好。

 筋骨粒々のおばあちゃんが、薄いシャツとハーフパンツだけで仁王立ちしているのは、なんだかすごく違和感がある。


「心配するな、ミルク。カリアさんは強い」


「そうなの?」


「ああ。正直、俺も勝てる気がしないな」


「ええっ!?」


 ラスターが勝てないなんて、カリアさんすごい。


 そんな風に思っている間にも準備が進み、私はグルージオの傍へ向かう。


「ミルク……少しでも危険を感じたら……すぐに離れろ……ラスター……頼むぞ……」


「分かっているさ。だが、これはお前の問題だ、誰よりもまず、お前が気張れ」


「……ああ」


 ラスターが私の隣に控えながら、グルージオに発破をかけてる。


 準備が整ったところで、私は手のひらを掲げた。


「いくよ、グルージオ」


「……頼む」


 精霊眼の力で、グルージオの体内にある魔力を視て、干渉する。


 いつもの私なら、プルンみたいに無抵抗でいてくれるならまだしも、普通の人の体内魔力を操作するなんて出来ない。


 だから、アマンダさんにも手伝って貰う。


「じゃあ、こっちも行くよ!!」


 アマンダさんが指を打ち鳴らすと同時に発動した魔法が、グルージオの体を光の柱で包み込む。


 魔法使いの体内魔力を強引に外へ出して無力化するための魔法で、アマンダさんのオリジナルなんだって。


 前回の実験では、この魔法の出力を限界まで引き上げたら、グルージオが暴走しちゃったって聞いた。


 だから、私がこの魔法の力を補助として、慎重に魔力を外へ出す。


 ちょっとずつ、ちょっとずつ。


「すぅー……ふぅー……」


 眼を限界まで見開いたまま、私は大きく深呼吸する。


 実際に干渉してみてわかったけど、グルージオの魔力は本当に変わってる。

 グルージオの体にべったりくっついて、無理やり剥がしたら絶対痛いだろうなっていうのがすぐにわかるんだ。


 前回、無理やり剥がそうとして暴走したっていうのもわかる。だから、あくまで優しく、慎重に……グルージオを傷付けないように、少しずつ。


「はあ……はあ……」


 どれくらい、時間が経っただろう?

 玉のような汗をかきながら、少しずつ魔力を剥がしてきたけど、グルージオの魔力が多すぎてなかなか終わらない。


 それでも、何とかこれで半分。そろそろ折り返しかな、と思いながら、ちょっとずつ慣れてきた魔力剥がしを行った、その瞬間。


 それまで、穏やかな心に包まれてじっとしていた荒々しい魔力が、爆発した。


「ウオォォォォ!!」


「っ、なんで……!?」


 咆哮するグルージオを見ながら、私の頭は疑問でいっぱいだった。


 何も、失敗はしてない。これまで通り慎重に、グルージオを傷付けないように剥がしたのに、急に……!!


「ちっ、ここまでか!! ラスター、ミルクを!!」


「分かっているさ!!」


 全身を襲う疲労感もあって上手く動けない私を抱え上げて、ラスターが後ろに大きく跳んだ。


 直後、私がいた場所をグルージオの拳が殴り付け、地面が砕け散った。


 まるで地震か何かみたいに町全体が大きく揺れ、拠点が今にも崩れそうなくらい嫌な音を響かせる。


 魔法でもなんでもなく、ただ殴っただけなのに……こんなに……!?


「押さえるよ、カリアさん、頼む!」


「任せときなっ!!」


 そんなグルージオに、カリアさんが素手で立ち向かう。


 敵味方も、生き物かそうでないかも関係なくめちゃくちゃに振るわれる拳を、カリアさんは真正面から受け止めた。


「ふんっっっ!!!!」


 大気が衝撃で震える。地面が捲れてバラバラになる。


 ラスターに抱っこされてなかったら、この地割れに巻き込まれただけで死んじゃいそうな暴威の中で、カリアさんは当たり前のように無傷でそこに立ち続けていた。


「グルージオ、さっさと落ち着きな!! このお馬鹿が!!」


「ウグオォ!?」


 カリアさんがグルージオの両腕を掴み、頭突きを叩き込む。


 その衝撃で、グルージオの体が少し後ろに流れた瞬間、アマンダさんが魔法を使った。


「《殴打風ねてな》!!」


「グオォォ!?」


 上空から吹き付ける強力な風が、体勢を崩したグルージオを地面に叩き付ける。


 それでも、力だけでその拘束を無理やり振りほどこうとグルージオが暴れ始めた……そこへ、アマンダさんから指示が飛んだ。


「ミルク! グルージオに例の魔法を!」


「あ……わかった!」


 魔力を剥がすのには失敗した。けど、グルージオが血を見て落ち着くのと同じことを、私は魔法で再現出来る。


 プルンの体を変形させ、暴れるグルージオの顔面に向けてびよーん、と伸ばしたところで……私は、プルンの体から分裂体を出し、その魔力と性質を変化させた。


「プルン、お願い……!! 《変化メタモルフォーゼ》!!」


 プルンの分裂体が液体になり、真っ赤な血のように変化する。


 それがグルージオの顔面にバシャリと浴びせかけられた瞬間……あれほど荒々しく暴れていたグルージオの魔力が、落ち着きを取り戻した。


「……そうか、俺は……また……」


「そう落ち込むんじゃないよ、グルージオ。今回は怪我人ゼロだし、少なくともある程度は魔力を削れた、そうだろう?」


 正気に戻ったグルージオは、後悔の滲む表情で空を見上げ、両手で顔を覆った。アマンダさんが慰めてくれてるけど、効果はないみたい。


 やがて、ゆっくりと起き上がったグルージオは、私の前まで来て……首にかけられていたネックレスを、私に差し出した。


「……やはり、俺にこれを受け取る資格はない……すまない……」


「グルージオ……」


 意気消沈した様子で去っていくグルージオの背中を見つめながら、私は手元に残されたネックレスを、ぎゅっと握り締めるのだった。

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