第47話 クロとの散歩
「クロ、何してるの?」
「あぁん? 見て分からねえのか、手紙だよ」
グルージオと初めて会った日から数日後、私はいつもの食堂で難しい顔をして思い悩むクロを見つけ、話し掛けていた。
どうやら、西部で暮らす妹さんへ、お手紙を出すみたい。
「まあなんだ……やっぱり、まだ顔を見せんのは気が引けたけどよ、お前の言うことにも一理はあっから……とりあえず手紙でもってな。アマンダに言われたんだ」
「そっか。えへへ」
「何が可笑しいんだよ」
「だって、クロが楽しそうだったから」
「…………」
自分の顔を揉むように片手で覆ったクロは、にこにこと笑う私の視線に耐えかねたかのように顔を逸らす。
「それより、てめえは大丈夫なのかよ、腕」
「もう何日も経ってるし、へっちゃらだよ?」
「グルージオのために、自分で噛み付いたんだってな? 本当にバカだな、てめえは」
「えへへ」
「褒めてねえ」
呆れたように溜め息を溢しながら、クロはもう一度手紙に視線を落とす。
自分には会う資格がないとか、今更どんな顔で、とか色々言ってたけど、やっぱり大切な人なんだと思う。真剣に筆を走らせるクロの横顔は、いつにも増して優しくて……私はしばらく、その顔をじっと見つめていた。
「……で? てめえは何しに来たんだよ?」
「ふえ?」
「何か用があったから、俺に話し掛けて来たんじゃねえのか?」
手紙を書き終えたのか、顔を上げたクロにそう問われる。
そこでようやく、私も当初の目的を思い出した。
「そうだった。クロ、聞きたいことがあるの」
「聞きたいことだぁ?」
「うん。グルージオって、何を貰ったら喜ぶと思う?」
「グルージオが喜ぶって……なんでまたそんなもん聞きてえんだよ」
「私、初めて会った時からずっと、グルージオに避けられてるから……仲良くなりたい」
そう、あの日以来、私はグルージオと一度も話が出来ていない。
ずっと拠点にはいるみたいだし、私が家事のためにあちこち動いてるとよく顔を合わせるんだけど……その度に、グルージオに逃げられちゃう。
「何か悪いことしたなら、ちゃんと謝りたいし……」
何度思い返しても、何がいけなかったのか分からない。
もしかしたら、私の血で服を汚しちゃったこと怒ってるのかな……?
そんなことを呟いたら、クロは私の頭をがしがしと撫で回し始めた。
「わわっ、クロ?」
「バァーカ、てめえは気にしすぎなんだよ。てめえを嫌うヤツなんざ、この傭兵団にはいねえ。そんなこと、付き合いの短い俺でも分かる」
「グルージオも……?」
「あいつは化け物だ、本当に嫌ってたらてめえはとっくに死んでんだろ」
「ふふっ……そうなのかな」
言葉だけ見ればすごく乱暴で失礼だけど、クロが一生懸命に私を励まそうとしてくれてるのが伝わってきて、何だか嬉しい。
そんな私の感情を察したのか、クロは片手で頭を掻きむしった後、意を決したようにもう一度口を開いた。
「それで、グルージオが何を喜ぶかだったか? んなもん、新入りの俺より、古参の連中に聞いた方が早いだろ」
「聞いたんだけど……みんな、グルージオは趣味も何もないから分からないって。だから、一緒に依頼に言ったクロにも、一応聞いてみようかなって……」
「はあ、なるほどな……本当にお人好しだな、てめえは」
普通そこまでするかよ、と呆れながら、クロは頭を悩ませ始める。
そして、諦めたように一息吐くと、椅子から立ち上がった。
「行くぞ」
「行くって、どこに?」
「町だよ。話してたって埒が明かねえし、店を回りながら考えた方が良いアイデアも出んだろ。ちょうど、俺も妹に手紙と一緒に何か土産でも贈るかと思ってたところだし……まあ、てめえが行きたくねえなら……」
「行く! 一緒に行こ、クロ!」
「うおっ!?」
クロの腰目掛けて思い切り飛び付くと、どこか照れくさそうに押し退けられた。
「あんまりくっ付くな、歩きにくい!」
「えへへ、ごめんなさい」
「ったく……ほらよ」
私の目の前に、手を差し伸べられる。
抱き着くのはダメだけど、手は繋いでいい。そんなクロの気持ちを察した私は、クロの腕にぎゅっと抱き着いた。
「おい、なんでそこでまたしがみつくんだよ。……はあ、まあいい、好きにしろ」
「うん、好きにする。えへへ」
やっぱり、こうやって誰かとくっついてると安心する。
そんな風に思いながら、私はクロと一緒に王都の町へ繰り出した。
初めてこの町に来た時は、町の人達からの視線が冷たくて嫌な気持ちになってたけど……今はそれもすっかり落ち着いて、少し見られるくらいになってる。
それから、時々私の方に優しい目を向けてくる人も増えてきたから……今度は、傭兵団のみんながそういう目で見られるようになったらいいな。
グルージオも、一緒に。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
そんなちょっとした夢を抱きながら、私はクロと一緒に、お土産や小物を売っているお店を中心に、王都を散策して回るのだった。
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