第46話 猛獣の悩み

「……これでよしっと。傷が治り切るには少し時間はかかるだろうが、ひとまず命に別状はないよ。ぐっすり寝てりゃあ、昼には目を覚ますだろうさ。だから安心しな、グルージオ」


「……そうか……良かった……」


 アマンダから、ミルクという子の現状を聞かされた俺は、狭い部屋の中でホッと胸を撫で下ろす。


 ……正直、この子には驚いた。

 人を避けるため、いつものように真夜中に帰ってきた俺を出迎える仲間がいたことにも驚きだが……何より驚いたのは、この子が一切俺を怖がる素振りを見せなかったことだ。


 アマンダによれば、俺の体は龍にも並ぶ魔力を内包していて、並の人間であれば目にしただけで本能的な恐怖から卒倒してしまうほどらしい。


 そんな俺と真正面から対峙して、卒倒するどころか笑顔すら見せた。初対面で恐怖以外の表情を見せてくれた人間は、団長とアマンダ、それにカリア以外では初めてだ。


 こんな子供が、俺のために夜遅いのに飯を作り、世話を焼いてくれた。嬉しくて、涙が出そうだった。


 だから……こんなに良い子を傷付けたくないと、離れるように言ったというのに。


 この子は、自分の腕を傷付けてまで血を見せて、俺の中で溜まりつつあった破壊衝動を鎮めてくれたんだ。


 嬉しさと、申し訳なさとで、どうにかなってしまいそうだ。


「全くミルクは考えなしだねえ……朝になったら協力して貰おうと思ってたのに、まさか自分一人で全部やっちまうとは。こんなことなら、最初に全部説明しておくんだったか」


「どういう……ことだ……?」


「ああ、グルージオにもまだ説明してなかったね。余計に期待させるのもどうかと思って黙ってたんだが……結果も出たし、教えておくかね」


 そう言って、アマンダはミルクについて、詳しい事情を語ってくれた。


 いや……この子が仲間になった経緯と、これまでの思い出話は既に散々聞かされているから、主にその力について。


 精霊眼。本来生物が視認出来ないはずの魔力を視ることで、自分だけでなく他人の魔力にさえ干渉し、自由自在に操り変質させることが出来る、脅威の力。


 この子は……ミルクはその力で、俺の呪われた体が持つ破壊衝動を、一時的に抑え込んだのだろうとアマンダは言った。


「グルージオ。アンタの“呪い”は、生まれつき持った過剰な魔力が、魔法適正の絶望的な皆無さによって外に放出されずに溜まり続けることで、それをどーにか発散するために肉体の過剰強化と暴走癖を引き起こすって構造だ。血を見ると落ち着く理由は、未だによく分かってないが……ミルクは、実際に血を見ることで生じたアンタの魔力変化を視認することで、それを魔法として再現して落ち着かせたんだろうさ」


「それは……凄まじいな……」


「ああ、凄い子だ。けど、今回この子がやったのは、あくまで血を見たのと同じ効果……それじゃあ一時凌ぎにしかならないってのは、アンタ自身よく分かっているだろう?」


「…………」


 俺の暴走癖は、溜まり過ぎた魔力を発散しようとして起こる防衛反応、というのがアマンダの見解だ。


 血を見て一時的に破壊衝動を落ち着けたところで、ちゃんと暴れなければまたすぐに衝動がぶり返す。根本的な解決にはならない。


「そこでだ。グルージオ、ひとまず直近の依頼は全部片付いたんだろう? しばらく拠点に滞在して、アタイやミルクと一緒にその“呪い”からの脱却を目指してみる気はないかい?」


「っ……ダメだ!!!! その子に何かあったらどうする!!!?」


「声が大きい。まだ日の出前だし、ミルクが起きたらどうするんだい」


「っ、す、すまない……」


 ごもっとも過ぎるお叱りに、俺は体を小さくした。


 だが……それでも意見は変わらない。


「アマンダ……お前がそう言って、以前同じように実験した時、どうなったか忘れたのか……? 死にかけたんだぞ……団長があの場にいなければ、お前は本当に……!」


「そんなこともあったねえ」


 軽い物言いに腹が立つが、アマンダはそういうヤツだ。自身の研究のためなら、命を懸けることさえ何とも思っていない。


 だが……。


「今回はお前だけじゃない……その子の命まで懸けることになる……!! 俺なんかのために……そんなことはさせられん……!!」


「それを決めるのはミルクだよ。それに……もうミルクは、何の説明もなくアンタを助けようとしたじゃないか。そういう子なんだよ、この子は」


「…………」


 暗殺者ギルドを潰す西部遠征の途中で、アマンダとクロから聞かされた話だ。


 自分が狙われていることを知りながら、龍が出没してなお見ず知らずの町の人々を守るために奔走した子供。


 敵だったはずのクロを庇って、侯爵家に捕まり……身の安全だけを考えるなら、早々に脱出出来たにも関わらず、“鮮血”の今後のために侯爵の悪事の証拠を持ち出した。


 自分自身か、侯爵から乱暴されることも厭わずに。


「……だから……やって欲しくないんだ……そんな子が……俺なんかのために、傷付いたらと思うと……」


「相変わらず、アンタは臆病だねえ」


 アマンダには呆れの眼差しを向けられるが、怖いものは怖い。どうしても、あの事件を思い出してしまう。


 俺が死刑囚となり、“血喰いの猛獣”と呼ばれるようになった切っ掛け。


 俺自身の手で……俺の生まれ故郷を滅ぼしてしまった、あの事件を。


「まあ、アタイやミルクが自分で決めてアンタに協力するように、その呪いとどう向き合うか決めるのもアンタ自身が決めることだ、無理強いはしないよ」


 ミルクの診察と手当てを終えたアマンダが立ち上がり、部屋を後にする。


 その直前、俺の方を見て、一つだけ言葉を残した。


「ただ、どうするにしても、ミルクとは仲良くしてやって欲しい。その子は甘えん坊だからね、アンタの事情がどんなものであれ、避けられたら泣いちまう。アタイは、ミルクの泣き顔なんて見たくないからね」


「…………」


 それなりに長い付き合いの中で初めて目にする、アマンダの慈愛に満ちた表情だった。


 何も言えない俺に、「それじゃあね」と手を振って去るアマンダを見送った俺は、眠るミルクを見ながら懊悩する。


「すぅ……すぅ……」


「……俺は……どうすれば……」


 一度は死刑囚となったあの時から、何度も自問してきた難題に、俺はいつまでも頭を悩ませるのだった。

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