第45話 ミルクと血喰い

 最後の仲間、グルージオが帰ってきた。


 だから、すぐに拠点の中に引っ張り込もうとしたんだけど……大きすぎて、入り口のところでゴツンと頭をぶつけていた。


 そのまま、入り口を砕いて入ってきたグルージオに、私は目を丸くする。


「……しまった……またやってしまった……」


 ネイルに謝らなければと、しょんぼりと肩を落として拠点の中に入るグルージオ。

 一回り小さくなったその姿が、ちょっと可愛い。


 くすりと笑いながら、私はグルージオを食堂のテーブルに着かせる。


「お腹空いてるよね? 何か作るよ」


「いや……俺は……それより……」


「遠慮しないで、待ってて!」


 夜までずっと外にいたなら、何も食べてないんじゃないかな。


 こんな夜遅くだし、カリアさんも眠ってるけど、簡単なご飯くらいなら今の私だって……!


「やるよ、プルン。ふんすっ」


 食堂に引っ込んだ私は、いつもの踏み台を引っ張り出して、料理を始める。


 今はあまり時間をかけられないから、すぐに作れるサンドイッチだ。


「よいしょっと」


 パンを引っ張りだし、プルンの力を借りてカットする。


 プルンの体を刃物状にすれば、一度にたくさん切り分けられるから、カリアさんからも褒められた。


 その要領で、他の食材……レタスやハム、ベーコンも切り分けて、ちゃんとソースも用意して……。


「出来たよ、グルージオ!」


 積み上がったサンドイッチの山を、食堂で待っていたグルージオのところに持っていく。


 ちょっと大急ぎでたくさん作り過ぎたから、持ち運ぶのも大変だ。


「だ……大丈夫か……?」


「うん、大丈夫……!」


 よいしょっ、とプルンの力も借りてテーブルに置き、グルージオに差し出す。


 目の前に置かれたサンドイッチの山に、グルージオは躊躇いがちに手を伸ばした。


「……美味いな……カリアさんと……同じ味だ……」


「えへへ、カリアさんにたくさん料理教わったから」


 ちゃんと美味しいって言って貰えて、思わず笑顔が浮かぶ。


 そんな私に、グルージオは相変わらず険しい表情のままだった。


「……お前は……アマンダが言っていた……もう一人の……新人だな……?」


「うん、そうだよ」


 そういえば、ミルクって名前は伝えたけど、新人だとは伝えてなかった。


 クロより先に入ったから、クロのお姉さんです。

 そんな気持ちで胸を張ると、グルージオは言いづらそうに口を開いた。


「……あまり、俺には関わらない方が……いい。俺に近付くと……お前を、傷付けてしまうかも……しれない」


「? どういうこと……?」


「何も、聞いてないのか……? 俺は……呪われているんだ……」


 ゆっくり、ゆっくりと語ってくれたグルージオによると……生まれつき、体の中にある魔力がものすごい勢いで体を強化し続ける、変わった魔法適性を持っていたんだって。


 それによって、もはや魔法とは関係なく、純粋にすごい力持ち。代わりに、怒りで我を忘れると、真っ赤な血を大量に見るまで暴れ続ける、奇妙な体質になってしまった。


 怒りのままに全てを破壊し、ひたすらに血を求めて暴れるその姿から付けられた二つ名が、“血喰いの猛獣”。


 グルージオのことを知っている人は、誰もが関わりたがらないんだって。


「暴れている最中は……敵味方の区別も、ほとんどつかない。この傭兵団の連中は、俺が暴れていても、簡単に死ぬほど弱くはない……だが……お前は……」


「…………」


 そっか……グルージオの魔力がすごく荒々しいのに、ずっと何かに怯えていたのは、そういうことだったんだ。


 アマンダさんの言った、人と会うのを怖がってるっていうのも、他の人を傷付けたくないから……。


「よいしょっと」


「お、お前……何を……?」


「あむっ」


 戸惑うグルージオの膝の上によじ登った私は、自分の腕に噛み付いた。


 狼獣人として持つ鋭い牙が腕に突き刺さり、血が思い切り噴き出した。


「な……何をしている……!?」


「見て」


 血だらけになった腕を、グルージオに見せ付ける。


 何がなんだか分からないまま、血だらけの腕を凝視するグルージオを余所に……私は、じっとその魔力を見つめ続けた。


「確かに……ちょっと、落ち着いてる」


 ほんの少しだけど、グルージオの荒々しい魔力が落ち着いていくのが見て取れる。


 なら、その変化を意図的に引き起こせるように、私自身の魔力を同調させて……グルージオに、振りかける。


「これで……どうかな……?」


 私の眼には真っ赤に染まって見える魔力が、グルージオに触れて溶け込んでいく。


 多分、グルージオには魔力そのものは見えていないはずだけど、自分の体に起きた変化だけはしっかり感じ取れたみたい。大きく目を見開いてる。


「なんだ……? いつになく、心が軽く……お前が、やったのか……?」


「えへへ、上手くいってよかった」


 ちょっと疲れたから、そのままグルージオの体にもたれかかる。


 血を止めないと、グルージオも床も汚れちゃうって分かってるのに、何だか頭がボーッとしてきた。


「っ、おい……! さすがに、血を流しすぎだ……! しっかり、しろ……!」


 意識が遠ざかって、視界が暗くなっていく。


 けど不思議と怖くなくて……だから、思ったままの言葉を口にした。


「大丈夫、グルージオ……私も……みんなも、いるから……怖くないよ……」


「…………」


 グルージオはずっとこの傭兵団にいるから、今更言うことでもないかもしれない。


 それでも、私の力がちょっとでも役に立てるなら、もう一度ちゃんと伝えてあげたい。一人じゃないよって。


 私も、みんなのお陰でそう信じられたから。


「……すぅ……」


 それだけ伝えると、私はそのまま意識を失って、倒れてしまった。


 目を覚ました後、考えなしに無茶をするなってみんなから怒られることになるんだけど……この時の私には、そんなことは知るよしもなかった。

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