第42話 新たな日常
「グギャオォォォ!!」
一体の魔物が咆哮を上げ、森の木々を蹴散らしながら走ってくる。
地竜って呼ばれている魔物で、正式な名前はグレーターティラノ。「龍よりもむしろ恐竜に近い」ってラスターは話してたけど、私は恐竜っていうのが何なのか知らないから、よく分からなかった。
二足歩行で、見上げるほどに大きくて、トカゲみたいな顔が口をカパッと開けて迫ってくる光景は、足がすくみそうなくらい怖い。
「ヒィィヤッハァァァ!!」
でも、そんな私とは裏腹に、地竜に躊躇なく飛び掛かる人がいた。
暴れん坊で知られる傭兵団、“紅蓮の鮮血”の一番槍。ガバデ兄弟の長男、ガルだ。
「オラァァァ!!」
「ギャウゥ!?」
炎を纏った拳を鼻先に叩き付けられ、地竜が怯んでる。
体の大きさは圧倒的な差があるのに、素手で押し返しちゃうなんて……すごい。
「オラのハンマーを喰らえでヤンス!!」
「ウェヒヒ、隙だらけだぞ」
その瞬間、控えていたバルが真正面から巨大なハンマーを叩き付け、デルがナイフで素早く切り裂く。
なんでも、デルのナイフには麻痺毒が仕込んであるらしくて、あんまり効いてないように見えても、回数を重ねればちゃんと効果があるんだって。
ただ、地竜だってそうあっさり狩られるほど弱い魔物じゃない。ギロリと瞳が動き、魔力に宿る殺意が一段とその色を濃くした。
「みんな、下がって! プルン!」
「ギャオォォォ!!」
私はプルンの体を変形させて触手を伸ばし、夢中になって攻撃を繰り返す三人を掴んで引っ張りあげる。
直後、地竜は咆哮と共に尻尾を振り回し、周囲を薙ぎ払った。
それも、魔力を込めてリーチを伸ばした魔法攻撃。ちょうど、ラスターが得意な《
「助かったぜミルクゥ!! さあ行くぞおめェら、後ろでミルクが見ててくれてんだ、遠慮せず突っ込めェ!! ヒャハーー!!」
「ヤンス!!」
「ウェヒヒ!!」
「もう、みんな、ちょっとは自分も大事にして……!!」
またしても反撃を恐れず突っ込んでいく三人を見ながら、私は溜め息を溢す。
今、私達がいるのは王都から少し離れた村……その近くにある深い森だ。
森の中に地竜が現れ、それに恐れをなした魔物や動物達が村まで降りてきて困ってるから、地竜を倒して森を安定させて欲しいっていうのが、今回の依頼なんだって。
いつもなら、こういう依頼はあまりうちに回って来ないらしいんだけど、最近はよく来るようになったみたい。なんでも、侯爵領の一件で、“紅蓮の鮮血”の評判が前よりずっと良くなったとか。
とはいえ、やっぱり普通の傭兵には難しい依頼には違いないから、本当はガバデ兄弟の三人だけで受けるつもりだったみたいなんだけど……私もちょっとは傭兵のお仕事をしたいってネイルさんにお願いしたら、一緒に行かせて貰うことになったんだ。
無茶な突撃ですぐ怪我をする三人をフォローしてあげて欲しい、それ以上の無茶は絶対にしないように、ってネイルさんには念を押されちゃったけど……言われなくても、それ以上のことをするのは、私には無理かも。
ガル達の無茶が想像以上で、地竜に攻撃を仕掛けるような余裕がないの。
「「「ヒャッハァァァ(でヤンスー)!!!!」」」
「もう……後でお説教しなきゃ」
危ない時は私が止めるっていうことを覚えたからか、更に苛烈な大暴れで地竜と戦う三人を見ながら、私はそう思った。
「みんな、ただいま……!」
「おかえり、ミルク」
「あ、ラスター!」
任務が終わり、王都の拠点に戻ってきた私は、食堂でゆっくりしているラスターを見付けて飛び付いた。
このやり取りもすっかり慣れたもので、ラスターは苦笑混じりに私を受け止め、頭を撫でてくれる。
えへへ、と微笑みながら頭をぐりぐりしていると、ネイルさんの声も聞こえてきた。
「おかえりなさい、ミルク。怪我はないようで何よりですね。首尾はどうでしたか?」
「ネイルさん、ただいま。大丈夫、地竜、仕留めてきたよ」
今日はステーキ、と言いながら、私は腕を……プルンの体を引っ張る。
すると、入り口のところで引っ掛かっていた、大きな分裂体が中に入ってきて……ついでに、ガル達三人が白目を剥いたまま、ずるずると引き摺られてそれに続いた。
「……ええと、ミルク、これは?」
「地竜のお肉、大きくて持てなかったから、プルンの体に入れてきたの。残りは村の人達に分けてきた」
「ではなく……なぜあのバカ兄弟は引き摺られているのです?」
「えっとね、おしおき」
「……お仕置き?」
「うん。何度止めても無茶するから、帰ってくるまでプルンでビリビリってしてた」
雷属性は加減を間違えると死んじゃうけど、今の私とプルンじゃどう頑張ってもガル達には少し痛いくらいの効果しかない。
だから、ガル達に聞いたの。
今日の晩ご飯を抜きにされるのと、プルンにビリビリされながら拠点まで引っ張られるの、どっちがいい? って。
そしたら、みんなビリビリの方がいいっていうから、やってあげただけ。
「ミルク……あなたまで少しずつこの傭兵団に染まって……」
「ははは、いいじゃないか、俺達に比べればまだまだ可愛いものだ」
「???」
ネイルさんが頭を抱えている一方で、ラスターは大笑いしてる。
こてんと首を傾げていると、ネイルさんが溜め息と共にもう一度口を開いた。
「町の人達は、ここに来るまでに何か言っていましたか?」
「えっと、おしおきだって言ったら、いいぞもっとやれ、って」
「……ならばいいです。やはり、ミルクは違いますね。あるいは、そこの三馬鹿が迷惑をかけすぎたか……両方でしょうか?」
もう一回、更に大きな溜め息を溢すネイルさんが心配になって、私はネイルさんの方に飛び付く。
ラスターと違って、まだ慣れてないネイルさんはびっくりしてたけど、そのままぎゅっと抱き着いて……頭をよしよしと撫でてあげた。
「いつもありがとう、ネイルさん。大好きだよ」
「ミルク……!! うぅ、私の味方はあなただけです!!」
「ふみゃっ」
そのまま抱き締められて、ちょっと苦しい。
けど、それでネイルさんの気が紛れるならいいかなと思って、大人しく潰されることにした。
「そういえば、アマンダさんとクロは?」
その途中、私は顔だけ出して、気になったことをラスターに尋ねる。
クロがここに来て、もう一ヶ月。私がこうやってお仕事に出たのと同じように、クロもお仕事に行ってるんだけど……なかなか帰ってこないから、ちょっと心配。
「あいつらはまだ西部だ。クロはウチの預かりになったが、元が暗殺者だからな。余計なちょっかいを出されないために、色々と片付けなければならないことが多い」
「そうなんだ……」
心配だな、と思っていると、今度はネイルさんに頭を撫でられた。
珍しい行動に驚いて顔をあげると、いつになく優しい顔のネイルさんと目が合った。
「大丈夫ですよ、クロはまだまだですが、アマンダもいますからね。それに……もう一人、助っ人を送っておきましたから」
「助っ人?」
誰だろう、と首を傾げる私に、ネイルさんは私が初めて聞く名前を口にした。
「グルージオ。この傭兵団でも、ガバデ兄弟やアマンダに並ぶほどの問題児ですが……腕は確かです。今回のような依頼では、バッチリ仕事してくれるでしょう」
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