第41話 変態貴族(?)の末路

「ふはっ、ははは……まさか、ここまで見事に負けることになるとは思いませんでしたよ……」


 とある牢獄の中で、アウラ・デリザイアは乾いた笑みを浮かべていた。


 一体、自分がどこで間違ってしまったのか分からない。


 子飼いの暗殺者の手綱はしっかり握れているはずだと思い込んでしまったことか。


 ミルクという少女の力を侮ってしまったことか。


 いや、そもそも……“紅蓮の鮮血”などという存在に固執してしまったことが、そもそもの間違いだったのか。


「あなたはどう思われますか? ……デルーリオ伯爵」


 自らの辿ってきた選択と分岐点を思い返しながら、アウラは格子の外──自らに面会しにやって来た男に目を向ける。


 そこに立っていたのは、リグル・デルーリオ。ミルクを飼っていた悪徳商人を“鮮血”によって潰させ、結果的に両者を引き合せることになった男だ。


 そんな彼は、アウラの問い掛けに対して肩を竦めてみせる。


「私にとっても想定外ですよ。良くて相打ちだろうと思いきや、こうも見事に叩きのめすとは。私自身、“紅蓮の鮮血”を過小評価していたようです」


「ククク、よく言いますね、こうなることを期待して、あのミルクとかいう小娘を“鮮血”に預けたのでしょう?」


「さて、どうでしょう」


 伯爵は惚けてみせるが、ほぼ間違いないだろうとアウラは確信していた。


 デルーリオ伯爵領は、王都と西部地域とを繋ぐ交通の要衝としての役割を持つ。すなわち、西部地域へと向かう物流が活発であればあるほど潤う土地柄だったのだ。


 アウラが爵位を継いでからは、魔物との大規模戦闘や隣国との小競り合いで騒がしかった西部地域が安定し、侯爵家を中心としたより強固な互助関係を構築していた。


 すなわち、経済が西部の中だけで完結し、デルーリオ伯爵領を中継地点とする物流が減っていたのだ。


 だからこそ、伯爵はデリザイア家を陥れたかったのだろう──とアウラは考えるが、実際には少し違う。


 物流が減ったことも問題だが、一見安定しているように見える西部の情勢が、いつ破綻してもおかしくない薄氷の牙城に見えたことが、伯爵の行動を決定づけた最大の要因である。


 特に、デリザイア家と近しい家ならまだしも、遙か下の立場で甘んじる他ない下級貴族などはその問題が深刻で、自力では領内の治安維持すら立ち行かないほどに追い詰められていた。


 そんな下級貴族達が限界を迎え、末端から連鎖するように西部地域全体が崩壊するようなことになれば、それこそデルーリオ伯爵としては死活問題である。


 だからこそ、彼は動くことにしたのだ。致命的な破綻を迎えるより先に、西部の情勢を軟着陸させるために。


 アウラの間接的な玩具だったミルクと“鮮血”の繋がりを作り、両者を争わせることで。


「私としては、もう少し西部が荒れてくれた方がビジネスをやりやすくて助かったのですが、西部地域にとってはこれが最良の結果だったことは確かでしょう。……あなたの役割は終わりです、残り僅かな余生、精々心穏やかに過ごすといい」


 侯爵家ごと潰れては困る王家や周辺貴族達の思惑もあって、表立って裁かれることはないだろうが……“龍笛”の使用は重罪だ、アウラはもう二度と日の目を見ることはないだろう。


 しかし。


「クッ、ククク……これで終わり? 何を言っているのです? ……まだ、何も終わっていないでしょう?」


 アウラは、まだ諦めていなかった。


「何……? どういうことですか」


「私は確かに表向き、侯爵家当主の座を追われます。資産は没収され、表舞台から姿を消すでしょう。しかし、私の資産の大部分は、既に他の領地に移してある……こういった場合に脱出するための手筈とて、とうに整えてあるのですよ。私には優秀な部下が多いですからね」


 確かに、今回は“鮮血”に敗れた。しかし、西部地域全体に伸ばした根は、たった一度の敗北で失われるほど柔ではない。


「必ず返り咲いて、今度こそ完膚なきまでに叩き潰して差し上げましょう……!! ククク、あなたも、そして“紅蓮の鮮血”も……!! 首を洗って待っているといい……!!」


 アウラが今ここでそれを暴露したのも、現在彼が囚われている場所が、彼の息のかかった場所だからだ。

 デルーリオ伯爵に考えを知られたからといって、どうすることも出来ない。そうたかを括っているからこその言葉である。


 そう考えれば、一時的に牢屋に入れられているこの状況すら愉しくて仕方がない、そう言わんばかりに嗤うアウラに対して、伯爵は……。


「ああ……一体どんな隠し玉があるのかと思えば、そういうことですか」


 あっけらかんと、そう返した。


「……随分と、余裕そうですね。どういう意味ですか?」


 何かおかしいと感じたアウラが、笑みを引っ込め問いかける。


 一方の伯爵は、それまでと違って何とも歯切れの悪い、困ったような表情で答えた。


「あなたに従う部下は、もういませんよ。助けなど、いくら待っても来ません」


「……なぜ、そう言い切れるのです?」


「あなたを支えていた支持基盤は、その明晰な頭脳と何重にも保険を用意しながら動くその慎重さ、そして何より“カリスマ”です。あなたについて行けば間違いはないと、そう信じさせるに足る威厳とでも言いましょうか。……あなたには、もうそのカリスマがないのですよ」


「……馬鹿な。確かに負けたことは厳しいですが、それはとうに織り込み済みで……」


そうでしょうね」


 そう言って、伯爵は看守と一言二言交わし、新聞の一面を取り寄せた。


 無造作に牢の中へ放り込まれたそれに、アウラが目を向けると……予想外の見出しに、彼はひっくり返った。


「な、なんですかこれはァ!?」


 “デリザイア侯爵の幼女趣味”、デカデカと書かれたそれに続くのは、今回発生した侯爵家と紅蓮の鮮血の間で起きた抗争の経緯だった。


 脚色だらけのそれは、要訳するとこのような形で書かれている。


 ──実は幼女趣味だった侯爵は、密かにお気に入りだった幼い少女を悪徳商人に奴隷として確保させていたのだが……その少女が“鮮血”に保護されてしまったため、手を出す機会が失われた。


 それに腹を立てた侯爵が、なんと暗殺者まで動かして“鮮血”の拠点を襲撃。龍の出現すら利用して隙を作り、少女を誘拐したのだ。


 乱暴され、傷付いた少女を忍びなく思った暗殺者は、主に逆らって秘密裏にその子を救出、“鮮血”に合流した。


 お気に入りを再び奪われた侯爵は、その怒りのままに“鮮血”との全面戦争を決意。あっけなく敗北し、当主の座を追われることになった──と。


 あまりにも酷い、そして俯瞰してみるとあながち的外れとも言えないそれに、アウラは絶句するしかなかった。


「いくらなんでも、年端も行かない幼女に懸想して必要もないリスクを犯し、挙句敗北するような男にカリスマを感じてついていく部下はいないでしょう。残念ですが、あなたはここまでですよ、侯爵。いや……元侯爵、でしたね」


 それでは、と、デルーリオ伯爵は牢屋を後にする。


 残されたアウラは、あまりにも想定外過ぎる理由で自らが切り捨てられたこと。そして何より……。


 あまりにも酷すぎる汚名が王国中に轟いている事実に、頭を抱えて絶叫した。


「……あんな、あんな小娘のせいでこの私が、こんな惨めで情けない最期を……? ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!!!! あぁぁぁぁ!!!!」


 こうして、アウラ・デリザイアは“龍笛”使用の罪によって人知れず裁かれ、これ以降二度と表舞台に立つことはなかった。


 その代わり、“史上最も情けない理由で当主の座を追われた変態貴族”として、長らく王国史を学ぶ子供達の笑いの種となるのだが……それが彼にとってただ死ぬよりもよほど重い罰だったのは、言うまでもない。

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