第43話 血喰いの猛獣

 ミルクが拠点で過ごしている頃、クロはアマンダと共に西部地方にいた。


 その理由は、彼のこれまでの経歴──暗殺者という肩書きを踏まえ、それを隠して“紅蓮の鮮血”に所属し続けることへの対価として、王家や主な貴族家から下された依頼……王国西部に巣食う暗殺者ギルドを潰すため。


 いわば、司法取引である。


「ここだ。俺が把握してる最後の拠点、ちゃんと使われてるみてえだな」


「そうかい、なら、長かった任務もようやく終わりだ。あー……さっさと帰って、ずっと滞ってるミルクの研究を再開させないと」


「まだ終わってねえだろ、油断すんなよ」


 暗殺者と一口に言うが、その全てがクロのように、正面戦闘を不得手としているわけではない。


 むしろ、一般的なイメージとは異なり、こそこそと姿を隠して対象を殺す者よりも、堂々と姿を晒して正面から殺し、捕まえようとする騎士や衛兵もまた正面から殺して逃げる頭の悪い者の方が多数派なくらいだ。


 つまり、裏の世界で名の知れた暗殺者には、真っ当な騎士すら正面から捻り潰す怪物がゴロゴロしているということである。


 そんな脳筋ばかりだからこそ、仕事を仲介してくれる“暗殺者ギルド”などというものに需要が生まれるわけなのだが……アマンダは、それを知っていてなお獰猛な笑みを浮かべる。


「へえ? なら、そろそろアタイの出番があると思っていいのかい? これまでずっと骨のない相手ばかりだったから、“実験”する暇もなくて退屈だったんだが」


「…………」


 アマンダの言葉に、クロは何も言い返せなかった。


 そう、この依頼を受けてからこれまで、いくつかの拠点を潰して回ったクロ達だが、アマンダが手を下した戦いは一つもなかった。


 なぜなら。


「……もう、行っていいか?」


 この依頼に割り当てられたのは、クロとアマンダだけではないからだ。


 食堂の主であるカリアにも並ぶ、傷だらけの巨体。

 爛々と輝く瞳にはただ破壊の衝動が滾り、暴力への渇望を必死に抑えるその姿は、まるで大鬼オーガのよう。


 傭兵団、“紅蓮の鮮血”が誇る問題児達の中でも飛びきり危険で、扱いの難しい危険人物。


 グルージオだ。


「待ちなグルージオ、まずは降伏勧告からだ、一応ね」


 そんな彼をどうどうと宥めながら、アマンダは自らの風魔法で目下の暗殺者ギルドへ向けて声を届ける。


『あー、こちら傭兵団“紅蓮の鮮血”、アマンダだ。暗殺者諸君、今から君たちに選択肢をやろうじゃないか。一分以内に私の下まで来て降伏しろ、それをしなかったヤツは……』


「来たか、“鮮血”ぅぅぅ!! ブチ殺してやるぜぇぇぇ!!」


 アマンダが言い終わるよりも先に、拠点から数名の大男が飛び出して来た。


 二階の窓を叩き割るようにして奇襲してきた彼らは、剣だったり、槍だったり、あるいは魔法だったりと、各々得意な得物を以てアマンダを殺そうと一斉に群がり──一閃。


 風が吹き抜けると同時にその全身を切り刻まれ、あっさりと打ち倒された。


『全員、こんな感じで死ぬことになるよ。……ああいや、それはちょいと訂正すべきかね。アタイに殺された方がマシだって目に遭うことを保証しよう、何せ……』


「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!! グオォォォォ!!」


 アマンダが拡声した音量を遥かに越える咆哮を轟かせ、グルージオが暗殺者ギルドの拠点へ突っ込んでいく。


 それを苦笑と共に眺めながら、アマンダは一応最後まで言いきった。


『グルージオ……“血喰いの猛獣”は、一度暴れ出したら止まらないからね。ほんと、さっさと降伏することをオススメするよ』


 その余裕があったらねと、アマンダは呟いた。


 何せ、話している間にも、二階建ての拠点は次から次へと爆発を繰り返し、見るも無惨な瓦礫の山へと成り果てていく。


 この破壊は全て、魔法ではない。純粋な筋力によって生じた衝撃波が、あらゆる物を粉砕し、破壊し尽くしているだけだ。


 この建物が、市街地から外れた人気のない場所に建っていたからよかったものの、そうでなければ周囲に甚大な被害が出ていただろうことは間違いない。


 当然、嵐や竜巻すら生易しく感じるほどの破壊の渦に取り残された暗殺者達が、あの瓦礫の下でどんな姿と成り果てているかなど、安易に想像がついてしまう。


 そんな、戦闘とも言えない一方的な虐殺劇を見て、クロは頬を引き攣らせる。


「本当にやべえな……なんであんな化け物が、当たり前みてえに傭兵として表を歩けてんだよ……」


「歩けてなかったよ。アイツは元死刑囚だからね」


「いや、なんで死刑囚がこうやって解放されてんだって聞いてんだが?」


「殺せなかったからさ。どんな方法を使っても、アイツは死ななかった」


「……は?」


「事実さ。アイツの力は純粋な筋力だ、魔法を封じたって意味はないし、どんな剣も魔法も、アイツを殺しきるには至らなかった。そして、アイツは死にかけると理性のタガが外れて、今みたいに見境なく暴れては周囲を破壊し尽くしちまう本能がある。殺そうとするより、生きたまま利用する方がマシって結論付けられて、“鮮血”に預けられたのさ」


「何をどうしたそんな人間が生まれんだよ……マジもんの化け物じゃねえか」


「さて、何でだろうねえ。アイツの研究をしているアタイから言わせれば、もはや“呪い”としか言いようがない力だよ、アイツのアレは」


 一度理性のタガが外れれば、周囲を破壊し尽くすまで止まらない。

 大量の血を浴び、赤く染まる血溜まりの中でようやく止まるその猛獣の存在は、“紅蓮の鮮血”が人々から恐れられるようになった最大の要因と言っても過言ではない。


「それでも、あの子ならあるいは……」


「あん?」


「……いや、何でもないさ」


 ふと浮かんだ可能性を、アマンダは頭の片隅に仕舞っておく。


 可能性はあるが、少なくとも今口に出したところでどうなるものでもない。


 粗暴に見えて、実は相当に“あの子”に入れ込んでいる隣の男が激怒する可能性を考えれば、口に出さない方が賢いというものだ。


「さて、予想通り、グルージオが一人で全部やっちまったし、アイツが落ち着くのを待ってから帰るよ。お前さんも早く会いたいだろう? あの子に」


「ああ、そうだな」


 アマンダに答えながら、クロはもう一度暴れ続けるグルージオに目を向ける。


 瓦礫の上で、返り血を浴びて空へと咆哮するその猛獣は──なぜだか、酷く悲しそうに見えた。

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