第39話 野望が終わる時

「ぷはっ、はあっ……クソッ、まさか切り札を切らされることになるとは、想定外でしたね……」


 デリザイア侯爵城から少し離れた場所……領都の外へと通じる地下通路の一角で、アウラ・デリザイアは目を覚ました。


 口の中に仕込まれていた魔道具の一つ──《分身体ドッペルゲンガー》が砕け散っているのを確認し、舌打ちを漏らす。


「これを一つ用意するのに、一体いくらかかると思っているのか……!! ええい、忌々しい!!」


 この《分身体》は、自分とそっくりそのまま、身長・体重・能力を備えた分身を作成し、自らの意識を憑依させて操る、影武者の魔法だ。


 自分の実力そのままの分身ならば、死ぬ恐れもなくどんな敵とも対峙出来……本来、命を対価に発動する超魔法さえ、“ほぼ”ノーリスクで解き放てる。


 この《分身体》を用意することで龍殺しを成し遂げた過去を持つアウラだが、たった今砕けたものが最後の一つだ。新しいものを手に入れるのは、彼とて容易ではない。


「仕方ありません、ここは一旦、息を潜めて反撃の時を待ちますか」


 いとも容易くしてやられたことは業腹だが、最低限の目的は達している。


 城もろとも吹き飛ばすことであの二人は確実に死んだだろうし、残っていた証拠も全て瓦礫の下だ。


 アウラ自身も死んだことになっているはずなので、適当な配下の元に身を寄せ、時期を見て再び権力の座に返り咲けばいい。


「それまで、勝負は預けておきましょう……精々、一時の勝利に酔いしれるがいい……」


 クククッ、と暗い笑みを浮かべながら、アウラはフラフラと先へ進む。


 もしもの時のための脱出路として作られたこの地下通路は、複雑に入り組んだ迷路のようになっている。初めて訪れる者なら確実に迷うが、アウラは当然正規のルートを知っていた。


 この道を通って侯爵領から離脱すれば、もはや誰も追って来られないだろう。


 勝つことは出来なかったが、まだ負けたわけではないのだ。次はより綿密な計画を練り、確実に“鮮血”を潰してやる。


 そんなことを、長々と考えていたからだろう。アウラは、すぐ近くに他の気配があることに気付かなかった。


「えっ?」


「あ?」


「は?」


 城から脱出する際、少しでも安全な道をと考えていたミルク。任務の途中、たまたま地下通路の存在を確認していたクロ。

 その二人と、アウラはたまたまバッタリ遭遇してしまったのだ。不幸にも程がある。


(いや、まだだ!! “死霊”達ならばともかく、このガキや死に損ないの暗殺者風情など、私一人で十分制圧出来る!!)


 指に嵌められた魔道具の存在を確かめ、魔力を高める。


 幸い、この場所は地下通路だ。狭い環境は、アウラの得意技である《死光乱舞デスバレットダンス》と相性が良く、先ほど戦ったホールよりも力を発揮するだろう。


 あまりにも激しいバウンドにより、アウラ自身でさえほとんど制御が利かないのが難点だが……魔法の特性上、彼が指定した物以外に被害は生じないのだ。問題はない。


(そうだ、ここで今度こそガキを手に入れておけば、想定よりも早く力を取り戻し、“鮮血”に復讐することも出来る!! もう油断はしないぞ、手足を潰して、絶対に逃げられないようにしてやる!!)


 手に入れるつもりなら、今この場で《死光乱舞デスバレットダンス》は使うべきではない。


 しかし、ラスター達の手で一度は自爆するところまで追い込まれたアウラは、普段の冷静さを欠いていた。


 何故なら──いくら死なずに自爆魔法を使うことの出来る《分身体》といえど、使用者の感じる痛みも、臨死体験も、何一つ防ぐことは出来ないのだから。


 いくら強気に振る舞ってはいても、ラスターの全力によって死の間際まで切り刻まれ続けた痛みと恐怖は、とっくに彼の心を打ち砕いていたのだ。


「喰らえ、《死光乱舞デスバレットダンス》!!」


 ほとんど衝動のままに発動した魔法が、ミルク達に迫る。


 反射的にミルクの盾になろうと身を挺したクロが、その体を光弾で貫かれる……瞬間。


「帰って!!」


 ミルクの、“精霊眼”の力が発動し、魔法が反転した。


 光弾が持つ“対象のみを傷付ける”という特性を残したまま、その矛先をアウラに書き換えられたのだ。


「へあ……?」


 アウラにとって、最大の誤算。


 彼の得意とする魔法戦は、ミルクにとってはもっとも得意とする土壌であり──心身共に弱った今の彼が放つ魔法など、そもそも通用するはずがなかったのだ。


 冷静であれば、“精霊眼”の力を思い出し、もっと他の魔法を選択することも出来ただろう。


 クロが今のアウラ以上に弱り果て、たとえミルクの援護があろうと肉弾戦のみで制圧可能であると気付くことも出来たかもしれない。


 だが、現実は既に魔法を放ち終え、それら全てをたった一言で跳ね返されてしまった。


 無限に周囲を跳ね回り、対象を破壊し尽くすまで止まらない、光の弾丸が。


「ぎゃふっ!? いやっ、待っ、止ま、ガッ!? や、やめっ、ぐはっ、がはぁ!?」


 ミルクにもクロにも、周囲の壁にさえ一切の被害を与えぬまま、無数の光が目の前で乱舞し、アウラをボコボコに叩きのめしていく。


 やがて、光弾が全ての魔力を使い果たし、消滅する頃には……見るも無惨なまでにボロボロになり、白目を剥いて気絶する、アウラの姿が。


「……何しに来たんだ、コイツ?」


 攻撃されたかと思えば、何の痛みもないままあっさりと自滅したようにしか見えないアウラに、クロは困惑の眼差しを送る。


 対して、それを為したミルクもまた、大した感慨もなくクロの裾を引っ張った。


「それより、クロ、早く外に行こ。みんな待ってるよ。その人は、プルンに運んで貰うから」


「お、おう……」


 曲がりなりにも今回の黒幕と言えるアウラに対し、一切の興味を示さないミルク。


 ある意味容赦のないその言動を聞いて、クロは少しばかり、元主に対して同情心を抱く。


 こうして、デリザイア侯爵領を騒がせた、侯爵による独善的な争いは、ひとまずの終止符を打たれるのだった。

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