第38話 VSアウラ・デリザイア

「ふふふ、待っていましたよ、“紅蓮の鮮血”……この国に蔓延る害獣どもが……!!」


 団長に露払いを任せて先に進んできたラスターとネイルの二人は、ついにアウラ・デリザイア侯爵と対峙した。


 場所は城内のホール。服装こそ普段と変わらない紳士服だが、その指には魔道具と思われる無数の指輪が装備され、戦闘準備は万端といった様子である。


「今すぐ叩き潰してやる……と言いたいところですが、一応最初の一度くらいは聞いて差し上げましょうか。……大人しく私の軍門に降れ、這いつくばって詫びを入れろ。そうすれば許してやる」


 どこまでも傲慢に、自分こそが絶対者だと言わんばかりに命令するアウラを、ラスターとネイルは鼻で笑い飛ばす。


「冗談が過ぎる。これまで散々嫌がらせを続け、あまつさえミルクにまで手を出しておいて、俺達がそれに乗るとでも?」


「全くです。我々も大概無法者の集まりですが、あなたほど落ちぶれたつもりはありませんからね。この……幼女趣味の変態貴族が」


 ネイルの放った最大級の煽り文句によって、アウラの額に青筋が浮かぶ。


 怒りのあまり乱れた魔力が雷光を生じさせ、彼の荒れ狂う感情をこれでもかと現実に現す。


「ふ、ふふふ……本当にあなた達は、どこまでも私を苛立たせてくれますね……」


 アウラの体が、ふわりと浮かび上がる。


 その全身を球状の結界が包み込み、指輪を着けた両手を真っ直ぐにラスター達へ構え……そして。


「いいでしょう、そんなに死にたいのならこの手で殺してやる!! 《死光乱舞デスバレットダンス》!!」


 彼の指先から、無数の光弾が飛び交い、ラスター達へと襲い掛かる。


 ただ真っ直ぐに襲ってくるのではなく、周囲の壁や物に反射して四方八方から迫り来る光弾を全て躱しきるのは難しい。


 咄嗟にネイルが発動した、土魔法による岩の防壁がラスターともども彼の体を攻撃から守るのだが……。


「ふむ……?」


 岩に弾かれた光弾は、また周囲の壁で跳ね返り、再度襲い掛かってきた。


 周囲の壁には一切の傷を付けず、ネイルの防壁だけを着実に削り取っていく。しかも、その光弾はアウラの手から次々と生み出され続けているのだ。


 このペースでは、さほど間を置かず守りを崩されてしまうのは明らかだろう。


「これは……」


「ふふふふ! その魔法は私の意のままに跳ね回り、私の敵を喰らい尽くすまで決して止まらない!! この弾幕の中ではそうして殻に閉じ籠ることしか出来ないでしょうが、果たしていつまで持つか──」


「なるほど、そういった魔法ですか。ならば」


 ネイルが指を打ち鳴らすと、四方の壁が一部崩落し、それを構成していた石材が露わになる。


 石材が自在に形を変え、宙を舞いながら光弾を次々に飲み込んでは、物言わぬ石ころとなってその場に転がっていく。


 得意技をあっさりと無効化されたことに、アウラは目を剥いた。


「バ、バカな……!?」


「あなたが敵と見定めた対象の放つ魔力を目標に、それを喰らう……いえ、この場合は相殺でしょうか? そうしてダメージを与えるというわけですね。なかなか面白い魔法ですが、魔力由来ではない物質で包んでやれば簡単に無力化出来てしまいます。少々、工夫が足りないのでは?」


 ネイルが得意とする土魔法には、二つの使い方がある。


 周囲の土や石を操って攻撃する場合と、自身の魔力を土や石に変換して操る場合だ。


 前者の方が消費魔力も少なく、効果が永続するために建築現場などで重宝され、後者の方が場所を選ばず、即効性もあるため戦闘で好まれる。


 地味で目立たない魔法属性だと、一部では軽視されがちな土魔法ではあるが──その汎用性の高さは、全属性随一。


 そのお手前に、ラスターは賛辞を送った。


「流石は副団長殿、やはり“血壁けっぺき”の名は伊達ではないな」


「世辞はいりません、援護しますから、早く仕留めて来てください。……あの腐れ貴族がミルクにした仕打ち、百倍返しにしてもなお足りない」


「分かっているさ。俺もヤツには一撃くれてやらなきゃ気が済まないんでね」


 静かにブチ切れているネイルに同意しながら、ラスターが前に出る。


 勘違いによって生じた怒りなのだが、この場にそれを訂正出来る者もいないため、二人の内心はマグマのように沸き立っていた。


 それを叩き付けるように、一瞬で懐に飛び込んだラスターが剣を振るうが……アウラには届かない。


「硬いな……」


「チィ……!!」


「おっと」


 アウラを覆う結界に阻まれ、刃が通らない。

 そんなラスターに向け、アウラが腕を振るうと、その延長線をなぞるように光の刃が出現し、ホールの床を両断した。


「私の魔法を一つ封じ込めた程度で、私に勝てると思わないことです!!」


 アウラが腕を振るうのに合わせ、ホールが切り刻まれていく。


 光を刃の形に押し込めたその魔法は、重さがない。伸縮自在でありながら、文字通り手足のように操ることが出来る。


 あらゆる物を切り裂き、リーチにすら縛られないその攻撃によって、ホールは見るも無惨に変わり果てていった。


 床が割れ、壁や柱が砕け、崩落する石塊が土埃を巻き上げる。


 それでもなお、ラスターには当たらない。


「侯爵、確かにお前は強いが……対人戦闘の経験はあまりないようだな。動きが大雑把だぞ」


「黙れ!!」


 上手く行かない苛立ちをぶつけるように、アウラが光刃を振るう。


 姿勢を低くしてそれを掻い潜ったラスターは、剣を腰だめに構えて大きく前に踏み出し、剣を再度一閃。やはり、アウラの結界に阻まれた。


「たとえ私の攻撃が通じずとも、それはあなた方の攻撃とて同じこと!! そちらが手をこまねいている間に、私の攻撃が一度でも通ればそれで終わりだ!!」


 事実、何度ラスターが斬り付けても、アウラの魔法結界は罅一つ入っていない。

 こうも狭いホール内では、炎龍相手にそうしたように、十分な助走を付けて斬撃の威力を上げることも難しいため、このままではジリ貧だろう──あくまで、このままなら。


「確かに、俺の剣ではお前の結界は破れないらしい」


「ふふふ、今更気付いたところで、もう遅……」


「だが、そうだな……?」


「……は?」


 その瞬間、アウラの視界からラスターが忽然と消える。


「なっ、どこに……!? くっ、そこか!!」


 何とか視界に映ったラスターを、光刃で切り裂く。

 それは、間違いなくラスターの胴体を真っ二つに引き裂き──まるで残像のように消失した。


 どういうことだと、周囲を見渡したアウラは……愕然とする。


 ラスターが、五人に増えていた。


「バカな、一体何が!?」


 数の増えたラスターを切り刻むべく、アウラが光刃を振るう。

 だが、そのどれもがまるで残像を切り裂くかのように手応えがなく、忽然と消えては再び現れる。


 何が起きているのか、アウラにはさっぱり理解出来なかったが……実のところ、それほど難解な魔法は使っていない。


 ただ、速すぎるだけ。


 彼の圧倒的な速さが、まるでそこに五人いるかのように認識させる一方で、その全てから実体というものを消失させている。


 いくら倒そうとも蘇り、無限に増え続ける残像の群れ。

 その目に映る全てが虚像でありながら、攻撃だけが確かな実体を伴って相手を屠るその様は、さながら肉体を持たぬ霊魂を相手に戦っているかのよう。


 故に、“死霊”。


 炎龍との戦闘では、町への被害を抑えることを第一とするために最後まで披露されなかった、ラスターの全力である。


「覚悟しろ、侯爵。貴様が生まれてきたことを後悔するまで、生かしたまま切り刻んでやる」


 普段は“鮮血”でもっとも理性的かつ穏当な手段を好むラスターだったが、今回ばかりは容赦をするつもりは欠片もなかった。


 ミルクを傷付けられ、その尊厳を踏み躙られたのだ。それが勘違いだと知らない彼にとって、アウラの悪行はとうに許容範囲を越えている。


 楽に死ねると思うなと、あまりにも重すぎる殺意と共に告げられたアウラは、冷や汗と共に叫んだ。


「ふざけるなぁーー!!」


 光刃を両手で振り回し、先程の光弾も同時に撒き散らす。


 もはや人が生存出来る空間などどこにもないのではないかと思えるほど、濃密な弾幕と剣閃の嵐。龍殺しの名が伊達ではないのだと、そう示すかのごとき暴威。


 それを見て、ネイルは咄嗟に援護しようと考えて……止めた。


 今のラスターに、そんなものは必要ないと悟ったからだ。


「はあぁぁぁぁぁ!!!!」


 ラスターの残像達が、迫り来る光弾を一つ残らず両断する。


 何度も跳ね回りながら相手を追い込むはずの魔法は、ラスターの剣に込められた絶大な魔力を相殺しきれず、ただの一撃で消失したのだ。


 アウラの両腕から伸びる光刃もまた、ラスターの剣にいとも容易く打ち砕かれ、全ての魔法は無へと帰した。


 バカな、と……結界の中で呆然と呟くアウラに向け、ラスターは全力で剣を振るう。


「《魔翔剣ましょうけん・五連》!!!!」


「がはぁぁぁ!?」


 五つの残像から放たれる五つの斬撃が、一点集中で魔法結界にぶち当たり、紙クズのように引き裂いた。


 その勢いのままアウラの体を剣閃が奔り、両腕両足を少しずつ切断していく。


 ラスターが剣を振るう度、自らの体が削ぎ落とされていく激痛に、アウラは絶叫した。


「ぎゃあぁぁぁぁ!!? や、やめっ……!!?」


「はあぁ!!」


 ミルクの痛みを思い知れとばかりに繰り出された無限にも思える斬撃が、達磨状態になったアウラを吹き飛ばす。


 もはや生きているのが奇跡とも言えるほど、無駄に超絶技巧を凝らした精緻な剣撃で切り刻まれたアウラは、もはやどんなに高度な治癒魔法を使おうと二度と人としての生活を送れないだろう。


 これで終わりだ──と、斬ったラスター本人も、後ろから見ていたネイルも考えた。


 だが。


「く、くくく……まさか、この私が負けるなど……龍と戦った時、以来ですね……」


 アウラは、そんな状況でも笑みを浮かべていた。


「何……? どういう意味だ」


 龍に負けたとはどういうことか。負けたのなら、龍殺しなどとは呼ばれないはずだ。


 だが、アウラはそんなラスターの疑問には構わず、口の中に仕込まれた最後の魔道具を起動させる。


「ならばせめて、お前達を道連れにしてくれる!!」


「っ、まずい!!」


「ラスター! こちらへ!!」


 自らの体内魔力を暴走させ、命と引き換えに爆弾と化す、自爆魔法だ。


 その威力は使用者の内包する魔力量によって異なるが、アウラの実力ならこの侯爵城全てを跡形もなく吹き飛ばすほどの威力にはなるだろう。


「これが最後の魔法だ、死ねぇーー!!」


 哄笑と共に、アウラが自爆魔法を発動する。


 全てを焼き付くす命の炎が、アウラ自身の体を餌に解き放たれ、侯爵城もろとも全てを吹き飛ばす。


 崩れ落ちる城。凄まじい勢いで倒壊していく建築物があらゆる物を押し潰し、あっという間にその場所は“侯爵城の跡地”である瓦礫の山と成り果てた。


 そんな瓦礫の山をかき分けて、二人の男がボロボロの体を押して這い出して来る。


 アウラをあと一歩のところまで追い詰め、自爆魔法を浴びたラスターとネイルの二人だ。


「くそっ……まさか自爆魔法を使ってくるとは、予想外だ」


「全くです……これでは、悪事の証拠を掴むどころではありませんね」


 城が崩れ、侯爵は死んだ。

 侯爵家の悪事を暴くことで、自分達が貴族相手に大暴れした事実を有耶無耶にしようとしていたネイルとしては、どうにも困った状況だ。


 ただし。それは、本当にそうなっていたらの話である。


「いや、まだだ。まだ終わっていないぞ」


「どういうことです?」


「侯爵はまだ死んでいない。あれは命を投げ捨ててでも、俺達を道連れにしようってヤツの目じゃなかった……誇りもプライドも捨てて生き足掻こうとする、手負いの獣のような目だ」


「なっ……!? そんなバカな、侯爵は自爆魔法を使ったのですよ!?」


「俺にも方法は分からない。……時間が惜しい、完全に逃げられる前に探そう」


「……分かりました。アマンダ達の戦闘も終わっているようですし、団長は……どうせ生きているでしょう。全員で付近を捜索しますよ。ここに来て取り逃がしたとあっては、ミルクに合わせる顔がありませんからね……!!」


 ラスターの言葉を信じ、手早く動き始めるネイル。

 どこまで逃げようと絶対に嬲り殺してやると、この上ない殺意で駆けずり回るその姿は、まさに悪鬼羅刹のよう。


 しかし、そんな彼らの少々行き過ぎた怒りの捜索は、すぐに終わることになる。


 ──ラスター達も知らない内に侯爵城へと忍び込んでいた、小さな見習い傭兵の手によって。

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