第37話 紅蓮の死神
城内に突入したラスター、ネイル、そしてグレゴリーの三人は、順調に奥へと向かっていた。
非戦闘員である使用人達は事前に避難させてあるようで、特に手間取ることは何もない。
「流石に、戦えもしない配下を残しておくほど愚か者ではなかったか」
「残しておいたところで、デメリットしかありませんからね。それより、侯爵本人がどこにいるかが問題です。早々に逃げ出していた場合……」
「聞き捨てなりませんね。我が主は、敵を前にして逃げ出す腰抜けではありませんよ」
「その通りだ、貴様らのように、大義もなくただ金のために戦う愚物と一緒にするでないわ!!」
ネイルの懸念を遮るように、廊下の先から二人の男が現れた。
一人は、執事服に身を包んだ初老の紳士。一見すると非戦闘員にも見えるが、その立ち振舞いに隙はない。
もう一人は、分かりやすく騎士鎧に身を包んだ大男だ。
隠す気もない膨大な魔力を垂れ流し、ここから先は一歩も進ませないと言わんばかりの威圧感を放っていた。
「……逃げ出さないという割には、こうして自分は出向かず、配下だけを俺たちにぶつけるんだな。逃げる時間を稼いでいるようにしか見えないぞ?」
「ふん、知れたこと。お前達の相手など、我々で十分というだけの話だ!!」
「我が主のため、あなた方にはここで消えて貰いましょう」
戦闘態勢に入る執事と騎士に、ラスターとネイルも構えを取り……そんな彼らの前に、これまで静かに控えていたグレゴリーが進み出た。
「こいつらは俺が相手をする。ラスター、ネイル、お前達は先に行け!!」
「……こういった場合、普通は私達が足止めをして、団長がケリをつけに行くのでは?」
「今回の喧嘩はミルクが発端だ! 俺はあいつと会って日が浅い、侯爵の顔面に蹴りを入れてやりたい気持ちはお前達の方が上だろう。ならば、お前達自身の手で決着をつけるべきだ、違うか!?」
「……違いないな。感謝する、団長」
ラスターとネイルが先へ向かうも、執事と騎士の二人は止めなかった。
そんな彼らに、グレゴリーが声をかける。
「どうした、お前達だけで十分じゃなかったのか?」
「我が主が脅威とみなしているのは、最初からあなただけですよ、“紅蓮の死神”」
「貴様の配下を足止めし、貴様との確実な一対一に持ち込むこと。あるいは、貴様を足止めして配下と分断し、各個撃破の隙を作ることが我らの受けたご命令だ。つまり、貴様らはまんまと侯爵様の作戦に嵌まっているのだよ!!」
「ほほう……? つまり、お前達のご主人様は、この俺との一対一での決着をお望みだったわけか」
本来なら、表に用意された千人の騎士で終わらせるつもりだったはずだ。
しかしそれは叶わず、もはや直接戦うしかないと判断した時点で、敵の大将首を確実に獲るための最善手を打つというのは悪くない。
だが。
「せっかくだ、貴様らの勘違いを二つ訂正してやる。まず一つ目、ウチのガキどもは、この俺が傍にいないからと、むざむざ各個撃破されるほど柔じゃない。たとえ、“龍殺し”の侯爵が相手だろうとな」
そして二つ目、と、グレゴリーは指を立てる。
「どうやらお前達は、この俺をたった二人で足止め出来ると思っているようだが……そんなことは出来ん」
「どういう意味だ!! 我らを愚弄するか!?」
騎士の男が激昂し、剣を構える。
彼らの自信は、決して過剰とは言い難い。
その実力は一般的な騎士を大きく上回り、“龍”は不可能でも“竜”程度であれば撃破出来るほどの実力がある。
そう、少なくとも、大きな川に生息する竜モドキ、“
ただ。
「愚弄などしていない──事実を言っているまでだ」
相手が悪すぎただけだ。
「は……?」
グレゴリーの体がかき消えた次の瞬間、彼は騎士の隣に立ち、無造作に腕を振り抜いていた。
その先には、あっさりと殴り飛ばされ、壁にめり込んで気絶する執事の姿が。
「全盛期の俺なら、一人で侯爵家を落とすくらいなんでもなかったんだがな。さすがにこの歳になると、表にいるような大量の騎士を相手にする体力はもうない。だが……」
「う……うおぉぉぉぉ!?」
雄叫びをあげながら、騎士は全身全霊の斬撃を放つ。
魔力を込め、全てを破砕する力を秘めたその一撃は、ラスターの《魔砕剣》と比べても遜色ない。
だが……そんな一撃はグレゴリーに届くことなく、素手で掴み取られてしまう。
衝撃が城内を駆け巡り、窓が全て砕け、グレゴリーの足元が陥没して小さなクレーターを穿ち──それでも、グレゴリーには掠り傷一つ付いていない。
「お前のような自信過剰の若造を一人二人潰すくらいなら、誰が来ようが同じことだ」
「ふ……ふざけ……!?」
ふざけるなと、そう叫ぼうとした騎士の言葉は、グレゴリーの放った拳によって中断させられた。
侯爵の腹心二人をあっさりと無力化したグレゴリーはしかし、ラスター達を追うことなくその場で仁王立ちする。
「ふう……やはり俺も、老いには勝てんな、少し動いただけで腰に響く。後は任せたぞ、ラスター、ネイル、そして……ミルク」
先に進む二人だけでなく、言い付けを破って城に潜入した幼い見習い傭兵の存在をもしっかりと看破しながら、グレゴリーは一人呟くのだった。
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