第36話 ミルクの潜入作戦
「始まったのかな。みんな、がんばって」
“鮮血”のみんなが、侯爵家で大暴れする音は、町中に響き渡っていた。
どっちが勝つのか、そもそもどうしてこうなってるのか、ほとんど分かってない町の人達は、ただただ戸惑ってる。
そんな町の様子を、私は侯爵家のお城の傍から精霊眼で眺めていた。
「そろそろ、私も行こう」
みんなが戦ってる間、私は休んでろって言われたけど……一つだけ、やりたいことがあった。
「クロと……もう一度会いたい」
また会いに来て、って話をしたけど、みんなが思っていた以上に本気だったから、クロのことまで殺しちゃうかもしれない。
みんなが戦ってるのに、私一人だけじっとしてるなんて無理だったっていうのもあるけど……クロを死なせたくないって気持ちが一番強い。
「助けてくれたもん、今度は私が助ける番」
クロがいなかったら、私はここから逃げ出すことなんて出来なかった。
あの時は急いでたから、クロが嘘をついてることを指摘する暇すらなかったけど……侯爵様に逆らってまで私を助けてくれた理由も聞けないまま、お別れなんて嫌だ。
「今なら、きっと……!」
プルンの体を手足に纏わせて、お城の周りを囲っている壁を乗り越える。
戦場になってる場所にはクロの魔力が見えないから、多分お城の中にいるんだと思うけど……どこだろう?
「聞けば分かるかな……?」
お城のことは、お城にいる人に聞くに限る。
けど、私はここを逃げ出して、今まさに“鮮血”のみんなが攻め込む理由を作った人だし……多分、教えて貰えないよね?
「うーん……」
あっさりとお城の中に入り込めた私は、天井をペタペタと逆さになって進みながら考え込む。
クロの魔力は欠片も視えない。
手掛かりすら見付からないし、そもそもお城の中に人がいない。私がここにいた時はたくさんいたのに、どうしたんだろう?
困ったな、と思っていると、ほとんど無人の部屋の中に一つ、人の魔力が溢れてるのが見えた。
宿る感情は、恐怖。
多分、あんまり強くない。
「…………」
試しに扉の前に降りた私は、プルンの体を扉の隙間から滑り込ませ、中の様子を探ってみる。
分かるのは人数と、何か喋っていればその内容くらいなんだけど……幸いというか、そこにいたのは一人で、ブツブツと独り言を呟いてた。
「ど、どうしよう……まさか、掃除をサボって昼寝してる間に逃げ遅れて、侯爵家と“紅蓮の鮮血”の戦争が始まっちゃうなんて……!! 今から逃げようと思っても、絶対見逃してくれないよね? 侯爵様が勝ってくれればいいけど、避難指示を出してたってことは巻き込まれる可能性が十分あるってことで……!! うわぁぁ……!!」
なるほど、みんな避難してたんだ。
確かに、戦えない人がいたら困っちゃうもんね。私も、よくラスターの邪魔になっちゃってたし、分かるよ。
そういう事情なら……もしかしたら、協力出来るかもしれない。
そう思った私は、プルンに頼んで部屋の鍵を開けて貰った。
「ひっ、だ、誰!?」
急に開いた扉に驚いて、ベッドの上で震えながら蹲っているのは、メイドさん。
よく見れば、私を最初にお風呂に入れてくれた人だった。
「あ、あなたは……!! 侯爵様が連れてきた獣人の子供!!」
「えーっと……お久しぶり……?」
たった二日ぶりだけど、他にどう言えばいいのか分からない。
そんな私に、メイドさんはキッと怒りの表情を向けた。
「あなたが逃げ出したせいで、もうめちゃくちゃよ!! どうしてくれるの!?」
「えっと……ごめんなさい?」
「謝って済むなら衛兵はいらないのよ!! せめて私をここから逃がして!!」
「うん、それでいいなら、やってあげる」
「ほら!! どうせ出来な……えっ、出来るの?」
「うん」
プルンの力を使えば、この騒ぎの中で人一人、お城の外へ連れ出すなんて簡単だ。
すると、メイドさんはそれまでの怒りの感情を吹き飛ばし、私の前に土下座し始めた。
「お願いします、私を助けてくださいミルク様。そのためなら何でもしますので。あ、靴をお舐めしましょうか?」
「そんなのしなくていい」
なんで舐めたら私が喜ぶと思ってるんだろう……よくわからない。
「それより、クロって知ってる?」
「クロ……?」
「うん。真っ黒な、暗殺者」
「暗殺者……? あ、あー……!! 確か、侯爵様の不興を買って、地下室に閉じ込められた暗部の者がいるという噂を聞きました! はい!」
「そうなんだ」
やっぱり、命令に逆らったから、私の代わりに……。
「それって、どこ?」
「教えたら、私のことも助けていただけます?」
「助けるから、早く教えて」
「分かりましたぁーー!!」
それから、メイドさんは地下室の場所と、そこまでの行き方について詳しく教えてくれた。
なるほど……それなら、私でも行けそう。
「ありがと。約束通り、外まで連れていってあげるね」
「やった、これで助かる……!?」
喜んでるメイドさんを、私はプルンに頼んで抱え上げて貰う。
具体的には、分裂体をいくつか出して、背中の下に潜り込む感じで持ち上げるの。
後は、このまま外に運び出して貰えば大丈夫。壁も、私が天井に張り付いてた時と同じ感じで登れるから……いける。
「それじゃあ、ばいばい」
「バイバイって、ちょっと待っ、これで本当に逃げれ……きゃあーー!?」
分裂体がすごい勢いで移動を始め、メイドさんを運んでいく。
なんだかすごく怖がってたみたいだけど、ちゃんと脱出は出来るだろうから許して欲しい。
「私は、クロのところに行こう」
メイドさんを見送った後、私は教えて貰った通りにお城の中を進んで、地下への入り口を見つけた。
そこをずっと降りていくと……。
「……よぉ、随分早かったな、もう決着か? ……って、てめえは……」
「クロ……! 待ってて、今出してあげるから……!」
牢屋の中で、ボロボロのまま縛られてるクロを見付けた。
すぐに私はそこに近付き、プルンに鍵を開けて貰う。
「……なんでてめえがここにいるんだ。せっかく脱出したのに……いや、“鮮血”と一緒に、攻めて来たのか?」
「うん、みんな外で戦ってるよ。だけど、私はまだみんなの役には立てないから……代わりに、クロを助けに来たの」
「バカが……俺のことなんて忘れてれば良かったのによ……」
「そんなの嫌。クロは私を助けてくれたんだから、今度は私が助けるの」
「……だから、お前は傭兵に向いてないってんだよ、バカが……」
クロが色々言ってる間にも、その拘束をプルンに解いて貰う。
どんな鍵も、プルンの体なら簡単に開けられるから、本当に便利。
「ほら、行こ? ちゃんと話せば、みんなクロのこときっと受け入れてくれるから」
「…………チッ」
自由になったクロを一生懸命説得すると、舌打ちが一つ。
そして、諦めたみたいに頭を掻いた。
「分かったよ、どうせもう俺は一度死んだ身だ。……それでてめえが満足するなら、好きに連れてけ」
「うん。じゃあ、好きに連れてく。えへへ」
良かった、ついてきてくれるんだ。
そう思って笑うと、クロはまたしても呆れたみたいに溜め息を溢す。
「本当に……変なヤツだ」
「???」
クロが何を言いたいのか、私にもよくわからなかったけど……口で言うほど、嫌そうじゃなかったし、いいかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます