第35話 強制捜査

「俺は“紅蓮の鮮血”団長、グレゴリーだ!!! これより王命に基づき、デリザイア侯爵家への強制立ち入り捜査を開始する!!!! 逆らう者は全員、王家を敵に回す覚悟でかかってこい!!!!!」


 ミルクが脱出してから僅か二日後、グレゴリー達“鮮血”の面々は、デリザイア侯爵家の城の前でそう宣言していた。


 侯爵に逃走や証拠隠滅、援軍を呼ぶ時間を与えないための判断だが、そうなることはアウラ・デリザイアとて分かりきっていたことだ。


 故に、慌てず騒がず──拡声魔法を使って、城内から静かに告げる。


『そちらこそ、でっち上げの証拠で王家を欺き、我が侯爵家に弓を引こうなどという蛮行が許されるとでも? 今すぐ武器を納めて謝罪すれば穏便に済ませますが、そうでない場合……この私が、王国西部の全てがあなた方の敵に回ると思いなさい』


 “鮮血”が持っている証拠は、ミルク自身の証言と大量の文書の二つしかない。


 そして文書に関しては、複製や改竄の形跡ありと見られてしまえば証拠能力を失うため、彼らが持つオリジナルさえ抑えてしまえば、もはや誰もアウラを罪に問えないのだ。


 もちろん、王家が持つ強権によって、証拠能力が乏しくとも強引に裁くことは出来るだろうが──


((あの王はそんなことはしない))


 奇しくも、その一点においてアウラとグレゴリーの見解は一致していた。


 数多の敵対国と魔物の脅威に晒され続けるこの国では、良くも悪くも強さが絶対の指標だ。

 アウラがこれまで好き勝手に西部貴族の支配を続けられたのも、それで西部地域が強固になるならそれでいいと考えられていたからに他ならない。


 つまり……善悪など関係なく、この戦いに勝利した者に味方すると、そう考えられている。


(政治的な戦況はまだ私に有利。証拠は握られていますが、未だに西部貴族の多くは私の側につくでしょうし、あちらの大義名分となっている王からの承認も、あくまで直接対決の許しを得た程度でしょう。ここで奴らを叩き潰せば、いくらでもやり直しが利きます)


 ですが、とアウラは額に青筋を浮かべる。


 正直なところ、ミルクにしてやられたことは腹立たしいが、それは彼にとってまだ許容範囲だ。証拠さえ取り返せばリカバリーも利く。


 だが……現在城下で蔓延している噂に関しては、とてもではないが許容出来なかった。


(誰が幼女趣味の変態貴族だ、ふざけるなよ!! あのミルクとかいうガキ、絶対に見つけ出して惨たらしく公開処刑してやる!!)


 アウラはとっくに貴族としての適齢期を越えているが、未だに子供どころか妻さえいない。

 その理由について、侯爵家内部でも城下でも様々な憶測が流れていたところに、アウラの手から逃れてきたという下着姿の幼い少女が現れ……如何なる流れによってか、アウラから手を出されたという誤解が広まった。


 その拡散速度は凄まじく、たった一日で彼の耳にまで話が届き、執事などは早速可能な限り幼く見える適齢の令嬢を身繕い始める有り様だ。


 冷静さなどとっくに失った彼の頭の中では、たとえ今日仕掛けられずとも“鮮血”との全面対決以外の選択肢などなくなっていた。


(問題はない。あのガキを捕らえた時点で“鮮血”との戦争を見越して各地に散っていた騎士を集結していましたからね……! その戦力も昨日到着しましたから、連中との数の差は歴然。いくら個人個人が精強だろうと、この圧倒的な数の差を覆すことなど不可能です!!)


 絶対の自信と共に見下ろした眼下には、侯爵家の財力と権力の限りを尽くして集めた精強な騎士団がおり、その数は千人にも昇る。


 一方で、“鮮血”側の人員などごく僅かだ。


 団長のグレゴリー、副団長のネイル、“魔女”のアマンダに“死霊”のラスター、それから“ガバデ兄弟”。たったの七人である。


 その程度の数で、侯爵家との全面戦争など出来るはずがない。


(せっかく奪った証拠が効力を失う前に仕掛けたかったのでしょうが、あまりにも早計でしたね。私がこれほどの戦力を用意しているなど想定外だったのでしょうが、もう遅い!! 全員数の暴力に擂り潰されて果てるがいい!!)


 心の奥底で高笑いしながら、表面上はあくまでも優雅に戦いの様子を見守るアウラ。


 城の前で両者が激突し、“鮮血”側があっという間に取り囲まれて見えなくなり──勝ったな、と、そう確信を得た瞬間。


 派手な爆発と共に、騎士達が血を撒き散らしなから吹き飛ばされていた。


「……は?」


 何が起きたのか分からず、アウラは身を乗り出すようにして爆心地を覗き込む。


 そこでは、"鮮血"の七人全員が無傷のまま立ち……ただ一人、アマンダだけが魔法発動時に出る魔力の燐光を纏って腕を掲げていた。


「はっ、随分と数を揃えたじゃないかい。ちょうどいい、アタイは散々アンタらに振り回されて、挙句……ミルクを取り返しがつかないほど傷付けられて、腹が立ってるんだ」


 更なる魔力が溢れ出し、大気と反応して暴風となる。


 魔法が発動する前から、既に竜巻の如き圧力を伴って周囲を威圧している。


「アンタら、全員ブチ殺してやるから覚悟しなッ!! 《暴竜風くたばれ》ぇぇぇぇぇぇ!!」


「「「ぐあぁぁぁぁ!?」」」


 溢れる魔力が、魔法によって指向性を与えられる。

 竜巻が暴風を纏う竜となり、うねりながら侯爵家の騎士達へと次々喰らい付いていく。


 彼らとて、魔法に対する備えが全くなかったわけではない。

 だが、ちょっとやそっとの対魔法防御などいとも容易く打ち破るその魔法によって、騎士達の表情からこれまでの余裕が消え、誰もが二の足を踏んでしまう。


 その間合いが、魔法使いを相手にするにはもっとも悪い位置取りだと、頭では分かっているにも関わらず。


「ほらほらどうしたぁ!? そんなんじゃ、アタイ一人すら止められないよ!!」


 アマンダの周囲を荒れ狂う暴風の竜が蹂躙し、侯爵家の騎士達を薙ぎ倒す中、更に追い討ちとばかりに頭上から疾風の弾丸が降り注ぐ。


 一撃一撃はさほど強い威力でなかろうと、雨霰と降り注ぐそれは回避も叶わず、防御を固めても物量で削り切られ、着実に騎士達を貫いていく。


 こうなっては、少しでも守りを固めて魔力切れを待つしかない……と、騎士達が更に亀のように固まり始めた頃。更に驚愕の展開が彼らを襲った。


 降り注ぐ魔法など意にも介さず、三人の男達が突っ込んできたのだ。


 “鮮血”が誇る命知らずのバーサーカー。ガバデ兄弟である。


「ヒャッハァーーーー!! なんだよコイツら、守ってばっかで動きやしねえ、いい的だぜェ!!」


「オラのハンマーでぶっ潰すでヤンス!!」


「ウェヒヒヒ!! ミルクの仇だ、死ねえ!!」


「ぐあっ!? な、なんだこいつらは!? 味方の魔法攻撃の中を……正気か!?」


 対魔法に集中し、ひと塊となって守りを固めていた騎士達にとって、ガバデ兄弟の仕掛ける接近戦は対処しようがなかった。


 生半可な守りはバルの振るうハンマーによって力づくで粉砕され、ガルの魔法が込められた拳によって吹き飛ばされ、派手な動きに気を取られたところをデルのナイフが背後から襲う。


 しかもその間、アマンダの放つ魔法の勢いは全く衰えていないのだ。


 まさか、あんな無秩序にばら撒いているようにしか見えない魔法一つ一つに、精緻な狙いを付けているのか──と考えた騎士達だったが、それは違った。


 ガバデ兄弟も、しっかりと魔法を受けているのだ。


「グッハァ!? いでェ!!」


「ぶははは、ガルの兄貴はドジでヤンスぶふぅ!?」


「その巨体で躱し切れると思う方が間違いだ。大人しく我慢しろ。ウェヒヒヒ」


 末弟のデルだけは上手く搔い潜りながら戦っているが、ガルとバルの二人は自分へのダメージなど意にも介さず、風弾に全身を撃ち抜かれながら全く背後を顧みない。


 当たり前のように負傷し、血を流し、あっという間にボロボロになりながら、それでも止まらぬ死兵の如き戦いぶりに、騎士達の心に恐怖が灯る。


 こいつらは、不死身なのかと。

 自分達が何をしても……こいつらを倒すことなど出来ないのではないかと。


「アイツらは、もう少し頭を使った戦い方が出来ないのか……?」


「無理でしょう。むしろ、彼らは頭を使わないから強いのです。アマンダも死なない程度に加減して……は、いなさそうですが、まああの三馬鹿は頑丈ですので問題はない。放置で構いません」


「よし、では俺達は城の内部に突入し、侯爵当人と側近たちの捕縛作戦に入る!!!! 乗り遅れるなよ、ガキども!!!!!」


 呆れるラスターと、諦観の滲むネイル。二人を先導する形で、グレゴリーが城に向かって走り出した。


 当然ながら、それを阻止しようと動く騎士もいたのだが……アマンダの魔法とガバデ兄弟に蹂躙され、浮足立った騎士達に三人を止める力などあるはずもない。あっさりと突破されてしまった。


 それら一連の流れを、アウラは城の中で怒りに震えながら見つめている。


「……いいでしょう、こうなれば、私自らが相手をして差し上げます」


 いくら精兵とはいえ、やはり二つ名も持てないような英雄未満の者たちではあの傭兵達は止まらない。


 だが、アウラが西部貴族達を支配し続けられたのは、何も彼が持つ政治力だけの話ではない。


 単純に、彼もまた強かったからだ。


「この“龍殺し”のアウラ・デリザイア……久しぶりに、本気を出させて頂きましょう……!!」

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