第30話 鮮血の絆

 ミルクが侯爵家の居城に連れていかれ、予想外の歓待に戸惑っている頃──ラスター達もまた、ミルクがそこにいることを突き止めていた。


 だが、そうなると彼らにとっても困ったことになる。

 いくらなんでも、ミルクがそこにいる可能性が高いというだけで、確たる証拠もなしに侯爵家を相手に力に訴えるわけにはいかないのだ。


 だからこそ、一度そこで踏み留まり、策を練る──というのが、常識的な対応なのだが。


 そんな殊勝な行動を、血塗れの傭兵たる二人が取るはずもなく、ラスターとアマンダは侯爵城に乗り込もうとして、


『ラスター!! アマンダ!! 今すぐ状況を報告しなさい!!』


 突如、緊急連絡用の通信魔道具に届いたネイルの叫び声に、二人は渋々足を止めて顔を見合わせる。


 どうする? と、無言のまま視線で言葉を交わし……二人は、同じ結論に至った。


 あのクソ真面目な副団長様に止められる前に、さっさとケリを着けてしまおうと。


『分かっています、あなた達の考えはよーく分かっていますよ。どうせ私があなた達を止めると思っているのでしょう?』


「違うのか?」


『いえ、止めるつもりではあるのですが』


 その通りなら尚更答える必要はないな、と、ラスターとアマンダは侯爵城の周囲を囲う城壁の近くで魔力を高める。


 剣と魔法が、今まさにその壁を物理的に破壊する寸前、ネイルが更に大声で叫んだ。


『ミルクを助けたいのでしょう!? ならば尚更一旦止まりなさい!! こちらと情報を共有しましょう!!』


「「む……」」


 ミルクが行方不明になったことは、当然ながらまだネイルには伝えていない。

 にも関わらず知られているということは、拠点の方でも何が動きがあったということだ。


 これは聞いた方がいいかと、ラスターとアマンダは矛を納め、通信魔道具を取り出す。


 光魔法による投射映像として映し出されたネイルの表情は、既に疲れ果てていると言わんばかりだった。


「どうしてミルクが誘拐されたことを知っているんだ?」


『……なるほど、ミルクに何かあったのではと思いましたが、やはり誘拐でしたか』


 相変わらず、こちらから情報を抜くのが早いとラスターは思った。


 予想はしていたのだろうが、今の短いやり取りで疑惑を確証に変えて話を進めるネイルの手際は、急いでいるラスターとしてもありがたい。


 とはいえ、情報共有というからには、ネイルの理解力に期待するばかりでなく、きちんと事情を伝えなければならないだろう。


 そのため、男爵領で起こった炎龍の襲撃事件と、その直後に起こったミルクの行方不明について詳しく話し……それに対する答えとして紡がれたネイルの言葉には、思わず耳を疑った。


『実は、デリザイア侯爵家から、我々“紅蓮の鮮血”に打診が来たのです』


「打診……? 依頼ではなく、か?」


『ええ。端的に言うと、デリザイア家の専属にならないか、というものですね』


「何……? どういうことだ?」


 ラスター達“紅蓮の鮮血”が持つ力に目を付け、専属契約を結ぼうとした貴族はこれまでにもいくつかある。


 だが、よりによって傭兵嫌いで知られるデリザイア家が、どうして。

 そんなラスターの疑問に答えるように、ネイルは溜め息と共に説明を再開する。


『ハッキリ言って、喧嘩を売っているとしか思えない契約内容で、私としても驚いていたところです。しかし、ミルクがあちらの手に落ちたというのであれば話は変わってくる。……つまりは、これを呑めというのが、侯爵の要求するミルク解放の条件なのでしょう』


「っ……!!」


 詳しい契約内容が、映像という形でラスター達にも伝えられる。


 そこに書かれた内容は、確かにふざけているとしか思えなかった。


「なんだいこりゃあ、報酬は相場の半分もないし、他のところで勝手に依頼を受けるのも禁止だって? 体のいい戦闘奴隷になれっつってるのと変わらないじゃないかい!」


 それまで黙っていたアマンダも、堪えきれないとばかりに叫ぶ。


 ラスターも同じ気持ちだが、今それを叫んだところで仕方がない。


「ネイル、お前はどう考えている?」


『……ハッキリ言って、侯爵のやり口は狡猾極まりない。この文面には一言も、ミルクについて言及されていませんからね。これでは、人質を取って脅迫してきたと国王に訴えたところで無駄でしょう』


 更に、と、ネイルは益々その表情を苛立ちで歪めながら続けた。


『仮に、侯爵がミルクを殺したとて、罪に問うことも出来ないでしょうね。表向き、侯爵家がミルクを捕らえているという明確な証拠もありませんし……死体が残らない形で“処分”して、最初から炎龍の攻撃に巻き込まれて骨すら残さず消え失せていたと主張されれば、反証も出来ません』


「つまり……連中はいつでもミルクを殺せるのに、俺達には連中を殴る大義名分すらないってことか」


『その通りです。この状況で下手に侯爵の不興を買えば、ミルクが何をされるか……最悪の場合、“精霊眼”だけ摘出して、ミルク自身はあっさりと消されるでしょう』


「なんだいそりゃあ、ふざけた話だよ!!」


 憤激するアマンダに、ラスターもまた内心で同意を示す。


 どこまでも狡猾に、ズル賢く、“鮮血”とミルクの力を我が物にしようという下劣な企み。


 恐らく、このままラスター達が力付くでミルクを奪い返そうとすることも、侯爵の計算の内なのだろう。

 ミルクを殺し、その存在と誘拐の証拠を消してしまえば、法で罰せられるのはラスター達だけだ。


 ミルクを助けられるならそれでも構わないとさえ思うラスターだが、最初から殺すことまで計画に入っているとすれば──下手な手出しは逆効果にしかならないだろう。


「くそッ……どうすれば……!!」


 ミルクを助け、侯爵を叩き潰す。

 後者はまだしも、前者を確実に成し遂げる方法が何も思い浮かばない。


 せめて外からミルクの居場所が分かっていればと、悔しさに歯噛みする彼に……ネイルは、溜め息を溢す。


『はあ……ラスター、あなたらしくもありませんね。少しは落ち着くのです』


「落ち着いてなどいられるか!! このままではミルクが……!!」


『だからこそです。冷静に、状況を俯瞰しなければ……助けられるものも助けられない』


 ラスターは、ここに来てようやく気付いた。

 普段、苛立ちや不満を見せることはあれど、滅多に激情を露わにすることがないネイルが、明確な怒りの感情を堪えきれず、声が震えていることに。


『焦る必要はありません。精霊眼は眼球だけでも価値があるとはいえ、やはり使用者当人が死んでいてはそれも半減してしまいますし、我々を使い潰したいという侯爵の狙いも考慮すれば、決定的な決裂の瞬間までは生かしたままにしておくはず。それに……今なら、あなた達二人に、私やガバデ兄弟に加えて、我々の“最高戦力”もいるのですから』


『話は聞かせて貰ったぞ、ガキども』


 ネイルの言葉に被せるように、一人の男が通信に割り込んでくる。

 綺麗に剃り上げたスキンヘッドに、顔や体に刻まれた無数の傷痕。


 “紅蓮の鮮血”が王国最強と謳われる最大の理由となっている男の登場に、ラスター達は驚愕の声を上げた。


「「団長!?」」


『どうした、穴に嵌ったゴブリンみたいな顔をして。そんなに俺のことが恋しかったか?』


 冗談交じりに言いながらも、彼──“紅蓮の鮮血”団長グレゴリーは、厳しい口調を崩さない。


 そして、自暴自棄になりかけていたラスターへと、容赦なく渇を入れる。


『いいかガキども、選択肢とは見付けるものじゃない、掴み取るものだ!! ただ殴り付けるだけなら獣でも出来るぞ、お前達のその頭は飾りか!?』


「そうは言うが、ミルクを救い出す妙案でもあるのか? 団長」


『そんな都合の良いもの、あるはずがないだろう!?』


「いや、そこまで大口叩いといてないのかい」


 あっさりと断言され、アマンダはがっくりと肩を落とす。

 しかし、グレゴリーはそれに構わず『だが』と続ける。


『この状況を打破する術がないわけじゃない。一つあるだろう? 俺達が一切手を出すことなく、そのガキが助かる方法が!!』


「そんな都合の良い方法があるわけ……いや、待てよ……? 団長、アンタまさか……」


『そうだ。、この状況は全てひっくり返せる!!』


「なっ……!?」


 あまりにも本末転倒な理屈に、ラスターもアマンダも絶句した。


 ミルクを助けるために殴り込むという話が、なぜミルク自身の手による脱出という流れに繋がるのか。


 混乱する二人に、しかしグレゴリーは一歩も引かずに解説した。


『いいか、仮にお前達が力付くでそのガキを取り戻したとしても、お尋ね者となって国を追われるだけだ!! だが、ガキが自力で脱出し、俺達に助けを求めたのであれば話は別だ。正当な依頼としての面目も立つし、何よりデリザイア侯爵家を引き摺り降ろす絶好のスキャンダルとなるだろう。ヤツに追い込まれて後がない西部貴族は、こぞって俺達の味方をするだろうな。そうなれば、もう遠慮はいらない……真正面から堂々と、俺達の全力で侯爵家を叩き潰せる!!』


 アウラ・デリザイアは、飴を使って貴族達を十分に依存させたところで、鞭を使って支配するという手法を好んで使い、勢力を伸ばしてきた。


 一見強固に見える地盤だが、それを構成し繋ぎ合わせているのは義理でも信頼でもなく、依存と支配による隷属関係だ。


 閉ざされた箱庭の中でならともかく、外からの刺激には滅法弱く、僅かな切っ掛けで崩壊する危うさを孕んでいる。


 その小さな小さな切っ掛けを、ミルクに担わせようとグレゴリーは言うのだ。


『何より。そのガキはお前達のペットではなく、仲間であるはずだ!! 仲間なら、甘やかすよりも前にまず信じろ!! お前達が認めたそのガキは、決してただ守られるばかりを良しとする腑抜けではないはずだ、違うか!?』


「……そうだな、何も違わない」


 ミルクはまだ弱く、幼い。だが、自らの意思で選択し、危険なことにも飛び込んでいく勇気を持っている。そのことを、ラスターはよく知っていた。


「ミルクは、連れ去られたくらいで諦める子じゃない。今もきっと、一人で戦っているはずだ。俺達はそれを信じて、時が来るのを待てばいい……そうだな、団長?」


『そうだ、やっとらしくなってきたな、ラスター!!』


『具体的な作戦方針プランは、私が固めます。全員、私の指示に従うように』


『決まりだな』


 心が一つとなり、誰もがその瞳に闘志を燃やす。


 それを大きく発露させるように──グレゴリーが叫んだ。


『さあガキども──楽しい蹂躙せんそうの始まりだ!!』

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