第29話 囚われのミルク
「着いたぞ、降りろ」
「うん」
私がクロと戦って、数日が過ぎた今日。ついに、私達は目的地に横着した。
クロの手を借りて馬車を降ろされた私は、見上げた景色に目を丸くする。
「うわぁ……すごい……」
何だか新しいところに来る度にこんな感想を呟いてる気がするけど、今回は本当にすごい。
だって、王都で見たお城にも負けないくらい、大きくて立派なお城が建ってるもん。
王様が国で一番偉いっていうことくらいは知ってるから、そんな王様と同じくらいのお城を持ってるのは、とってもすごいんじゃないかな?
「ここが、俺の主……アウラ・デリザイア侯爵の住む城だ。呆けてないで、さっさと歩け」
「わかった」
言葉は厳しいけど、直接引っ張ったり押したりはしないクロに頷きながら、私は広大な庭を歩いていく。
私の隣にはクロ、前後には立派な鎧を着た騎士の人達が並び、私を逃がさないっていう意思がしっかりと魔力に表れてる。
もっとも、逃げるつもりはまだないんだけど。
「侯爵様は既に中にいる。失礼はしねえようにな」
「うん」
短く答えながら、私は見上げるほどに大きな扉がゆっくりと開いていくのを待つ。
龍を使って、町を襲ってまで私を捕まえようとした相手。一体どんな人なんだろうと、緊張で胸が張り裂けそうなのを堪えながらじっと待って……。
「ようこそ、よく来ましたね。私は、アウラ・デリザイア。このデリザイア侯爵領を治めている者です。以後、よろしくお願いしますね、お嬢さん?」
輝くような笑顔で出迎えられて、思わずポカンと固まってしまった。
どう反応したらいいのか分からず戸惑っていると、そんな私を見て侯爵様は何を思ったのか、スッと手を伸ばしてくる。
反射的に身構える私の前で、侯爵様は魔法を使い……私の手足を戒めていた枷が外れ、ゴトリと落ちた。
予想外の展開に目をパチパチさせていると、侯爵様は途端に申し訳なさそうな顔になる。
「このような手荒な送迎となってしまい申し訳ありません。なにせ、あなたはずっと傭兵達に監視されていましたから、救出するには彼のような者に依頼するしかなあったのです」
「救出……? どういうこと……?」
「それはもちろん、あの悪名高き“紅蓮の鮮血”から、あなたのような無辜の民を助けるのは、貴族の義務というものです」
侯爵様が何を言っているのか、私にはさっぱり理解出来なかった。
助けるも何も、“鮮血”は私の家だ。
あそこが私の帰る場所なのに、助けるってどういう……? それに……。
「そうだとして……そのために、龍で町を襲わせたの……? クロに、命令して……」
アマンダさんやラスターがいなければ、町の人達はたくさん死んでいた。
そうでなくても、町中めちゃくちゃになってて、みんな大変な思いをすることになる。
それをクロにさせたのはあなたなの? と問えば、侯爵様は「とんでもない」と否定した。
「そのような恐ろしいこと、させるわけがありませんよ。私がその者に命じたのは、あなたを助け出すこと……それだけです」
「…………」
嘘じゃ……ない……?
いや、でも……これは……。
「ひとまず、その話はまた後程。それより、今はあなたも長旅で疲れているでしょう、まずはゆっくりお休みください」
侯爵様が手を叩くと、後ろに控えていたメイド達が前に出る。
そして、「失礼します」の言葉と共に私を連れ去っていき……そのまま、お風呂に入れられた。
「?????」
何が起きているのかさっぱり分からず、ただただ戸惑っている間に体が洗われ、着替えさせられ、いつの間にか食堂に案内されている。
今まで目にしたこともないようなキラキラの服。
真っ白なテーブルの上に並んだ、美味しそうな料理。
てっきり、前のご主人様みたいに檻の中に入れられると思っていた私は、予想とは正反対の丁重な扱いに、どう反応したらいいか分からない。
そんな私に構わず、対面に座った侯爵様は優雅に料理を食べて見せる。
「さあ、遠慮せず食べるといいですよ。礼儀など気にする必要はありませんので」
ニコニコと、親切な顔で食事を勧めてくる。
私の眼から視ても、侯爵様から悪意は感じない。さっきの龍の話も、嘘じゃなかった。
けど……そこには、アマンダさんが「怪我はない」って言ってた時に感じたそれより、もっとずっと強い違和感が横たわっている。
悪意が視えないというより、もう……魔力から、感情が読めない。
ずっと、ずーっと凪いだままで、何を考えているのか全然分からないの。
こんな人、初めてで……なんだか、怖い。
「ふふふ、私の顔に何かついていますか?」
「っ、ううん、なんでも……」
誤魔化すように、目の前にあった料理にかぶり付く。
緊張のせいで味なんて分からなかったけど、とにかく適当に詰め込んでたら、むせ返って慌てて水を飲むことに。
「そう慌てずとも、これからはいくらでも食べられますよ。何せ、今日からあなたはここで暮らすのですから」
「……えっ?」
一息ついたところで、さらりと語られた情報に、私の理解が追い付かない。
私がここで暮らす? 侯爵様のお城に?
「どうして……」
「その方が、あなたのためになるからですよ。あなたの持つ力は、そこらの一傭兵団が持つにはあまりにも強すぎる。私のような高位貴族が、きちんと管理しなければ」
侯爵様と目が合った瞬間、ぞくりと、背筋を悪寒が走った。
私は何も感じ取れないのに、私のことは侯爵様に全部筒抜けになっているかのような、そんな錯覚。
「なに、心配はいりませんよ。あなたの生活はデリザイア家の名において保証され、何不自由なく暮らすことが出来るでしょう。突然龍に襲われ、命を懸けて戦う必要もなくなります」
私は、クロを使って私を捕まえようとしている相手は、前のご主人様みたいな悪い人だと思ってた。
でも、この人は違う。悪い人のはずだって頭では考えてるのに、心のどこかでそうじゃないのかもって思わされる。
ラスター達より弱いはずなのに、この人に逆らっちゃダメだって、自然とそう思わされる。
魔法も使われてないのに、私の心が一方的に奪われていくような感覚が……怖い。
「ですので……あんな連中のことなど忘れて、ここで幸せに暮らしましょう。……ね?」
だけど、私も今は“鮮血”の一員だから。
怖いからって、逃げたりはしない。
絶対に、この人の心を暴いて……私は堂々と、みんなのところに帰るんだ……!!
「遠慮して、おきます。侯爵様」
そんな決意を胸に、私は精一杯の笑顔で、お断りの言葉を紡ぐのだった。
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