第17話 すれ違いと仲直り
「プルン、《
「────」
私が魔力を操作するのに合わせて、プルンの体が分裂し……片方が、燃え上がる。
炎属性へと性質変化したプルンは、そのまま厨房の釜戸に入っていった。
後はその上に鍋を設置すれば……魔法も魔道具も使わないで料理が出来る。
「ミルク、今日も精が出るねえ、助かるよ」
「えへへ……これが、私の仕事だから……」
カリアさんにお礼を言われて胸がぽかぽかするのを感じながら、私は朝食作りを進めていく。
私がここに来て、もう一ヶ月以上経った。
ここでの生活にも慣れて、毎日忙しく走り回りながらも幸せな日々を送れてる。
たまに、働きすぎだってラスターに怒られちゃうけど……みんなが喜んでくれるし、ラスターが私を心配してくれてるのが嬉しくて、ついすぐに働いちゃうのは、悪い子かな?
他にも、アマンダさんに教わってたことで、プルンの形だけでなく、属性までこうやって変化を付けられるようになって……魔法コンロや、拠点の照明をプルンの分裂体で賄えるようになった。
魔道具を動かすには、使う人の魔力か、特殊な方法で完全な無属性に精錬した魔力の込められた“魔石”が必要なんだけど、魔石は毎日使ってるとそれなりにお金がかかる。
その魔石代が節約出来るようになったって、ネイルさんもすごく喜んでくれた。
「出来た」
「ふむ……うん、上出来だね。もうミルクも立派な料理人だ。早速、外で待ってる腹ペコなバカどもに運んでやるといい」
「えへへ……うんっ」
今、私はすごく幸せだ。
だからこそ、最近はよく考える。
……いつまで、私はここにいられるんだろう。
「みんな、ご飯出来たよ」
「おゥ、待ってたぜミルクゥ!!」
「もう腹ペコでヤンス」
「ウェヒヒ……今日も美味そうだ」
私は、三ヶ月だけっていう約束でここにいる。それが過ぎたら、私はここから離れなきゃいけない。
「んん? どうしたミルクゥ、なんか悩み事かァ?」
「あ……な、なんでもない!」
時間が経てば経つほど、そのタイムリミットが近付いてくるのをどうしても意識しちゃう。
まだ二ヶ月あるって思いたいのに、もう一ヶ月過ぎたっていう意識がどうしても頭に浮かぶ。
「ネイルさん、ご飯持ってきたよ」
「ああ、ミルク。いつもありがとうございます」
今まで生きてきた中で、今が一番幸せ。この時間が、ずっと続いて欲しい。
そんな風に願いながら、叶わないって頭では分かってて……だから。
「ミルク、少し話があるのですが、いいですか?」
「うん、何?」
「いえ、実は、デルーリオ伯爵から、あなたを引き取りたいという貴族が見付かったと連絡が──」
「……え」
だから……その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
運ぶ途中だった料理が落ちて、お皿が割れる音がしたけど、それが全然遠い世界のことみたいに頭に入らない。
「ミルク、大丈夫ですか!?」
「……で」
「え?」
「なんで……三ヶ月って……約束……」
心が、ぐちゃぐちゃになる。
頭の中は真っ白なのに、目の前は真っ暗に塗り潰されて、世界が全部色を失くしていく。
「あれはあくまで目安で、正規に引き取ってくれる相手が見付かるまでの期間なので。ただ、今回の話は……ミルク?」
「う……ぁ……」
何も考えられない。何も考えたくない。
心にぽっかりと穴が空いて、苦しくて……でも、それを埋める方法が分からない。いくら息を吸っても、吸っても、ずっと苦しい。どんどん、苦しくなっていく。
「ミルク、落ち着いてください。もっとゆっくりと呼吸を……ミルク!」
ネイルさんが呼び掛ける声がするけど、何も応えられない。
ただ苦しくて、辛くて、どんどん視界が黒く染まっていって……気付いた時には、私は意識を失っていた。
「……ぅ……」
目を覚ました私は、いつもの自分の部屋にいた。
体を起こせば、すぐ近くにはカリアさんのご飯がある。
いつもは大好きだし、喜んで食べるところだけど……今は、そんな気になれなかった。
「……私は……」
ベッドの上で膝を抱え、丸くなる。
最初から分かってた。ずっと一緒にはいられないって。
だから、三ヶ月だけでもって約束で、ネイルさんに認めて貰った。
それで、十分だったはずなのに……たくさんお仕事して、みんなから褒めて貰ってるうちに、いつの間にか欲が出てた。
ずっと、ずっと……ここにいたいって。
「……どうすれば、いいんだろう」
一緒にいたいって願いと、これ以上迷惑かけたくないっていう思い。両方が心の中で渦巻いて、どうしようもない。
ベッドから降りた私は、特にあてもなくフラフラと拠点の中を彷徨い始めた。
「…………」
さっき朝ごはんを作ったばかりなのに、外はすっかり夜になってる。私、一日中寝てたんだ。
こんなに寝たのは久しぶりだからか、モヤモヤした心とは裏腹に頭はすごくスッキリしてて、こんな時間なのに全然眠くない。
誰もいない廊下を、ただボーッと歩いていると……その先にある部屋から、明かりが漏れているのが見えた。
あそこは、ネイルさんの部屋……まだ、お仕事してるんだ。
「ラスター……私はどうすれば……ミルクに嫌われてしまったかもしれません……」
「知らん。明日、ミルクが目を覚ましたら、余計な前置きは省いてまず謝れ。全く、お前は賢い癖に、いちいち話が長くて相手にいらん誤解させる」
違った。どうやら、ラスターとネイルさんの二人で、私の話をしてるみたい。
でも、誤解……? どういうこと?
「仕方ないでしょう!? 事前情報の擦り合わせなしに本題に入っても、余計に誤解を生むと思ったのです。それに……はあ、ミルクに断られたらと思うと、どうにもハッキリ言えず……」
「“鮮血”の副団長様ともあろう人が、ミルクのような子供に告白出来ずに怖がるとは、お前の古巣が聞いたら明日の天気は槍の雨だと言い始めるだろうな」
「むぐっ……」
私が、断る……? 何を……?
「ならば、あなたは言えるのですか? ミルクに……貴族の養女になる道を捨てて、正式にこの“鮮血”で暮らさないかなどと……」
…………え?
今……なんて?
「……それも含めて、あの子が選択するべきことだ。その貴族も、特に悪い相手ではないんだろう?」
「少なくとも、私に調べられる限りでは、黒い噂はありませんね。デルーリオ伯爵を通した話ですし、精霊眼目的だったとしてもそれほど悪い扱いにはならないでしょう。だからこそ……迷っているのですがね」
はあ、と、ネイルさんが溜め息と共に椅子の背もたれに体を預け、天井を振り仰ぐ。
なんだか、その顔は……いつにも増して、疲れているように見えた。
「ここは傭兵団、“紅蓮の鮮血”です。金のために数多の恨みを買い、多くの血を流したクズの集まり。そんな私達に……あの子を引き取る資格が、本当にあるのでしょうか……?」
「…………」
ネイルさんの言葉を、ラスターも否定しない。
そんな二人の話を聞いて……耐えきれなくなった私は、扉を開けて中に突入した。
「ラスター! ネイルさん……!」
「っ、ミルク!?」
「ミルク! 目を覚ましたのですね、良かった。……ですが、いえ、もしかして……今の話を……?」
「うん……全部、聞いてた」
いつものラスターなら、多分私が盗み聞きしてたことくらい気付いてたと思う。そうならなかったのは、きっとそれだけ真剣に私のことを話してくれてたからだ。
だから、私も真剣に答えたい。二人の言葉に。
「私は……貴族になんて、なりたくない。ラスターと……ネイルさんと……みんなと、これからも、ずっと一緒にいたいよ……!」
「ミルク……ですが、私達は……」
「“鮮血”のみんなは、クズなんかじゃない!!」
思い切り叫ぶと、ネイルさんもラスターも、びっくりして目を丸くする。
そんな二人に、私は……ポロポロと涙を溢しながら、思いの丈をぶちまけた。
「私、ここに来て良かったって、思ってるの……ご主人様のところじゃ、全然分からなかった温かさも、優しさも、全部、みんなが教えてくれたの……だから、お願い……みんなのこと、悪く言わないで……!」
私は、“鮮血”のみんなが大好きだ。
ラスターはいつも優しくしてくれるし、カリアさんの料理は美味しいし、ガバデ兄弟も時々一緒に遊んでくれる。
ネイルさんはいつもみんなのためにお仕事がんばってて、アマンダさんだって私のために魔法を教えてくれた。
みんなみんな……私の、大切な……だから……。
「お願い……私のこと、捨てないで……! ずっと、傍にいてよぉ……!」
涙で視界が滲んで、さっきとは別の意味で何も見えなくなる。
あまりにも泣きすぎて、いくら鼻を啜っても追い付かなくて、まともな言葉も話せないくらいになりながら、ぐしゃぐしゃの顔を何度も拭う。
そんな私に……ラスターが、いつもみたいに頭を撫でてくれた。
「誰が捨てると言った。俺達はただ、お前に幸せになって貰いたいだけだ」
「ぐすっ……私は……ここにいるのが、一番……」
「ああ、分かってる。……さて、本人はこう言ってくれてるが、どうする、副団長殿?」
「ふぅ……」
ラスターに問い掛けられたネイルさんは、手元にあった書類をちらりと見て……即座に破り捨てた。
「分かりました。それがミルクの願いだと言うのであれば、私も腹を括りましょう。……団長不在のため、その代理としての権限に従い、ミルク……あなたの正式な“紅蓮の鮮血”入団を認めます」
あくまで見習いですが、と、ネイルさんは告げる。
けど……見習いでもなんでも、私が本当にみんなの仲間になれたんだと思うと、すごく……すごく、嬉しい!
「ありがとう、ネイルさん!」
「おっと……!?」
ネイルさんの所に駆け寄った私は、そのまま思い切り抱き着いた。
予想外のことに戸惑うように両腕を彷徨わせるネイルさんに、私は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、私に伝えられる一番の言葉を伝える。
「ネイルさん、大好き……!!」
「…………わ、私も、あなたのことは、憎からず思っていますとも。ええ」
ぎこちない手付きで、ネイルさんが私を撫でる。
それが心地よくて、やっと笑顔になれた私に、ネイルさんもようやく少しだけ表情を和らげてくれた。
こうして私は、晴れて“紅蓮の鮮血”の一員として、みんなと一緒にいられるようになった。
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