第18話 暗躍する者2
「ふむ……精霊眼の娘はあなたの引き取りを拒否し、“鮮血”の下に正式に引き取られましたか」
『はっ、申し訳ございません、侯爵様』
デリザイア侯爵家の一室にて、当主たるアウラは通信用の魔道具を用いて、ある男と会話していた。
その通信相手は、王国南部に居を構える貴族、エンバーデン伯爵。
今回、ミルクを引き取るべくデルーリオ伯爵家に打診をした家だった。
「いえ、構いませんよ。私にとっては、これで上手くいってくれれば楽だったのにと、少しばかり残念に思う程度です」
デリザイア家とエンバーデン家の間に、表向きの繋がりはない。派閥も異なれば互いの領地も離れており、その関係性を推察する材料など何一つとして存在しない。
そういった、いざという時に“敵”を警戒させないための手駒を、アウラはいくつも確保していた。
その周到さこそが、西部貴族のほぼ全てをその手中に収めた彼の手腕を支えている。
つまり……奇しくも、ミルクの我が儘は彼の企みを一つ打ち砕いていたのだ。
“鮮血”のメンバーが執着している少女を手元に置くことで、彼らを意のままに操ろうという計画を。
「しかし……彼らにとっては、ここで素直に精霊眼を手離しておけば良かったと、後悔することになるでしょう」
ククク、と、アウラは不気味に笑う。
精霊眼の力は、使い方次第で一国をも揺るがす。
魔物や諸外国に対する備えを誰もが強いられているこのご時世、たとえ本来の性能を発揮しきれない獣人という生まれであろうと価値がある。
そして何より、“紅蓮の鮮血”だ。
王国最強の名を冠し、敵味方問わず誰からも恐れられる傭兵団を“支配”し得る、絶好の
それを合法的に手に入らないのであれば、強引に奪うだけだ。
「ああ、本当に楽しみだ。あの血に飢えた獣共を従えて、私の手足として使うその時が」
“最強”を従える。その内実がどうであれ、アウラにとってそれはあまりにも甘美な響きだった。
彼らの力と名声が手に入れば、もはやアウラとデリザイア家は西部のみならず、この王国全土に根を伸ばし、王家すら裏から操ることも夢ではない。
栄光の未来を夢想し、優雅にワインなど嗜んでみせる彼に、エンバーデン伯爵は水晶の奥で恭しく礼を取る。
『侯爵様、それでは私はこれにて』
「ああ、ご苦労。お前にはまた次の機会で働いて貰うことになるだろう、今回は大人しくしておいてくれ」
『承知しました』
そう答えながらも、エンバーデン伯爵はなかなか通信を切ろうとしない。
どうしたのかと訝しむ彼に、伯爵は告げた。
『最後に、一つ。“鮮血”を侮ることだけはされませんように。連中は決して完全な無法者というわけではありませんが……一線を越えた相手には、たとえ国が相手であろうと牙を剥きます』
「ははは、なるほど、覚えておきますよ」
では、と、今度こそ通信が切れ、ただの水晶に戻ったそれを眺めながら、アウラはふと思い出す。
そういえば、エンバーデン伯爵は“鮮血”と戦場で共に戦った経験があるのだったかと。
「経験者は語る、と言ったところですか……ふふふ、言われずとも分かっていますとも。連中は強く、そして……情に厚すぎる」
“紅蓮の鮮血”は、その素行の悪さを抜きにしても構成員が少なすぎる。名実共に最強の傭兵団と呼ばれながら、だ。
評判の悪さが人を遠ざけているという面も確かにある。だが一番の理由は、その評判とは裏腹に、彼らが優しすぎるからだとアウラは見抜いていた。
──あまりにも強く、数多くの恨みを買い、真っ当な依頼がほとんど来ない“鮮血”には、生半可な強さではついていくことは出来ない。確実に、どこかで命を落とす。
そんな形で仲間を失いたくないからこそ、滅多に仲間を増やさない“臆病な猛獣”、それが、アウラの評価だった。
だが、彼らはついに受け入れた。力はなく、その能力の価値だけは高い、足手まといの子犬を。
「既に種は蒔かれている。後は精々、収穫の時を待つだけですよ」
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