第15話 ミルクの力

「アマンダさん、私に魔法を教えて」


「んん? 急にどうしたんだい?」


 ラスターとのお出掛けから帰った後、私はすぐにアマンダさんのところへ向かった。


 首を傾げるアマンダさんに、私はさっきあったことと、そのことでラスターがネイルさんと話しをしに行ったこと。


 それから……私を庇って、ラスターが刺されそうになってたことを話した。


「なるほどね……まさか、二人で出掛けたタイミングでこんな……いや、それを狙ってずっと張ってたと考える方が自然か。ミルク、アンタどうやら、随分と面倒な相手に目を付けられたみたいだねぇ」


「……うん。私、このままじゃ……ここに、いられない」


 ネイルさんと約束したのは、私が死ぬか、三ヶ月経って引き取られるまでの間、一緒にいること。

 その代わり、私のことは守らなくていいって伝えてある。


 だけど……私は、ラスターに守られた。ラスターは優しいから、私を放っておけなかったのかもしれないけど……それじゃあ、約束が違う。


「私、強くならなきゃ……ラスターに守って貰わなくても大丈夫なように、強く……!」


「ネイルのヤツも、今頃そんな約束の内容は忘れちまってると思うけどね。アタイだって、もうアンタがいなきゃ掃除も出来ないし」


 だが、と、アマンダさんは愉しげに笑う。


「アンタがやる気になってくれたんなら話は早い。もう少し下調べしてからにしようかと思ってたんだが、さっさと実践検証に移るとしようか」


「おねがい、します」


 いい返事だ、と呟きながら、アマンダさんはあるものを取り出す。


 いや、あるものというか……私がお世話している、アマンダさんのペット……スライムのプルンだった。


「プルン」


「…………」


 アマンダさんが椅子の上から放り投げたプルンが、私の腕に収まる。


 それをぎゅっと抱いていると、アマンダさんはゆっくりと語り聞かせるように口を開いた。


「さて、それじゃあ基礎の基礎から確認していこう。まず、人は体内にある“魔力”を燃料にして魔法を使う。ここまではいいね?」


「うん」


 ずっと檻の中にいた私でも、それくらいは知ってる。

 最低限の知識はないと、ご主人様の話し相手がどの言葉に反応してるのかよく分からないって、色々教えられたから。


「よろしい。人は魔力を操り、その性質を変化させ、特定の属性に合わせた超常現象を起こす……さて、ここで問題だ。人は、原則自分の魔力しか制御出来ないと言われてるが、それは何でだと思う?」


「え? えーっと……」


「答えは簡単。人は、自分以外の魔力を知覚することが出来ないからさ。他人が吐き出す魔力を感じ取れるってヤツは大勢いるが、厳密には違う。ただ、無秩序にばら蒔かれた魔力が大気と反応して、少しばかり特殊な圧を発してるだけさね」


 私の答えは期待してなかったのか、大して間を置かずにアマンダさんは語り続ける。


 正直、早くも何を言っているのかよく分からない。


「つまりだ、ミルク。“精霊眼”によって周囲のあらゆる魔力を“視る”ことが出来るアンタは……理論上、他人の魔力さえも無制限に利用して魔法を使えるってことさ」


「なんか、すごそう」


「すごそうじゃなくて、凄いのさ。滅茶苦茶な反則技と言ってもいい」


 これがあるから、エルフ達の住まう森の秘境は、過去数百年に渡って人族の干渉をはね除け続けて来たという。


 ……そういえば、ラスターも私の眼を、ハイエルフの女王しか持たないはずのものだって言ってたっけ?


「その力を上手く使えれば、ミルクは本当の意味でこの“紅蓮の鮮血”の一員になることだって夢じゃない」


「……!!」


 私が、この傭兵団の一員になれる。みんなと、ずっと一緒にいられる。


 これ以上ないくらい魅力的な未来に目を輝かせていると、アマンダさんはニヤリと笑う。


「益々やる気が出てきたところで、早速特訓と行こうか。そのために使うのが、そのスライムだ」


「プルンを?」


 ここに来てようやく、アマンダさんが私にプルンを投げ渡した理由が分かった。


 でも、プルンが特訓で何の役に立つんだろう? 今のところ、本当になんでも食べるからお掃除とか、アマンダさんの処分も難しいものを片付けるのに活躍してくれてるけど。


「スライムにはね、目につくものを何でも食べて、魔力に変換することで体内に蓄積し、それを元に新たな個体を分裂して増やすって生態がある。つまりスライムの体は、濃密な魔力の塊なのさ。精霊眼を持つミルクなら、スライムの体を意のままに変質させることが出来る……はずだ」


「……はず?」


「理論上はね。これはアンタの特訓だけじゃなく、私の実験も兼ねてるから、結果がどうなるかは分からない」


「なるほど」


 流石はアマンダさん、ちゃっかりしてる。


「スライムは、何もしなければ流体形状からあまり大きく変化出来ないはずだ。まずはそれを、意のままに動かせるようにやってみな」


「うん、わかった」


 魔力の操作というもの自体、私にはよく分かってないんだけど……プルンの体が魔力で出来てると言われると、確かにそんな感じがする。


 人の体からふわっと溢れる“アレ”と同じ感じが、プルンの全身……体の中にも見えるの。


 それに意識を向けて……手を伸ばして……形を、変えて……。


「……出来た?」


 プルンが、元々持っていたぷるぷるの体から形を変え、小さな狼になって私の膝にちょこんと座っている。


 もう一度集中すると、プルンは狼から蛇に、蛇から鳥へと姿を変え、パタパタと飛び上がって私の頭の上に移動した。


 鳥=空を飛ぶ生き物っていう私イメージがプルンにも伝わったんだと思うけど……自分の体がぐねぐね変化していくのが、プルンにとっては楽しいみたい。


 スライムって、変わってる。


「まさか、こうもあっさりコツを掴むとはね……やるじゃないか、ミルク。アンタ、魔法の才能がありそうだ」


「ほんと?」


「ああ、精霊眼もあるんだ、あっという間に強くなれる」


「ラスターのことも……みんなのことも、守れる?」


「もちろん」


「……! ありがとう、アマンダさん! 嬉しい!」


 私も、強くなれる。それが実感出来た喜びから、私はアマンダさんに抱き着いた。


 膝の上に飛び込んでいった私を、椅子に座っていたアマンダさんは苦笑混じりに受け止める。


「アタイはアタイの研究のためにやってるんだ、礼なんていらないよ。持ちつ持たれつ、ってやつさ」


「それでも、嬉しかったから。だから、ありがとう。アマンダさんのことも、大好き」


「……そうかい。そう言ってくれると、なんだ……アタイも嬉しいよ」


 そう言って、アマンダさんは私を撫でてくれる。


 最初に会った時とは違う、どこか不器用なその手つきは、ラスターとはまた違った温かさを感じて……本当に、心地よかった。

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