第14話 襲撃者
全く、無粋な奴らだ。
ミルクを抱えて裏路地を走りながら、俺は内心で嘆息する。
久々の休暇……という名目の、ミルクを休ませるための特別任務だったわけだが、思いの外楽しめた。
ネイルの趣味はどうなんだと思っていたが、その認識は改めないといけないだろうと感じるほどに。
あまりにも人が集まり過ぎたためか、ミルクは人酔い……いや、魔力酔いか? どうにも疲れた様子だったんだが、楽しめたのは確かなようだし。
それに……あんな歌劇を見た後だからか、ミルクが俺のために動いてくれたのは嬉しかった。キスは予想外だったがな。
俺には家族はいない。剣の腕一本で入隊した王宮騎士の立場は、顔面に負ったこの傷が原因で失なってしまったし……今では、“鮮血”こそが俺の家であり、家族と言える。
だからこそ、ミルクの存在は、俺にとって娘でも出来たかのような気持ちにさせてくれた。
こんな顔では到底伴侶など望めないし、町の子供にも怪物扱いされていたから、こんな風に無邪気に懐いてくれるミルクがいるだけで、俺の心は安らいでいたんだ。
「そんなミルクとの時間を台無しにしてくれたんだ……覚悟は出来ているだろうな?」
裏路地を走り続け、表通りからある程度離れたところで振り返る。
そんな俺の前に現れたのは、全身を真っ黒なローブで包んだ不気味な男が三人。纏う気配からして、暗殺者か。
「狙いは俺か? もし“鮮血”への恨みなら、この子は関係ない、一旦……」
「…………」
対話を試みるが、全く取りつく島もないままに斬りかかって来る。
抜き身のナイフが陽光を反射する輝きを目にした瞬間、俺は後方に飛んでそれを回避し、剣を抜き放つ。
「問答無用とはね。ならば、反撃させて貰おう」
意識を完全に戦闘へ切り替えた俺は、抜き放った剣を
最初の一人を囮に、上空から奇襲を仕掛けようとしていたもう一人が、その一閃で側頭部を剣の腹に打ちすえられ、派手に吹っ飛んで気を失った。
目すら向ける必要すらなく仲間をやられたのは、暗殺者達も流石に予想外だったのか。ここに来て初めて動揺が見られる。
「ミルク、目を閉じてろ。すぐに終わる」
「うんっ……!」
俺は普段、長剣を両手で振るうスタイルで戦っている。それに、得意なのは全身を身体強化した上での高速戦闘だ。
ミルクを抱えたままでは、重い長剣を片手で振るわなければならない。
全力で動けばミルクが潰れてしまうだろうし、身体強化も満足に使えないだろう。
だが……こいつらを仕留めるのに、この程度はハンデにもならない。
「かかってこい。死にたいならな」
敢えて挑発するように鼻を鳴らし、長剣を構える。
一歩も動かない不動の構えを見せる俺に、奴らが選択したのは遠距離からの魔法攻撃だった。
ミルクがいては、あまり激しく動けないとあちらも判断したのか。察しが良いな。
だが……。
「甘い」
闇の魔力を刃にして飛ばすその魔法を、俺は剣一本で全て弾き飛ばす。
同時に、刃先に込めた薄い魔力を剣閃に沿って飛ばす魔法──《
「っ……!?」
暗殺者の一人が俺の魔法を躱し切れず、肩口を大きく切り裂かれて鮮血が舞う。
だが、それでも全く退くつもりはないようで、血を流しながらももう一度二人で同じ魔法を放つつもりらしい。
……ミルクの前であまり人殺しはしたくないからと、加減し過ぎたな。それにしても、同じ攻撃とは芸がないが。
「ラスター……! 下……!」
ミルクの声がしたのとほぼ同時に、俺の足下に伸びた影から
どうやら、闇魔法で影と同化し、隙を窺っていたらしい。不意に投げつけられたナイフは、真っ直ぐにミルクの額を狙っている。
空と地中からの同時攻撃。剣一本では防ぎきれない。
ならばと、俺は少しだけ体を動かし、ミルクの代わりに自分の肩でナイフを受けた。
「っ、ラスター……!?」
「大丈夫だ」
目を閉じていろと言ったのに、全く聞いていないミルクに苦笑しながら、俺は空から襲い来る闇魔法を弾き飛ばす。
ただし、二度目ということでこちらも慣れた。弾く方向を足下の影に限定することで、空間を越える闇の魔法が影に隠れた暗殺者を撃ち抜く。
手応えはあった。闇の異空間では生死までは分からないが、四人目の気配が消えたのは間違いない。
こいつが切り札だったんだろう。残る二人の暗殺者は、即座に撤退を選んだ。
「逃がすか……!!」
すぐさま《魔翔剣》を放ち、逃げる二人を諸共に斬り捨てようとする。
ところが、回避も防御も不可能と察した暗殺者は、一度俺に斬られた側が即座に捨て身の盾となることで、もう一人を逃がしてみせた。
血だらけになって倒れ伏す暗殺者一人を代償に、最後の一人には逃げられた。
失敗しようと、何人倒されようと、情報だけは持ち帰らんとするその覚悟は見事だ。“鮮血”のメンバーを殺すにはあまりにも不足だが……ミルクを狙うなら、過剰戦力と言えるほどに優秀だろう。
「ラスター……!! 大丈夫……!?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
敵の正体とその狙いについて考えを巡らせていると、腕の中でミルクが泣きそうな顔になっていた。
俺の肩にナイフが刺さったのを心配しているんだろうが……問題はない。
「ほら、血も出ていないだろう? 魔力を通せば、ただの布服や皮膚でもそれなりの強度にはなる。あの程度の奇襲攻撃では、俺に掠り傷一つ付けられないさ」
ナイフを抜き、刺さっていた部分をミルクに見せると、驚いたように目を丸くする。
だが、すぐに耳も尻尾もペタンと垂れ、落ち込んでしまった。
「すまない、怖がらせてしまったな」
いくら暗殺者相手とはいえ、殺し合いの場面など見せたくはなかった。まだ小さいこの子には、刺激が強すぎたか。
だが、ミルクはそうじゃないとばかりに首を横に振る。
「せっかく、休暇だったのに……私のせいで、ラスターが戦わなきゃいけなくなって……ごめんなさい……」
どうやら、ミルクも気付いていたらしい。あの連中が向ける殺意は、俺ではなくミルクに向いていたということに。
だからこそ、俺を巻き込んだことを憂いているようだが……。
「悪いのはあいつらで、ミルクじゃない。そうだろう? むしろ、お前があの時声をかけてくれたから無傷で凌げたんだ。ありがとうな、ミルク」
「……うん」
まだ割り切れていないようだが、ここでいつまでも問答していたって仕方がない。
そこら辺で倒れている暗殺者達のことは、後で衛兵にでも通報しておくとして……今は拠点に戻るか。
そう思い、歩き出した俺に、ミルクが再度口を開く。
「ラスター」
「どうした、ミルク?」
「私も……ラスターみたいに、強くなれるかな?」
思わぬ質問に、俺はどう答えたものか迷う。
だが、率直な意見を伝えるとすれば……。
「ああ、お前ならすぐ強くなれる。あんな連中、簡単に追い払えるくらいにな」
精霊眼の力なんだろうが、戦闘の最中、ミルクは俺よりも早く潜伏する敵の存在に気が付いていた。
アマンダは少しばかり頭がアレだが、魔法使いとしても魔法研究者としても一流なのは間違いない。あいつに師事すれば、間違いなく強くなれる。
「じゃあ、がんばる。次は、私がラスターを守れるように」
「その意気だ」
元気を取り戻したミルクにホッとしながら、俺はその頭をそっと撫でる。
しかし……ミルクを狙って動く輩が出ることは予想していたが、いきなり暗殺者とはな。
帰ったら、ネイルと相談しよう。場合によっては……。
「団長にも、早く戻ってくるように手紙を出すか」
アルバート王国最強にして最恐の怪物、“紅蓮の死神”。
彼の力が必要になる場面が来ないことを祈りながら、俺は帰路に着くのだった。
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