第13話 ラスターとの休日

「ミルク、今日は俺と一緒に出かけないか?」


「ふえ?」


 食堂で掃き掃除をしていたら、ラスターから急にそんなことを言われた。


 ラスターとお出かけ、嬉しい。もう何日も一緒にいられなかったから、私もお出かけしたい。


 だけど……。


「私……お掃除、まだ終わってなくて……」


 まだ、ここから雑巾がけもしなきゃいけないし、洗濯物も取り込まなきゃいけないし、ネイルさんの執務室も……。


「いや、それは大丈夫だ、後はガバデ兄弟が引き継ぐ」


「ガル達が……? でも、今日は出掛けるって」


「心配すんなミルクゥ、後の仕事はオレ達が……ゲフッ」


「掃除も、他の仕事も、オラ達がやっておくでヤンス……グフッ」


「ウェヒヒヒ……お前は、今日一日、羽を伸ばして来い……カフッ」


 ガル達兄弟が快く私を送り出そうとしてくれてる……んだけど、なぜかみんなボロボロだ。

 依頼に行ってたわけでもないのに、なんで?


「皆さんの言う通りですよ、ミルク。今日はこのバカ共をしっかりと働かせる日ですので、あなたはラスターとの時間を楽しんできてください」


 首を傾げる私に、なぜか埃を落とすみたいに手を叩きながら顔を出したネイルさんが微笑みかけて来る。


 そして、私の傍で膝をつくと、こそっと私に耳打ちした。


「ついでに、ラスターをしっかり休ませてあげてください。彼も最近働かせすぎたので、休暇が必要です。本日のあなたの仕事は、それですよ」


「うん、わかった……!」


 休むだけなんて、と思ったけど、そういうことならがんばらなきゃ。

 ネイルさんの言う通り、ラスターは私を助けてくれた後も、ずーっと働いてる。


 ラスターが休めるように、今日は私がサポートするんだ!


「ふぅ……これなら上手く休ませられそうですね……ラスターを出汁にして正解でした」


「? ネイルさん、何か言った?」


「いいえ、何も?」


 にっこりと否定され、私は益々首を傾げる。


 そうしていると、今度はアマンダさんが寝癖だらけの頭で食堂にやって来た。


「ふぁ~あ……ん? なんだい、朝っぱらから揃いも揃って……おお、ミルクもいるじゃないかい。ちょうどいい、昨夜思い付いたばかりの新しい実験が……」


「おおっと手が滑りました!!」


「おわっ!? なんだい!?」


 アマンダさんが何か言いかけたところで、ネイルさんがテーブルを一つ投げ飛ばす。


 華麗に避けるアマンダさんに、ネイルさんが更にテーブルを投げ付けて、更にそれを見たガバデ兄弟が俺達もと混ざり始めて……事態はどんどんおかしな方向に。


「さて、行くか、ミルク」


「え……これ、放っておいていいの……?」


「いつものことだ。それに、今日に限ってはミルクがちゃんと出掛ければ収まる」


「????」


「分からなくてもいいさ、ほら」


 意味が分からなくて戸惑うばかりの私に、ラスターは手を差し伸べた。


 それを握り返すと、ラスターの魔力がまったりとリラックスしてるのが伝わってきて……とりあえず、みんなのことは後でいいかなと思い直す。


 ネイルさんも、本気で喧嘩してるわけじゃないみたいだし。


「みんな、行ってきます」


 ドッタンバッタンと大騒ぎするみんなに、私は小さく手を振った。


 暴れながらも手を振り返してくれるみんなを見て、私も少しずつこの傭兵団の“普通”が分かってきた気がした。






「さて、無事にチケットは手に入ったが……ミルク、足下には気を付けろよ」


「うん」


 ラスターと一緒にお出掛けした私は、劇場っていうところに来た。


 数えきれないくらいたくさんの椅子が並び、天井にぶら下がった光の魔道具が明るく照らすその空間で、私はラスターと並んで観客席? に座る。


 これから、二人で歌劇っていうのを見るんだって。


「ラスター、歌劇ってどんなの?」


「なんて言ったらいいんだろうな……誰かが書いたお伽噺を、役者の人達がその登場人物になりきって演じてくれるんだ」


「うーん……?」


「つまり……本の読み聞かせを、豪華にした感じだな」


「読み聞かせ?」


「……帰ったら、俺が夜寝る前にやってやろう」


「わーい」


 よく分からないけど、夜もラスターが一緒にいてくれる。それだけで嬉しい。


 そうこうしている間にも、どんどん建物の中に人が入ってきて、ぎゅうぎゅうになる。


 やがて、魔法の明かりが突然消えて、辺りが真っ暗になった。


「えっ、なに!?」


「大丈夫だ、もうすぐ始まるぞ」


 ラスターがポンポン、って頭を撫でて落ち着かせてくれてる間に、視界の先……ラスターが“舞台”って呼んでたその場所だけが明るくなり、綺麗な服を着た女の人が朗々と語り出す。


 私にとって初めて触れる、“物語”を。


「…………」


 悪魔の呪いを受けたことで、醜く変わり果てたその姿を周囲に忌避されながら一人孤独に生きていた王子様が、心優しい女の子と出会い、少しずつ心を開いていくお話。


 二人が時にすれ違い、距離を置いてもなお互いを想い合う様子は、私自身もなんだかやきもきしたし……それは、この劇場に集まった人達も同じみたい。


 真っ暗な観客席から溢れ出す、たくさんの人の感情の波。


 魔力に乗って流れる激流のようなそれは、私にとって初めて目にする光景だった。


「わぁ……」


 色鮮やかな世界に見惚れている間に、劇も終わりが近付いていた。


 ついにお互いの気持ちに気付いた王子様と女の子が、キスをする場面。


 その瞬間、観客の感情が一斉に爆発した。


「うぁ……!?」


「ミルク? 大丈夫か?」


「だ、大丈夫……ちょっと、びっくりしただけ」


 あんなに強烈な感情、初めて見たかもしれない。


 喜び、感動、祝福……すごくたくさんの綺麗な感情が暴れ回って、眼がチカチカする。


 そうこうしている間に、劇も終わったみたい。なんか、いつの間にか元の姿に戻っている王子様が、女の子とずっと一緒に暮らしました、とのこと。


 最後に、出演していた人達全員が挨拶するのに合わせ、観客から割れんばかりの拍手が巻き起こる。


 少し慣れてきたけど、やっぱり眼が痛い。


「外に出るか。ほら、掴まれ」


「うん」


 ラスターに抱っこされて、劇場を後にする。

 まだ頭がぐわんぐわんってしてるけど、でも……すごかった。


「大丈夫か? すまない、やっぱりもっと他のところに行くべきだったか」


「ううん、気にしなくていいよ、楽しかった。……ラスターは、楽しかった? ちゃんと休めた?」


「ああ、良い息抜きになったよ」


「えへへ……なら、よかった」


 でも……ラスターを休ませるのが今日のお仕事だったのに、まだ何も出来てないから、ちょっと不安。


 そう思ってると、近くを通りかかった町の人が、ラスターを見て顔をしかめていた。


「あれ、もしかして“鮮血”の……?」


「うん、半分悪魔になってるから、いつもああやって顔を隠してるんだってさ……」


「怖い……」


 ひそひそと潜めるような声だけど、私は獣人だから全部聞こえてる。


 ラスターは……あまりにも平然としてるから、聞こえてないのかな?


 でも……初めてここに来た時から思ってたけど、ラスターがただ歩いてるだけでこんな風に言われてるのは、やっぱり嫌だ。


 ラスターは、すごく良い人なのに。


「どうした?」


「何でも……あ、そうだ」


「うん?」


 何とかしたい、と思った時、思い出したのはさっきの歌劇の内容と、観客のみんなの反応だった。


 悪魔の呪いで姿が変わった王子様は、いくら見た目が醜くても、みんなから好かれていたように思う。女の子と幸せになって、みんな嬉しそうだった。


 なら……同じことしたら、少しは周りからの目も良くなるかな?


「んっ……」


「ミルク?」


 そう思って、私はラスターのほっぺにキスをした。


 唇を離して、ぎゅっと首にしがみつきながら、ラスターの悪口を言っていた人を見てみると……戸惑うように顔を見合わせている。


「……なんか、思ったよりは、普通……?」


「子供連れのお父さんって感じする……意外」


 劇場の中で見たほどじゃなかったけど、ちょっとだけ感情が和らいでいた。けど……まだ、完全に嫌悪する気持ちがなくなったわけじゃない。


 ……さすがに、あんな風に上手くは行かないみたい。


「……ありがとな、ミルク。助かるよ」


 悲しい気持ちになってたら、ラスターに頭を撫でられた。どうやら、私が何をしたかったのか察せられたみたい。


「さて、この後はどこかで飯でも食べるか。ミルクは何が食べたい?」


「えっと……ラスターが好きなもの、食べたい。私、知らないものいっぱいだから」


「確かに、言われてみればそれもそうだな。じゃあ、俺がとっておきの店を紹介しよう、カリアさんとはまた違った味付けで旨いぞ」


「楽しみ」


 そうやって話ながら、私達は町を歩く。

 抱っこされたままだから、私は歩いてないんだけど……ラスターが楽しんでくれてるのも分かるし、ラスターが楽しいと私も楽しい。


 けど……そんな時間は、長くは続かなかった。


「…………」


「ラスター?」


 ラスターの魔力が、急にピリピリと険しいものに変化する。


 疑問を覚えた私を、ラスターはより一層強く抱き締めた。


「誰かに後をつけられてる。ここじゃ人が多いから、路地の方で振り切るぞ。しっかり掴まってろ」


「う、うん」


 言われるがままにしがみつくと、ラスターが一目散に走り出す。

 直後、私達のずっと後ろから、剣呑な魔力が一気に膨れ上がるのが視えた。


「っ……!?」


 アマンダさんと初めて会った時も、殺されるかと思った。けど、あれはまだ、全然本気じゃなかったんだって今なら分かる。


 これが……本物の、殺意。


「心配するな、俺が守ってやるからな」


「……うん」


 初めて向けられたその感情に、体が震え出すのを感じながら。

 私はただ、ラスターに身を預けることしか出来なかった。

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