第12話 ネイルとラスターの緊急会議
「ラスター、あなたに相談があります」
「……急にどうした、副団長殿」
ミルクが“紅蓮の鮮血”で過ごすようになって、早一週間ほど。まだ団長達が遠征から戻ってきていないが、今拠点にいるメンツは既に全員がミルクの存在を受け入れている。
可愛いミルクの存在もあってか、拠点の雰囲気もかなり華やいだ気がするのは、俺の思い込みだろうか。
そんな時、俺は突然ネイルに呼び出された。
彼は“鮮血”の事務作業を行う仕事部屋で俺と対面すると、真剣な面持ちで見つめてくる。
……こういったことは、初めてではない。
“紅蓮の鮮血”に所属している傭兵達は、皆腕利きばかりだ。どんなに難しい依頼でも難なくこなせる実力はあるが、逆に言えばそれだけとも言える。
要するに、力だけの暴れん坊ばかりということだ。
世の中の全てが力で解決するとは限らない。時には拳を降ろし、冷静に対話をする必要だってあるだろう。
そういった依頼は、素行と評判が最悪の“鮮血”にはほとんど回って来ないんだが……時折、物好きがいるのが世の常だ。
その場合、ネイルは多少無理をしてでも俺に依頼を受けさせることが多い。時には自ら出向くこともある。
今回も、そういった面倒な依頼が来たのだろうと、俺はそう考え……ネイルの口から飛び出してきた言葉に、耳を疑った。
「ミルクを休ませる方法を、考えて欲しいのです」
「……は?」
ミルクを、休ませる?
どういうことだと疑問符を浮かべる俺に、ネイルは苛立たしげに叫んだ。
「分からないのですか? この一週間、ミルクはいくらなんでも働きすぎです!! いい加減休ませないと、あれは流石に倒れますよ!?」
「……そんな状態だったのか? 俺はこの四日ほど拠点を空けていたから知らないんだが」
「……そういえば、そうでしたね」
はあ、と溜め息を溢したネイルは、頭を掻きながらミルクの現状を語り出す。
全ての始まりは、ここに来てすぐ、アマンダにミルクが捕まったことだという。
あの女は重度のマッドサイエンティストだ。魔法研究のためなら何でもするし、かつてそのせいで王宮魔法師団の詰所を一つ吹き飛ばし、王宮を追放された経歴を持つ。
そんなアマンダが、ミルクの“精霊眼”に興味を示し、助手に指名した。傍に置いておけば、研究もしやすいと思ったんだろう。
アマンダの助手となったミルクは、放っておけば無限に散らかし続ける彼女の部屋を掃除するようになり、不規則極まりなかったアマンダの生活習慣も直りつつあるんだとか。
「よかったじゃないか?」
「ええ、それだけなら私も素直に喜びましたとも。ミルクにもお礼を伝えました。しかし!! それで彼女は調子に乗ってしまったのです!!」
「……というと?」
「アマンダの部屋だけでなく、この拠点を隅から隅まで掃除して、カリアの下で料理までして、無駄に溜まりがちな衣類の洗濯まで請け負って……!! その上更にアマンダの怪しげな研究を手伝い、飼育を許可した覚えもないスライムの世話もして……!! オーバーワークにも程があるでしょう!? あの子は一体いつ寝ているのですか!?」
「そ、そうか……」
どうやら、俺が少し目を離した隙に、とんでもない事になっていたらしい。
というか、スライムって魔物の一種だぞ、それの飼育ってなんだ? いくら弱いとはいえ……アマンダの実験の一環か?
まあ、今はそんなことはいい。
「休ませたいなら、休むように言えばいいんじゃないか?」
そう難しいことじゃないだろうと、俺はネイルに意見する。
だが、彼は険しい表情を一切崩さない。
「その程度、私がやっていないとでも? 当然、既に直接伝えました、そこまで働かなくてもいいから、きちんと休むようにと。ですが……あの子がとても悲しそうな顔をするので、あまり強く言えず……」
「何をしているんだ……」
そこは大人がしっかり止めてやらないといけないところだろう。
ネイルは、それが分からない男でもないだろうに。
「仕方ないでしょう!? あなたは止められるんですか? ミルクに『私……もう、いらないの……?』なんて泣きそうな顔で言われて、それでも強引に止めることが出来ると!?」
「いや、そうは言うが……」
「分かっていますとも。それでもなんとか納得させようと、私も努力しました。如何にウチの団員達がだらしなく自分勝手で、あらゆる雑事を私に丸投げするダメ人間であるかを語り、それと比べたらあなたは十分貢献してくれていると、そう伝えましたとも!!」
子供相手に何を語っているんだ、この男は……。
いや、ウチの団員達がだらしないのが悪いんだが。
「ですが、そうしたらあの子がなんと言ったと思います? 『ネイルさん、大変だったね。えらい』と私のことを労ってくれたのですよ? この十年“鮮血”で働き続けて初めて、団員でもないあの子が私を労ってくれたのです!! それからというもの、ミルクは私の下に定期的にお茶を運んでくれるようになって……!! もう、私にはあの子を叱れません!!」
「ミルクの仕事を増やしてどうする」
ダメだ、ネイルは既にミルクに依存しきっている。
いや、この様子だと、ネイルだけじゃないんだろうな。
アマンダは掃除してくれる助手が出来て助かったとでも思っていそうだし、カリアさんも一緒に料理してくれる子供が出来て嬉しいのだろう。
ガバデ兄弟は……そういえば、「今週掃除当番だったけどよォ、知らないうちにめっちゃくちゃピカピカになってたから楽出来たぜラッキー!」とか言っていたな、あの馬鹿長男が。今度シメよう。
ミルクは、ずっと最悪の環境にいたこともあって、人に褒められるのに慣れていない。褒められるためなら、自分の体を壊すのも厭わず働き続けてしまうんだろう。
もう少し、俺がしっかり気を配ってやるべきだったか。
「というわけで、ラスター……私からの極秘の依頼です。あなたの力で、ミルクを上手く言いくるめて休ませてください。あの子が一番懐いているのはあなたなので、きっと素直に聞いてくれるでしょう」
「……やれやれ、分かった。とはいえ、休ませる、か……どうすればいい? 俺自身、休暇らしい休暇はあまり記憶にないんだが」
「…………」
どうやら、ネイルにも俺を働かせ過ぎているという自覚が少しはあったらしい。そっと目を逸らされた。
とはいえ、そこはさすが副団長殿と言うべきか、すぐに気を取り直して、俺に一枚のチケットを差し出してきた。
「王都の劇団が定期的に開催している歌劇のチケットです。ちょうど明日公演ですので、二人で行ってくるといいでしょう。暗がりなら、あなたの容姿でも人目を引かないはずですからね」
「なるほど、副団長殿は準備がいい。……ん?」
渡されたチケットは、明らかに一人用だった。子供用のチケットはまた新しく買わなければならない。
そして、歌劇の内容は明らかに子供向けとは思えないラブロマンス。
…………。
「なんですか、言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうです?」
「いや何、副団長殿の思わぬ趣味が知れたと思っただけだ。ありがたくいただくよ」
「勘違いしないでいただきたい。私が観ているのはその演目ばかりではなく、他にも様々な……」
つらつらと言い訳を並べ立てるネイルを横目に、俺はチケットに目を落とす。
……ミルクが楽しんでくれるといいんだが。
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