第11話 暗躍する者

 王都から遠く離れた、アルバート王国西部地方。


 周囲を深い森に囲まれたこの地は、強大な力を秘めた魔物達の被害を多く受ける一方で、それさえはね除けることが出来るならば、膨大な魔力を帯びた肥沃な大地に恵まれた豊かな土地柄である。


 それが、どんな状況を生むかと言えば……力ある大貴族が更なる力を付け、力無き者が全てを奪われる苛烈な搾取構造だった。


「お許しを……これ以上の上納金の引き上げは、領民達が冬を越せなくなってしまいます……!!」


 床に額を擦り付け、必死に懇願するその男は、西部の端にある小さな男爵領を治める領主だった。


 かつては民に寄り添い共に生きる名君として知られた男だったが、今や彼の治める領地は、いつ反乱が起こってもおかしくないほどに荒れ果てている。


 その理由は、彼が民へ重税を化し、冬の蓄えすら許さないほどに吐き出させたから。


 更に言えば、彼が今まさに平伏している相手──デリザイア侯爵家当主、アウラ・デリザイアへ納める上納金が払えなくなったからだ。


 そんな男爵に対し、自身の椅子で優雅にワインを嗜んでいたアウラは、余裕の笑みで悪魔のごとき言葉を放つ。


「なるほど、それは残念ですね。ならば、あなたの領地に貸し出している私の私兵は、引き上げさせて頂きましょう」


「そ、それは……!!」


「何か問題でも? 金が払えないというのであれば、わざわざ他領のために私が兵を出す理由はない……そうでしょう?」


 アウラの言葉に、男爵は何も言い返せず黙り込んでしまう。


 多くの魔物が出没するこの西部地域において、自身の領地を守るためにどの貴族も多くの兵力を所有している。しかし、やはり子爵以下の弱小貴族ともなれば、強大な魔物に対処しきれず、大きな被害を出してしまうこともあった。


 故に、西部貴族達は多少の金銭と引き換えに相互に戦力を融通し合う慣習があったのだが──それを悪用し、強大な力を得たのがアウラだ。


 元々、彼の治めるデリザイア侯爵家は周囲を他の小規模な貴族家に囲まれているため、魔物への備えという意味では余裕がある。そこに目を付けたアウラは、デリザイア家の私兵をタダ同然で各地へ派遣したのだ。


 大して力の無い貴族ほど、その派遣を歓迎し、喜んだ。これで、より確実に領民を守れると。


 だが……デリザイア家の精強で人当たりも良い私兵達の評判が高まるにつれ、一つ問題が発生した。

 小領主達がなけなしの金で維持する弱兵があっという間に信用を失くし、領全体がデリザイア家に依存しきってしまっていたのだ。


 それこそ、途中から兵力派遣に伴う謝礼金の値段を吊り上げられようと、今更手離せないほどに。


「本来、自身の領地を守るのが貴族の役目……違いますか?」


「っ~~!!」


 アウラの言葉は、全て正論だ。だが、元々男爵が持っていたその役目を奪い、自衛の意思を挫いたのは、間違いなくこの男である。


 騙されたと、他ならぬ男爵自身が誰よりもよく理解し……理解しているからこそ余計に、もはやどうしようもないと認めざるを得なかった。


「とはいえ、私も鬼ではありませんからね。同じ西部貴族として、協力出来ることもあるでしょう。そうですね……ああ、実は私の分家に年頃の娘が一人いるのですよ。彼女はとても賢い、あなたの男爵家を立て直すのに、一役買ってくれると思うのですが……如何でしょう?」


 アウラの狙いは明確だ。自身の息がかかった人間を送り込み、男爵を代替わりさせる。

 そうすることで、男爵家を完全に隷属させ、自身の意のままに操れる手駒にしようということだろう。


 そこまで分かっていてなお……もはや、男爵には頷く以外の選択肢は残っていなかった。


「……とても、良い考えかと。私の息子も、喜んでその話を受け入れてくれることでしょう」





「侯爵様、なぜあのようなことをなさるのですか?」


「む?」


 男爵が退室した後、執務室でゆったりと過ごすアウラに対し、彼の執事が疑問を口にした。


 そもそも、西部貴族は昔から相互協力を前提として発展してきた文化がある。その西部貴族達の取り纏め役であるデリザイア家は、あのような強引な手段を取らずとも、多くの家から支持されていたのだ。


 それなのになぜ、と問う執事に、アウラは「そんなことか」と軽く答えた。


「決まっているでしょう。私の趣味ですよ」


「趣味……ですか?」


「ええ。他人をこの手で支配するというのは、非常に気分が良い」


 相互協力は、あくまでお互いに利があるからこそ行われるものだ。

 事実、西部貴族の多くがデリザイア家を支持していると言っても、それは全てではなく──打ち出す施策の如何によっては、反対の立場に立つ者もそれなりにいる。


 そんな彼らを屈服させることが、アウラにとって何よりも大きな楽しみだった。


「私を憎み、嫌い、殺したいほどに恨みを募らせながら、それでもなお平伏し恭順しなければならない者達のあの表情……!! それこそ、何者にも替えがたい至高の芸術だと、そうは思いませんか?」


「は、はあ……」


 いまいち伝わらなかったことに不満を抱きつつ、それも仕方がないかとアウラは自己完結する。


 これは、人の上に立つ強者にのみ許された娯楽なのだ。

 一介の執事が理解出来ずとも無理はない。


「それより、デルーリオ伯爵領で活動させていた商人はどうしましたか? 定期連絡が途絶えているようですが」


 話題を変えるようにアウラが切り出したのは、彼の支配欲を満たすために行っている布石の一つだ。


 たまたま手に入ったという“精霊眼”の娘を持つガエリオを裏で支援し、各貴族との取引を介して弱みを握る。


 それを踏まえ、西部以外の地域でも自らの支配の根を伸ばそうと画策していたのだが……。


「それが……どうやら、あの商人は潰されたようです。“紅蓮の鮮血”の手によって」


 それが既に破綻していると知らされたアウラは、手にしていたワイングラスを怒りのままに握り潰した。


「“鮮血”……またあの蛮族どもか、忌々しい!!」


 ワインで汚れた手も気にせず、アウラはテーブルを殴り付ける。


 彼にとって、“紅蓮の鮮血”は目の上のたんこぶのような存在だった。


 自由気ままに、金を積めば誰の依頼であろうと受ける傭兵という時点で気に入らないのだが、“鮮血”は特に気分屋として知られ、貴族が相手だろうと気が乗らない依頼は平気で蹴る。


 以前、アウラもまた彼らの持つ王国随一の武力と素行の悪さに目を付け、反抗的な貴族を黙らせるための手札として依頼を出したことがあるのだが……「そんな安っぽいチンピラみたいな依頼はお断りだ」と鼻で笑われ、逆に相手の貴族に格安で雇われてアウラの手勢をボコボコにされたのだ。


 あの時の屈辱と怒りは、今もアウラの中で燻っている。


「“精霊眼”の娘は? まさか、アレも“鮮血”の手に?」


「はい、どうやらデルーリオ伯爵の依頼で、娘を保護しているようです。“死霊”がやけに大切そうに娘を連れていたと、話題になっています」


「くっ……アレは私のコレクションだぞ、盗人どもめ!!」


 コレクションとは言うが、ミルクはあくまでガエリオが所持していたというだけで、アウラとは何の関係もない。違法奴隷という点を鑑みれば、依頼で保護している“鮮血”が現在もっとも正当な保護者であるとさえ言えるだろう。


 だが、そんなことはアウラにとって、何の関係もなかった。


 自らが支配していた商人の所有物なのだから、それを好きにする権利は当然自分にあると信じて疑っていない。


「アレを失うのは痛い。何とかして奴らから取り戻し……いや、待てよ?」


 だが、彼は自らの所有物が、必ずしも手元になければ我慢出来ないという人間ではない。

 彼の本質は“支配欲”にあり、反抗的な存在を屈服させることにこそ悦びを見出だしている。


 故にこそ、この状況は使えると、邪悪な笑みを浮かべた。


「先ほど、“死霊”が精霊眼の娘を可愛がっていると言っていましたね? 他の団員はどうですか?」


「そこまではまだ……」


「すぐに調べなさい。場合によっては、“鮮血”の弱みを握れるかもしれない」


 これまで、アウラが“鮮血”を疎ましく思いながらも手を出さなかったのは、彼らが純粋に強いからだ。下手な報復は返り討ちにされ、既に評判が最悪なせいで弱みらしい弱みもない。


 そんな“鮮血”に、今のところは何の力もない獣人の少女が滞在し、少なくとも団員の一人からは可愛がられているという。


 これを利用しない手はない。


「待っていろ、“鮮血”……必ずやお前達を、私の目の前に跪かせてやる!!」

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