第10話 魔女の研究室(汚部屋)
「……ミルク、です、初めまして。これから、よろしくお願いします」
どう反応すべきか迷った末、私が絞り出したのは自己紹介だった。
その対応はあながち間違っていなかったのか、背後から叩き付けられる圧力が少し減る。
「あん? よろしくってのは、どういうことだい?」
「今日から……この傭兵団で、お世話になります」
「アンタがここの一員になるって? その弱さでかい?」
「ええと……雑用係、です。ラスターに助けてもらって……」
「ラスターに? ……ああ、大体察したよ。要するに、あのお人好しが仕事先で拾ってきた捨て犬ってことかい」
「ええと……はい」
「全く、あいつも懲りないねえ……やれやれだよ」
私への敵意が完全になくなり、ナイフが引っ込められる。
ホッと胸を撫で下ろしながら振り返ると、思った通り女の人だった。
真っ赤な髪が伸ばし放題に伸び、あまりにも大きな胸は振り返った拍子にぶつかるかと思ったくらい。
私を見下ろすその眼光は鋭くて、思わず萎縮しそうになるけど、この人……アマンダさんが今放っている魔力が見せる感情は、ただひたすらに好奇心だった。
「ミルクって言ったね。アンタ、ネイルとはもう会ったのかい?」
「うん。雑用がんばったら、ここにいていいって、言ってくれて」
「へえ、ラスターはまだしも、ネイルが認めるなんて珍しいね。……んん?」
「あうっ」
アマンダさんが私の顔を掴み、瞳を覗き込む。
害意がないのは分かるけど、ちょっと痛い。
「その眼……まさか、精霊眼? ハハッ、獣人が精霊眼を持ってるなんて前代未聞だよ、コイツは面白い!! なるほど、そりゃあネイルも認めざるを得ないわけだ!!」
「え、えーっと……?」
アマンダさん、私が大して説明しなくても、一人でどんどん何かを察していってるのはすごいと思うけど……そのせいで、当事者であるはずの私が置いてけぼりになるっていう、変な状況になってる。
しかも、アマンダさんはそれを説明してくれるつもりはないみたい。
「ミルク、アンタ雑用係って言ったね? なら、アタイの助手になる気はないかい?」
「じょしゅ……?」
「ああ。アタイもね、ネイルから少しは片付けろっていつも怒られてるから、そろそろ掃除しないといけないとは思ってたんだよ。副団長様直々に認められた雑用係がいるなら都合が良いし、それに──アンタ、精霊眼で何が出来るのか、知りたくないかい?」
ニヤリと、アマンダさんの愉しげな瞳が私を貫く。
私に何が出来るのか、どうしたらもっとラスターや、みんなの役に立てるのか……それは、私が一番知りたいことだ。
「精霊眼には興味があるんだ、滅多に見られるものじゃないからね。アンタが協力してくれたら、アタイは愉しいし、アンタも助かる。ついでにネイルの仕事もこなせて、一石二鳥……いや、三鳥だと思わないかい?」
「うん、そうかも」
「ハハッ、即決とは肝が据わってるね、気に入ったよ」
ようやく私の顔から手を離したかと思えば、そのままバンバンと背中を叩かれる。痛い。
「それじゃあ、早速掃除から頼むよ。とはいえ、大事なものもあるから、捨てる前に相談しておくれよ」
「うん、わかった」
アマンダに促され、私はついに部屋……研究室の中に入る。
壁を取り払って、二部屋分の広さになっているその場所で、早速掃除に取り掛かるんだけど……すごく、大変だった。
なんでかっていうと、そもそも普通に捨てていいものがほとんどない。
「アマンダさん、この変な水、捨てていい?」
「ああ、構わないよ。けど、うっかり落とすとその場でボンッ! ってなるから、気を付けるんだね」
「!? ……じゃあ、このキノコが生えた服は?」
「それも捨てていいよ。ただ、そのキノコは多分、繁殖力が高すぎて町中への持ち込みが禁止されてるやつだったと思うから、捨てるんなら町の外にね」
「!? ……じゃ、じゃあ、このスライムは……?」
「……何だいそれ、知らないね。どこかから迷い込んだ野生のスライムじゃないかね?」
「!!?!?」
「ああでも、せっかくだから研究用のモルモットに使わせて貰うよ。残しといて」
「!!?!!?!?!?」
そんな感じで、物一つチェックする度に、私の常識が一つずつ壊されていく音がした。
ずっと檻の中にいた私でもそう思うんだから、ラスターやネイルさんがどれだけ苦労していたか、簡単に想像がつく。
でも、アマンダさんはそんなこと全く気にしてないと言わんばかりに、ちょっとずつ綺麗になっていく部屋を見て満足そうに笑っていた。
「いやー、助かるよミルク! これで私も何の憂いもなく研究に没頭出来るってもんだ。ああ、アンタの眼を調べるのは、早くても私の準備が整う一週間後からだ。今日のところは、適当に片付けたら帰って休みな」
「うん、分かった」
実際、とてもじゃないけどこの部屋を一日で掃除しきれる気がしない。まだ、拠点全部の掃除も終わってないことを考えたら、しばらくは大忙しだと思う。
一週間後から、私の精霊眼を調べ始めるなら、それまでに一通り終わらせないと。
そして……伯爵様のお屋敷や、王都の町みたいに、ここをピカピカにする。
「そうしたら……みんな、喜んでくれるかな」
「ん? なんか言ったかい?」
「なんでもない。えへへ」
「そうかい。変なヤツだね、アンタは」
苦笑するアマンダさんにそう答えながら、私は一生懸命掃除に取り組むのだった。
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