第9話 お手伝い

 カリアさんのお手伝いで、私は料理に挑戦した。


 とはいえ、掃除はともかく料理をやったことはなかったから、あまり出来ることはない。


 それなのに、わざわざ身長が足りない私のための踏み台とか、ちっちゃなエプロンまで用意して貰っちゃって……ちょっと、申し訳ない。


 その分、精一杯がんばらなきゃ。


「よいしょっ……こんな感じ……?」


「そうだよ、上手じゃないか!」


「えへへ……」


 カリアさんに褒めて貰いながら、私は食材を洗ったり、皮剥きを手伝ったりした。


 あんまり上手だとは思えないけど、カリアさんがずっと嬉しそうにしててくれるから、私も楽しい。


 それと……私が料理してる間、みんながずっと外から覗いてた。そんなに気になるのかな?


「ああもう、皮剥きなどあんな子供には早いですよ、もっと安全な作業にすべきです!」


「ネイル、それは流石に過保護過ぎないか? ミルクにも経験は必要だろう」


「誰が過保護ですか、常識を語っているまでですよ、ラスター」


「飯はいつも楽しみだけどよォ、ミルクが作ってくれてると思うと、いつも以上にこう、そわそわすんゼ」


「分かるでヤンス」


「全くだ、ウェヒヒ」


 こんなにも見られることなんて今までなかったから、すごく緊張する。


 それでも、何とか失敗しないようにお手伝いをやり遂げた私は、そのままカリアさんに料理を渡され、テーブルまで運ぶことになった。


「よいしょっ……よいしょっ……」


 カリアさんが作ってくれた料理は、一つ一つが大きくて豪快だ。

 そんな料理をドンと載せた、大きくて重いお皿を慎重に運ぶ。


「よいしょっと……お待ちどうさま」


 ずっと私のことを見ていたみんなが、いつの間にかテーブルに着いて待っている。

 そこにゆっくりと料理を運ぶと、最後はラスターが私を抱き上げて、お皿を置くのを手伝ってくれた。


 料理を運び終えた私は、そのまま椅子の上に座らされる。そこで、ラスターが私を褒めてくれた。


「偉いぞ、ミルク。よく頑張ったな、ありがとう」


「えへへ……」


 やっぱり、ラスターに褒めて貰えるの、嬉しい。


「まあ、及第点といったところですね。今後はもっと励むように」


 逆に、厳しいことを口にするのはネイルさんだ。


 ただ、今回の私はほとんどの作業を見てただけで、お手伝い出来たことはすごく少ないし……それで及第点って、厳しくないような気も……?


「オイオイオイ副団長様よォ、せっかくミルクが料理してくれたんだから、ちょっとくれえ褒めても罰は当たらねえだろうよォ!」


「この程度でいちいち褒めていては、ミルクまであなた達のように調子に乗ってしまいます。ラスター、あなたもあまり甘やかし過ぎないように」


「やれやれ、副団長殿は分かっていないな。子供は褒めて伸ばすのが一番だというのに」


「分かっていないのはあなたです。甘やかすばかりではなく、時には厳しく接してこそ子供は真っ直ぐ育つのですよ」


「……ミルクが料理をしている最中、あんなにハラハラしていた男の言い分とは思えないな」


「何か言いましたか?」


「いいや、何も?」


 バチバチと、ラスターとネイルさんの間で火花が散る。


 まさかこんなことになるなんて思ってなかった私は、オロオロと周囲に助けを求めた。


「が、ガル、バル、デル……!」


「ウォー! やれやれェ、兄貴と副団長の喧嘩なんざ久し振りだぜェ!」


「巻き込まれないように、料理は全部オラの腹に仕舞っておくでヤンス」


「ウェヒヒ、バル、流石にそれは後で殺されるぞ……」


 ダメだ、みんな全然止める気がない。


 カリアさんも、今は次の料理を準備しててこっちを見てないし……ええいっ。


「ふ、二人とも、喧嘩はダメ……!!」


 二人の間に飛び込んで、腕で大きくバッテンを作る。


 目を丸くする二人に、私は必死に声を張り上げた。


「それ以上すると、ええと……ふ、二人とも、おやつ抜きだから!!」


 ふと脳裏に過ったのが、昼間ラスターと出掛ける前に、カリアさんがバルにお仕置きとして言ったこの言葉だった。


 “おやつ”っていうのが何なのかよく分かってないんだけど、きっと大事なものなんだろう。

 それを出せば、二人も止まってくれるはず!


「はははは、ミルクの用意してくれるおやつが無くなったら困るな。ネイル、ここは一時休戦といこうか」


「ふん、私がおやつ程度で心変わりすると思われているのは心外ですが……まあいいでしょう」


 ラスターは可笑しそうに、ネイルさんは不服そうにしながらも、それぞれ怒りを引っ込めてくれた。


 まさか、本当に止めてくれるなんて……おやつって、すごい。


「ははは! 大の大人が揃ってこんな小さな子にやり込められてちゃ世話ないね!」


「あ、カリアさん」


 そうこうしているうちに、カリアさんが残った作業を終えたのか、厨房から出てきてくれた。


 その手には、見たこともない食べ物が握られている。


 ガラスのコップに入った真っ白なそれを、カリアさんは私に差し出した。


「ほら、喧嘩を止めたご褒美に、今日のおやつはミルクが一番乗りだよ。たんとお食べ」


「……カリアさん、これ、なに?」


「おや? ミルクはアイスクリーム食べたことないのかい。美味しいから、ひとまずガブッといってみな」


 ほら、と、スプーンと一緒に差し出されたそれを、言われるがままに一口。


 その途端、口の中で氷みたいに溶けて広がっていく甘さと冷たさに、私は目を瞬かせた。


「おい、しい……! こんなの、初めて!」


「あはは、気に入ってくれたみたいだね。ミルクが良い子にしてたら、また作ってやるからね」


「うんっ、がんばる!」


 この傭兵団に置いて貰うためってこと以外にも、がんばる理由が出来た。


 ふんすっ、と気合いを入れる私に、みんなの温かな視線が妙にくすぐったかった。





「おそうじっ、おそうじっ」


 夜の食事を終えた後、私は掃除道具を手に拠点の中をお掃除していた。


 もう暗いし、明日でいい、って言って貰えたんだけど、じっとしてられなかったから。


 ……がんばったら、またラスターに褒められたり、アイスクリーム食べさせて貰えたりするかな?


 そんな期待を胸に、私は壊れたテーブルの残骸を片付けたり、人数の割にはやたら広いからって、全く使われないまま放置されてる空き部屋を綺麗にしたり、あっちこっち駆け回る。


 暗いって言っても、窓から月の光が入ってきてるし、元々住んでた檻の中よりはずっと明るいし……“眼”のお陰か、たとえ真っ暗でも障害物くらいは把握出来るから、何も問題ない。


 そんなわけで、掃除をしながら移動し続けていると、私は拠点の端っこで、やけに壁がボロボロになっている区画を見付けた。


「? なんだろう、ここ……」


 “鮮血”のみんなは、ちょっと喧嘩っ早いところがあるみたいで……食堂のテーブルはよく壊れるって言ってたし、掃除中にもいくつか、壊れたまま放置されてる壁や扉を見かけた。


 でも、ここの壊れ具合は他と全然違う。

 単に殴って壊れたとかじゃなくて……何度も修理しながら、それ以上に何度も何度も、燃やしたり切り裂いたり腐らせたり、色んな方法で壊したみたいな……。


「…………」


 そんな一角に、一つだけある鉄の扉。

 石造りの建物に木の扉が基本の拠点にあって、そこだけがやたらと頑丈に出来てるのはすごく変だ。


 どうしても気になった私は、その鉄の扉に手を伸ばす。


「んぅ、んん~!」


 当たり前だけど、重い。


 全身の力を使って、ゆっくりと開けた扉の先にあったのは……それはもう、びっくりするくらい物で溢れ返った、散らかり放題の一室だった。


「わあ……すごい……」


 悪い意味で、そんな感想が溢れる。


 見たこともない道具、透明なケースに入った不気味な物体、ブクブクとずっと泡を立てている毒々しい液体。

 それらがあっちこっちに乱雑に置かれ、ひっくり返り、散乱した服が汚れてキノコまで生えてる。


 ……これは、放置された場所、なのかな?

 正直、私がご主人様のところで暮らしてた檻の中の方が、まだ良い気が……。


「この“鮮血”に盗人が入るなんざ、命知らずもいたもんだね」


「……え?」


 ひゅっと、何かが風を切る音と一緒に、首筋に冷たい鉄の感触がする。


 目を向けると、そこには月明かりに照らされ鈍く光る、鋭いナイフの刃先があった。


「しかも、よりによってアタイの研究室に目を付けるとは……とびっきりのバカと言うべきか、それとも、目利きだけは冴えてると褒めてやるべきかね?」


 動いたら、殺される。


 そんな危機感からピクリとも動けなくなった私に、ナイフの主──たぶん、この部屋で暮らしている“鮮血”のメンバーであろう女の人は、どこか愉しげな口調で名乗りを上げた。


「この……“鮮血の魔女”、アマンダの研究に、それだけの価値があるってことだからね。そうだろう?」

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