第8話 ちょっとした変化

「まさか、あのネイル副団長がミルクのことをこうもあっさり認めるとはね……何を言ったんだ?」


「えっと……がんばって、お願いした」


「はは、そうか。よく頑張ったな、ミルク」


「えへへ……」


 ネイルさんとの話し合いの後、私はラスターと一緒に王都へ繰り出していた。もちろん、ネイルさんの許可を貰ってだ。


 なんでいきなりそんなことになったのかっていうと……私の服を買うんだって。


 そんなのいいって言ったんだけど、ラスターは「俺がそうしたいんだ」って言うし、ネイルさんも「一時的なものであれここにいる以上、最低限の品位は必要です」って言うしで、押しきられちゃった。出掛ける前に、一度お風呂に入っていけって押し込まれたりもしたし、大変だったよ。


 でも、ラスターが私にプレゼントとしてくれるって思うと、それだけで嬉しい。


「おい、あれ、“鮮血”の……」


「えっ、子供連れてる? なんで?」


「まさか誘拐とかじゃ……」


 せっかく良い気分だったのに、町の人達の冷たい魔力を視ると嫌な気分になっちゃう。


 それに、誘拐じゃないもん。私はラスターが好きだから一緒にいるの!


 そんな気持ちを示そうと思って、私はこれ見よがしにラスターの腰に抱き着いた。


 私みたいに魔力が視えなくても、私の気持ちが周りに伝わるように、思いっきり。


「っとと、どうした、ミルク?」


「なんでもない。ラスターにぎゅってしたかったの」


「甘えん坊だな、ミルクは」


 すると、ラスターは私がくっついたままでも移動出来るように、私を抱っこしてくれた。


 頭をなでなでされて、嬉しさからふにゃっと笑ってると、ついさっきまで向けられていた町の人達の視線がちょっと和らいだ気がする。


 嫌悪から、困惑に。そして、ちょっとだけ優しいものも混じっていた。


「……?」


 ここまで変わるとは思わなくて、私はこてんと首を傾げる。


 よく分からないけど、ラスターにあんな感情が向かなくなるなら、もっとくっつこう。


 そんな感じで、ラスターにべったりのまま移動した私達は、服がたくさん並んだお店にやってきた。


 店員さんも、最初はラスターを見て嫌そうな顔をしていたけど、抱っこされた私を見てびっくりして……私の服を選び始めた頃には、すっかり打ち解けていた。


「そうですね、獣人の子供の服でしたら、出来るだけ動きやすいものがオススメです。こちらの……」


「ふむ、なるほど……とりあえず、着せてみるか」


 という感じで、店員さんとラスターの二人であれやこれやと盛り上がりながら、私は色んな服を着させられた。


 すっごいヒラヒラしたのがたくさんついた、綺麗な服。


 頭の上から被るだけで大丈夫な、ワンピース? っていう可愛い服。


 他にも帽子を被ったり、キラキラしたアクセサリー? をつけたり、何だか忙しい。


 まあ……ラスターも、店員さんも楽しそうだから、いいのかな?


「どれも可愛いな……」


「ですよね! とはいえやはり、一番のオススメはこちらでしょうか。尻尾の穴が空いたショートパンツに、シンプルなシャツの組み合わせです。どちらも地獄蜘蛛ヘルネアの出す糸から作られた高級品ですので、丈夫さは折り紙つきですよ」


 最後に着させられたのは、足にぴったりくっついて動きやすい服だった。


 尻尾も好きに振り回せるし、良いかも。


「ミルクも気に入ったみたいだな。じゃあひとまずこれと……後、他にも何着か念のため」


「お買い上げありがとうございます!」


 最後の服を着たまま、お店を出る。


 またのご来店をお待ちしております、ってラスターにも気持ちよく挨拶して貰えたし、なんだか嬉しい。


「楽しかった」


「ああ、俺もだよ。……ミルクがいるだけで、こうも違うものなんだな」


「???」


 どういう意味か分からなくて首を傾げた私を、ラスターが撫でてくれた。


 撫でて貰えるのは嬉しいからいいんだけど、ラスターは時々よくわからないタイミングで撫でるから、どうすればもっと撫でて貰えるかよくわからない。


 そんな疑問を残しながらも、私達は拠点に戻った。


 新しい服を来て、るんるん気分で中に入ると……ガバデ兄弟が、ボロボロの状態で転がっているのが目に映る。


「えっ……みんな、大丈夫!?」


 何があったのかと思って慌てて駆け寄ると、真っ先に気付いたガルが私を見て、満足そうに笑った。


「おお、戻ったかミルクよォ。随分可愛くなったじゃねェか……」


「それはいいから、何があったの……!?」


「そりゃアもちろん、晩飯のおかず獲りに行ってたんだよ。今晩は、ミルクの歓迎会だからなァ」


「地竜は流石に見付からなかったけど、代わりに川竜せんりゅうを釣ってきたでヤンス」


「ウェヒヒ……地竜のステーキとは行かなかったが、川竜の刺身や塩焼きも旨いぞ。楽しみにしてるといい……」


「みんな……」


 カリアさんが色々言ってたけど、あの時はそこまで本気じゃなさそうに視えた。なのに、私のために……。


「ありがとう。私も、がんばるね」


 みんながこんなになるまでやってくれたんだから、私もやれることをやらなきゃ。


 気合いを入れた私は、ラスターにガル達のことを任せて、カリアさんのいる厨房へ向かった。


「カリアさん……!」


「おっ、ミルクじゃないかい! 待ってな、今からとびっきりの晩飯を作ってやるからね! 楽しみに待ってな!」


 夜になるまではまだ時間があるけど、もう料理を始めるみたい。カリアさんも気合いが入ってる。


 そんなカリアさんに、私は勇気を持ってお願いした。


「カリアさん、私にも、手伝わせて……!」


「ん? ミルクも料理するってことかい?」


「うん。ネイルさんからも、ここに置くからには働きなさいって言われてるし、それに……私も、みんなの役に立ちたい」


 ラスターは私を助けてくれたし、私のために服も買ってくれた。


 ガバデ兄弟の三人も、私のためにあんなにがんばって魚……竜? を獲って来てくれた。


 私も、せめて一つくらい……みんなに何かお返ししたい。


「っかー! 本当に良い子だねミルクは! あのバカどもにも見習って欲しいよ!」


「わわっ」


 バンバンと背中を叩かれ、カリアさんが笑う。


 そして、そのまま私の手を引いてどこかへ歩き出した。


「え、あの、カリアさん、どこに……?」


「風呂場だよ!! 厨房で料理しようってんだ、まずは体を綺麗に清めてから、これが常識さね!!」


「え、でも、出掛ける前にも一度、ラスターが入れてくれて……」


「何言ってんだい、一度外に出たんだから、料理する前はもう一回だよ!!」


「そ、そうなんだ」


 ご主人様のところでは、お風呂なんて入れなくて、お仕事の前に濡れた布で体を拭くくらいしかさせて貰えなかった。


 だから、さっきラスターに入れて貰った時は驚いたんだけど……まさか、一日に二回も入ることになるなんて思わなかったよ。


「それが済んだら、私が基礎の基礎からみっちり教えてあげるからね。厳しくても泣き言なんて言うんじゃないよ!!」


「うんっ、がんばる!」


 お風呂は驚いたけど、料理をがんばりたいっていう想いは本物だから。厳しくても、絶対にやり遂げて見せる。


 そんな気持ちが伝わったのか、カリアさんは楽しげな笑みを浮かべた。


「今晩は、私特製川竜フルコース改め、私とミルク特製川竜フルコースだ!! 気合い入れていくよ!!」


「おーっ」

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