第7話 副団長との対談

 どうしてこうなったんだろう。


 私は、目の前にいる人……"紅蓮の鮮血"副団長、ネイルさんを見ながら、そう自問する。


 けれど、答えなんて出るわけがなくて……ただ、拠点の一室で、ネイルさんと一対一で向かい合って座っているという事実だけが、ここにある。


 ラスター達にも話を聞くけど、それより先にまず私個人から話を聞きたいんだって。

 正直、怖い。


「さて、それでは……話を聞かせて貰いましょうか」


「……えっと、何の……?」


「もちろん、あなた自身についてです。ラスターがあなたの保護任務を請け負ったそうですが……私が認可した覚えはありませんし、こうして拠点で生活させるというのであれば尚更無視は出来ない」


「……どうして、ラスターが受けたって分かったの?」


 聞かれているのは私だったけど、どうしても気になったことを最初に尋ねてみる。


 あの場にいたのは、私とラスターだけじゃない、ガバデ兄弟もいた。

 カリアさんは食堂で働いてるから別としても、どうしてラスターの仕事だって分かったんだろう。


「それは簡単です。私が現れた時、あなたは真っ先にラスターの方へ身を寄せ、ラスターもまたあなたを庇うように前のめりになっていた。無意識なのでしょうが、だからこそ判断材料として申し分ない。あなた達も、私の断定を否定しませんでしたしね」


「……すごい」


 私みたいに、相手の魔力が視えるわけじゃないはずなのに、ちょっとした動きだけで言い当てるなんて……。


 素直な感想を口にすると、ネイルさんは小さく鼻を鳴らす。


「このくらい、副団長として当然のことです。それで……あなたはどうして、ラスターに保護されることになったのですか?」


「ええと……」


 これまでの経緯を、出来るだけ詳しくネイルさんに語って聞かせる。


 ご主人様のところで、"お仕事"していたこと。

 ラスター達が、ご主人様の屋敷を壊したこと。

 伯爵様のところで、私の眼について聞いて……そのまま、依頼を受けたこと。


 全てを聞いて、ネイルさんは難しい表情で唸る。


「なるほど、精霊眼……それはまた、厄介な能力を持って生まれたものですね。同情しますよ」


「えと……ありがとう」


 口調は冷たいけれど、ネイルさんの最後の言葉……同情する、っていうところには、本心から私を気遣うような、優しい気持ちがちょっとだけ視えた。


 ラスター達よりもずっと、本心が奥に隠れて見づらいけど……もしかしたら、ネイルさんも良い人なのかもしれない。


「ですが、この傭兵団にいたら安全だなどとは、思わないことです。むしろ、あなたの身の危険が増しているとも言える」


「……どういうこと?」


「私達"紅蓮の鮮血"は、あまり表立って言えないような多くの裏仕事を国や貴族から請け負い、こなして来ました。当然、その過程で恨みを買った相手は、一つや二つではない。ここに身を寄せるということは、それら裏組織のターゲットとなる可能性があるということです。あなたに、その覚悟はあるのですか?」


「覚悟……?」


 それがあるのかと聞かれて、私は即答することが出来ない。


 だって……覚悟っていうのが何なのかすら、よく分からないから。


「弱いままでは、いつ死んでもおかしくないということです。ハッキリ言いますが、あなたの保護などウチのギルドでは手に余る。ただでさえ有能な人材が不足しているというのに、あなたの子守や護衛に三ヶ月もまともな人間が取られるなど……悪夢でしかない」


「……ラスター、そんなに大事なんだ」


「当たり前です。彼はこのギルドの数少ない良心なのですから」


 そこからは、ネイルさんがラスターのことをどれだけ頼りにしているか、他のメンバーがどれだけ問題児なのかを語り始めた。


 すぐにやり過ぎる無法者ども、力ばかりの脳筋集団、せっかく割り振った依頼の報酬よりも、依頼中に壊した物品の賠償金の方が高くなるバカだらけ。


 それに比べてラスターは、依頼は真面目にこなすし腕前も最高クラス、何より人の言うことをちゃんと聞いてくれると褒めまくってる。


「分かりますか? 子守りや護衛などという繊細な業務を任せられるのはラスターだけです。ラスターが三ヶ月もの間拘束されるのは、私達にとって……何を笑っているのです?」


「え? えーっと……」


 ネイルさんが話すのを中断して、私をジロリと睨んでくる。


 なんて伝えるべきか、私はゆっくりと言葉を選んで……結局、そのまま思ったことを口にした。


「……ネイルさん、みんなのこと好きなんだなって」


「は?」


「ラスターのことも、そうだけど……他のみんなのことを話してる時も、楽しそうだったから」


 迷惑ばかりかけられていると言っていた時、確かにネイルさんの魔力は怒りとストレスでグツグツと煮立っていた。


 でも……怒ってるのに、その感情には憎しみ混じりの黒さやドロドロした感じは全然なくて、むしろ……キラキラと、輝いてる。


「だから、ネイルさんも良い人」


「……それが精霊眼の力ですか。心を読むとは、全く厄介な……それに、仮に私が団員達を好いていたからなんだというのです? それとあなたの処遇には関係がない」


「うん。でも……ネイルさんが、意地悪じゃなくて……みんなのために、私を追い出そうとしてるんだって分かったから、それで十分」


「……?」


「私のことは、守ってくれなくていいです」


 こんな風に言われるのは予想外だったのか、ネイルさんが絶句してる。


 そんなネイルさんに、私は更に言葉を重ねた。


「私……ラスターに助けて貰ったから、もう分かる。ご主人様が、本当は私のこと、どう思ってたのか」


 今まで私は、怒ってるとか喜んでるとか、パッと視て分かる感情しか読み取って来なかった。もっと詳しく視ようと思っても、みんな黒くてドロドロしてて……違いなんてなかったから。


 でも、ラスターや、ガル、バル、デル、それにカリアさんとも関わって、そういう感情の奥にあるものの違いも視るようになって……気付いた。


 ご主人様は、私のことを大事になんて思ってなかったって。


 私が傷付いて、苦しんで……壊れていくのを見たかっただけなんだって。


「ラスターがいなかったら、私はいつ死んでもおかしくなかった。伯爵様も、私は死んでてくれた方が良かったって、そう言ってた」


 だから……。


「守ってくれなくて、いい。ラスターが、もう私に、たくさん幸せをくれたから。誰にいつ襲われて死んでも、後悔なんてない。伯爵様も、怒ったりなんてしないと思う。運良く、襲われなかったとしても、三ヶ月で私はいなくなるから、だから……」


 椅子から降りて、私はぺたんと床に座る。

 頭を下げて、額を擦り付けるように這いつくばる。


 ……今の私に出来るのは、これしかないから。


「私が死ぬまでの、ちょっとの間でいいから……ここに、いさせてください」


 ガルに言われてからずっと、私に出来ることを考えてた。怖い副団長さんを納得させられることはないかって。


 でも、そんなの何もなかった。

 眼の使い方は分からないし、ご主人様のところでやってた“お仕事”も……あれが何のためにやってたことなのか分からないから、“鮮血”のためになることなのかも分からない。


 こんな私が、ここにいたいって思うのは贅沢だと思う。でも……ラスターが、子供はもっと、我が儘を言っていいんだって、教えてくれたから。


 一生に一度の我が儘を、ここで使いたい。


「お願い……します」


「……はあ……」


 ネイルさんの、大きな溜め息が聞こえてきた。


 私のお願いを聞いて、どう思ったんだろう? 一目視れば分かるけど、結果を知るのが怖くて顔を上げられない。


 そんな私の体が、急に持ち上げられた。

 びっくりしてる暇もないままに、ネイルさんの手で椅子に座り直される。


「一つ、私の許可なく外出しないこと」


「……?」


「二つ、ラスターが常にいるとは限らない。拠点で過ごす団員とは良好な関係を築けるよう努力すること」


 私の前に膝を突き、真っ直ぐ目線を合わせながら、ネイルさんが指を立てて言い聞かせてくる。


 いまいち状況の変化を呑み込めていない私に構わず、ネイルさんは最後まで言いきった。


「三つ。タダで養って貰えるとは思わないことです、掃除や洗濯、それにカリアの下で料理も覚え、団員達の生活をサポートすること。……これら三つの項目を遵守するのであれば、あなたの“鮮血”滞在を認めましょう」


「っ、ほ、ほんと!?」


「ただし。何らかの形であなたが敵の手にかかったとしても、我々は団としての対処はしません。心しておくように」


「うんっ、うん……! それでいい! ありがとう、ネイルさん!」


「うおっ!? あなた、何を……!?」


 感極まって、私は目の前にいるネイルさんに飛び掛かった。


 ぎゅっと抱き着き、驚き固まったネイルさんへ、私は万感の思いを込めて伝えた。


「大好き……!!」


「っ……!!?!?」


 どう対処すればいいか分からないとばかりに、ネイルさんの腕が宙を掻き続けていたけど、この時の私は全くそれに気付かなくて。


 結局、待ち過ぎて痺れを切らしたラスター達が部屋にやってくるまで、私はずっとネイルさんに抱き着いていた。

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