第6話 初めてのご飯
「はい、お待ちどう。“鮮血”名物、レッドボアの丸焼きだよ!」
ラスター達のギルド、“紅蓮の鮮血”にやって来て、おっかないお婆ちゃんことカリアさんと出会った私は、言われた通りテーブルで待っていると……私達のいるテーブルに、カリアさんが大きな料理を運んできた。
お皿一つで、五人同時に座れるほど大きなテーブルが埋まっちゃうほどの巨大料理。
その見た目の凄さもそうだけど、漂ってくる匂いも、これまで嗅いだことがないくらい美味しそうで、涎が垂れてくる。こんなの初めて。
あまりの衝撃にボーッとしていると、ラスターが私のすぐ隣に椅子を寄せてきた。
「俺が取り分けてやろう。どれくらい食べる?」
「……食べて、いいの?」
「いいに決まっているだろう? むしろ、残すとまたカリアさんに怒られるぞ?」
「お残しは許さないからね!」
にっこりとカリアさんが笑ってるけど、その魔力は全然笑ってない。本気だ。
びくびくと震える私は、けれどすぐにそんな恐怖心も忘れてしまった。
ラスターがナイフを入れた瞬間、じゅわっと溢れ出す肉汁。
お皿に残った熱でぶくぶくと弾ける度に、美味しそうな匂いが辺りに広がる。
前に一度、ご主人様が私の前で食事するのを見せられたことがあるけど……あの時、ご主人様が食べてたお肉より美味しそう。
「ミルク、お前の分だ。欲しければまた切り分けてやるから、気にせず言え」
「うん、ありがとう、ラスター」
ラスターは切り分けたお肉を小さなお皿に載せ、私の前に用意してくれた。
それを手に取った私は、椅子を降りて床の上に置く。そのまま、いつもみたいに口でかぶり付こうとして……ラスターに止められた。
「待て、待て待て! 何をしてるんだ、ミルク!?」
「……? 食べようと思ったんだけど……やっぱり、ダメだった……?」
「違う、そうじゃない。なんで床に置いて、しかも口だけで食べようとしてるんだ!?」
「それが、獣人の食べ方だって、ご主人様が……それに、こうやって食べると、みんな楽しそうに笑って……」
「っ……!!」
最後まで言い切る前に、ラスターから怒りの魔力が噴き上がった。
ううん、ラスターだけじゃない、ガル達も鬼の形相を浮かべ、カリアさんは強引に私の首根っこを掴み上げる。
「私の飯を食うヤツに、人族だ獣人族だの括りはないよ!! 全員、お行儀良く椅子に座って、残さず綺麗に全部食いな!!」
「わわっ」
ドカッと、私の体がもう一度椅子に座らされ、床に置いたお皿も目の前に戻された。
それだけじゃなくて、ガル達も自分のお皿を私の前に次々と並べていく。
「ざっけんなゴラァ!! おめェはもう“鮮血”に保護された、つまり三ヶ月だけでもオレ達の仲間だ! そういう雑な扱いはおめェ自身でも許さねえぞオラァ!!」
「ミルクは小さすぎるからそんなにも卑屈になるんでヤンス。もっとたくさん食べて、早くオラくらい大きくなるでヤンス!」
「ウェヒヒヒ、ほら、食器もちゃんと使え。お前の分はここにあるぞ」
デルの手で、ガチャガチャとナイフとフォークも用意されて……けど、私はこういうのを使って食べたことがないから、どうすればいいのか分からない。
オロオロする私に、最後はラスターが手を貸してくれた。
「こうやって持つんだ。……ナイフを扱うのはまだ難しいか? 仕方ない、今日のところは俺が……」
目の前で更に細かく、一口サイズになるまで切り分けられていくお肉。
そして、私の手に握らせたフォークを誘導して、お肉を食べさせてくれた。
「……美味しい」
お肉をゆっくり噛みしめながら、出てきた言葉はそれだけだった。
今まで、一度だって食べたことのない味。ご主人様が食べてるのを見て、私も一度くらいはと思いながら、必死に考えないようにしていたもの。
目の前にお皿が用意されてからずっと、その見た目や匂いでワクワクが止まらなかったけど……本当に、あまりにも美味しくて、それ以外になんて言ったらいいか分からない。
いつの間にか視界が滲み、ポロポロと涙を溢す私を、ラスターがそっと撫でてくれる。
「好きなだけ食え。今まで食べられなかった分まで、山ほどな。……お前は子供だ、もっと我が儘言ったっていいんだよ」
「ぐすっ……うん」
まだ上手く使えないフォークを握って、ラスターが切り分けてくれたお肉を食べ進める。
こんなに食べるのも、フォークを使うのも初めてだから、一つ一つにすごく時間がかかったけど、誰もそれを咎めることなく、にこにこと見守ってくれた。
……楽しそうな感情は、ご主人様と同じ。なのに、なんでだろう。
ラスター達の魔力は、ご主人様よりずっと綺麗で……温かい。
「ラスター……ガル、バル、デル……カリアさんも……ありがとう。私、嬉しい」
えへへへ、と心からの笑みを浮かべると、なぜかみんなそっぽを向いてしまう。
唯一、カリアさんだけは目を逸らさずに、豪快に笑った。
「これくらいお安いご用だよ。お腹空いたらいつでも食堂に来な、腕によりをかけて作ってあげるからね」
「うん。ありがとう……カリアさん、好き」
「はははは! この歳でそんな風に言って貰えるとは、嬉しいねえ」
「あう……えへへ……」
がしがしと、少し乱暴にカリアさんに撫でられる。
ちょっと痛いけど、不思議と嫌な気持ちじゃない。むしろ、もっとやって欲しい。
そんな思いから、カリアさんの手に自分の手を重ねて頭を押し付けると、なぜかカリアさんは天井を見上げて雄叫びを上げた。
……なんで?
「あーーッ、全く! こんな可愛げのある子は初めてだよ! よし、今晩はちょっと奮発して、地竜のステーキでも作ってやろうかねえ!」
「カリアさん、流石にそれは無理じゃないか? 地竜は滅多に現れるものじゃないし、そんな高級肉どこにも売ってないだろう」
「何言ってるんだい、アンタらがなんとかするんだよ」
「「「「えっ」」」」
「ミルクのためだ、とびっきりの竜を仕留めて来なッ!! なぁーに、本物の“龍”じゃないんだ、どうにでもなるさねッ!!」
「「「「流石に無理だぞ(ヤンス)!?」」」」
無理だ無理だと、ラスターやガバデ兄弟が騒ぎ立て、カリアさんは相変わらず豪快に笑う。
そんな気安い会話が可笑しくて、私も釣られるように笑顔になっていると……拠点の入り口から、冷たい声が聞こえてきた。
「──全く、今日は何を騒いでいるのですか。また何か面倒事の気配がするのですが」
ピタリと、みんなの会話がそこで途切れる。
そして、入り口に立っている、メガネでスラっとした男の人を見て、カリアさんが声をかけた。
「おっ、副団長様のお帰りだね。飯は食うかい?」
「先ほど、出掛ける前に食べたばかりでしょう。あなたは何度も何度もすぐに食べさせようとする癖をどうにかしてください、食費がかかって仕方ない。そして……」
男の人の鋭い視線が、私に突き刺さる。
込められた感情は、疑問、警戒……少なくとも、歓迎はされてないと思う。
「ラスター……ギルドでペットを飼っていいなどという許可を出した覚えはないのですが。その子が一体何なのか、私が納得出来る形で説明を求めます」
これが、私と副団長……後に“過保護メガネ”なんて呼ばれることになる人との、初めての出会いだった。
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