第5話 食堂のババア
馬車に揺られること数時間。ついに到着した王都は、ついさっきまでいた町よりも更に大きかった。
行き交う人も本当にたくさんいて……こういうのを“都会”っていうのかなって、少ない知識の中で考えた。
ただ……さっきの町と、明確に違うところが一つある。
町の人達の視線が……冷たい。
「“鮮血”だ……外に出てた連中が帰ってきたのか」
「おい、あんまり近付くなよ、何されるかわかんねえぞ」
「聞いた話じゃ、デルーリオ領の商会を一つ叩き潰しに行ってたとか……」
「何したんだそいつら?」
「さあな、伯爵様の逆鱗に触れて、引き摺り降ろす正当な理由がないから“鮮血”を使ったって噂だ」
「うわっ、おっかねえ……」
嫌悪……恐怖……忌避……嫉妬。色んな人達の色んな感情が、窓越しでも分かるくらいハッキリと辺りを漂って、一人で御者台に座っているラスターへ向けられている。
ラスターは……みんなは、何も悪いことなんてしてないのに。
「ねえ……どうして、町の人達はこんなにも、みんなのこと、嫌がってるの……?」
「アァン? なんだ、そんなことか。いつものことだ、気にすんな」
「オラ達、嫌われものでヤンスからね」
「ウェヒヒヒ。お前も“鮮血”に来るなら、今から覚悟しておくといい……」
「…………」
ガバデ兄弟達は、その言葉通り大して気にした様子もない。
立ち上がって、窓からラスターの様子を見ても、やっぱり平然としてる。
「ん? どうした、ミルク。何か気になることがあるなら手短にな、拠点に着くまではあまり顔を出さない方がいいから」
「……ううん、ちょっと、ラスターの顔が見たかっただけ」
「そうか? ならいいんだが」
窓を閉じた私は、馬車の隅っこで丸くなる。
……こうやって、町の人から冷たい感情を向けられることに、誰も何も言わない。ほとんど気にしてもいない。
だけど……ラスター達が、こうやって悪く言われてるのは、なんだか……すごく、嫌だ。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、王都に着くまでと比べたらすごくゆっくりとしたペースで移動を続ける。
やがて、賑やかだった外の景色が遠ざかり、薄暗い廃墟みたいなところにやって来た。
王都に着いたばかりの時に感じた“都会”のキラキラした感じからはかけ離れた、朽ちかけた建物の群れ。
そんな区画の奥には、他のボロボロの建物とは一線を画する、石造りの要塞みたいなお屋敷があった。
「……ここ?」
「ああそうだ、ここが俺達……“紅蓮の鮮血”の拠点だ」
馬車を降りた私が首を傾げると、ラスターはあっさりそう言った。
……なんで、こんなにボロボロなんだろう。向こうにはもっとキラキラした建物がたくさんあったのに。
「ミルクなら分かったと思うが……表の連中に、俺達は嫌われてる。だから、こういう人気のない場所に拠点を構えるしかなかったのさ」
「……なんで、嫌われてるの? ラスターも、ガルも、バルも、デルも……みんな、良い人なのに」
「そんな風に思うのはミルクだけだ。それに……良い人かどうかはともかく、やり過ぎてしょっちゅう物を壊すのは確かだからな、何も言い訳出来ん」
特にそいつらが、と、ラスターが三兄弟の方を指差す。
釣られて私も目を向けると、三人仲良く明後日の方向に目を逸らした。
……壊してるんだね。
「いやいや、そうは言いますがね兄貴ィ! 確かにオレ達ぁ壊す頻度は多い! けどよォ、一度の被害で言やァ一番大人しいってもんですぜ!」
「グルージオの兄貴なんて、この前砦を一つ崩落させてたでヤンス!」
「ウェヒヒヒ、アマンダの姉御も、少し前に新魔法の実験と称して森を一つ消し飛ばしていた……」
「待て、アマンダの件は俺も聞いてないぞ。はあ……ネイル副団長がまた倒れなきゃいいんだが」
初めて聞く名前がたくさん出てきて、話についていけない。
ついていけないけど……思っていた以上に、ラスター達のいる傭兵団は、危ないところだったみたい。
不安になってきた私の心情を察したのか、ラスターが私を撫でてくれた。
「心配するな。これも仕事だからな、期限の三ヶ月は俺がしっかり面倒を見るさ。安心しろ、ミルク」
「……うん」
三ヶ月、という言葉に、胸がちくりと痛む。
がんばったら、もっと長く一緒にいられるのかな……?
「アァン? 三ヶ月ってなんですかい、兄貴?」
「この子を三ヶ月“鮮血”で保護する、それが新しい伯爵の依頼だ。一度説明しただろう、聞いてなかったのか?」
「てっきり、兄貴がこの子を気に入ったから引き取るのかと思ってたでヤンス!」
「この王国一危険なギルドに、ミルクのような子供を長々と置いておけるわけがないだろう」
はあ、と溜め息を一つ溢しながら、ラスターがギルドの中に足を踏み入れる。
ギルドの中は、外から見た印象よりは綺麗に片付いていた。
……ううん、片付いてるのは、テーブルがいくつも並んだ区画だけで、よく見れば端っこの方に壊れた椅子やテーブルの残骸が散らかったままになってる。
何をどうすればああなるんだろう、と思っていると、ラスターはそのまま綺麗に片付けられた区画へ向かって歩いていく。
「カリアさん、いるか?」
「おや、戻ったみたいだね、ラスター! 五体満足なようで何よりだ」
ラスターが呼び掛けると、奥からやって来たのは一人のお婆ちゃんだった。
ただ、すごく背が大きい。ラスターはもちろん、三兄弟で一番大きなバルと比べても更に大きいかもしれない。
腕も足もすごく太くて、私なんて小枝みたいにポキッと折られちゃいそう。
「ガル達も……おや? 見ない顔もいるねえ、その子は?」
「この子はミルク、色々あってウチでしばらく保護することになったんだ。そのことについて、ネイル副団長にも報告したいんだが……いるか?」
「へぇ、ウチで保護かい、珍しいこともあったもんだ。……ああ、ネイルなら今はちょっと出掛けてるから、しばらく待ってるといい。それまで、私が何か作ってやろうかね、仕事帰りなら腹減ってるだろう?」
「ああ、頼む」
そう言って、カリアさんと呼ばれたお婆ちゃんは奥に戻っていく。
それを見送りながら、私はボソリと。
「あの人が、バルの言ってた“食堂のババア”なの?」
──そう呟いた瞬間、私のすぐ傍を何かが通り抜けた。
ドカァンッ!! と何かが爆発するような音がして、恐る恐る振り向けば……砕けた壁の真ん中に、包丁が一本突き刺さっている。
「今、私のことをババアって言ったのは誰だい?」
「……わ、私、です……」
再び姿を表したお婆ちゃんは、さっきとは打って変わってものすごく怖い魔力を垂れ流していた。
どれくらい怖いかっていうと、ご主人様の屋敷を壊してた時のラスター達よりも怖い。
「そうか、あんたか。いいかい? 私のことは“ババア”じゃなく、“カリアさん”とお呼び。覚えておきな」
「はい……ごめんなさい」
「よろしい。素直な子は好きだよ」
スッと魔力が引っ込んだかと思えば、壁に突き刺さっていた包丁がひとりでに宙を飛び、カリアさんの手に収まった。
すごすぎて、何が起きたのかも分からない。
「それからバル」
「ヤ、ヤンス!!」
「子供に変なこと吹き込んだ罰だ。あんたはおやつ抜きだよ」
「分かったでヤンスーー!!」
直立不動から、綺麗に体を折り曲げて頭を下げるバル。
ラスターも、他の二人も何も言えず冷や汗を流しているのを見ながら、私は思った。
……カリアさんには、逆らわないようにしよう。
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