第24話 アトランタ


「うおおおお、どけどけ!」


 ケルミネは右手に巨大な炎を持ちながら立ちふさがる兵士どもをどんどん、どんどんと切り刻んでいった。


「魔導士部隊、発射!」


 その掛け声に合わせて剣聖軍から魔法が複数飛んでいく。


「なるほど、魔力をためてたというわけか」


 アトランタは敵の意図を把握し、次の行動に移す。それは手に持っていた炎を発射するということだ。どちみち、ラスカルを倒した今、持っていても意味がない。それよりは逃げ道を作るために使ったほうが百倍良いのだ。



「ぐああああ」


 そして数百もの兵士が吹き飛んだ。


だが、そんな中、剣聖軍の兵士が、「よし、みんな退避するぞ。右に逃げろ!」と言った。

「は!」


 そして剣聖軍は右に退避する。それを見て、ケルミネも何かあると感じ、右に急いで逃げるように味方の兵士に告げた。だが、その判断は一瞬遅かった。


「ぐあああ」

「うわあああ」


 数発もの巨大な岩が落ちてくる。それをよけきれなかった兵士は体をつぶされ、胴体が半分ない状態になった。


「っち、みんな気をつけろ。つぶされたら命はないと思え」

「は!」


 そしてうまく避難をするが……


「なんだよこれ」


 そこには巨大な土の壁があった。どうやら、右に逃げているつもりが、右に逃げるように促されていたようだ。実際もう右には行き場がない。


「なるほど、行き止まりというわけか」


 そしてケルミネは己の運命を察知した。おそらくここで終わりなのだと。さすがに砂の壁を作られてしまってはどうしようもない。ただできることはある。抵抗することだ。土の壁を壊すことさえできれば何とかなる。


「うおおおお」


 ケルミネはできる限りの大きな火球を作る。


「うおりゃああ」


 しかし、土の壁にはダメージがない。土は火に強い。誰でも知っていることだ。アトランタは次は岩にぶつけようと思ったが、もう遅く。


ケルミネの体は岩に押しつぶされ、そのまま死んだ。





「剣聖、これが放っていてもいいと言ってたわけか」

「ああ、まあ俺は現場を信じただけだがな」

「そうか」

「それよりここからは魔法戦に入りそうだ。お前にも準備してもらうことになる」

「わかった」


そしてラトスは戦闘準備を始める。






「はあ、なんだよこれ」


 戦場にいた兵士は叫ぶ。深さ五メートルの穴がそこら辺にあり、そこに落ちたのだ。


 また別のところでは、


「地面が揺れてるぞ」

「なんだこれは、立っていられない」


 そこに岩が落ちてくる。そして兵士は避けきれなくて死んだ。


 そう、この戦争は剣で戦う前哨戦から魔法で戦う魔法戦争へと姿を変えたのだ。こうなってしまったら兵士たちは魔導士を守る盾としての役割しかもたない。


 だが兵士たちにももう一つ役割がある。それは魔導士を殺すことだ。だが、それには再び敵の兵士と戦いを繰り広げなければならない。魔導士の援護ありの兵士と戦う。恐ろしい。勝てるかどうかは置いといても戦死者が大量に出ることは避けることができない。


 魔法技術の発達により戦死者が増えたとはこういうことなのだ。まだ魔導士よりも剣士の方がまだ位は上だが、もうすでに魔導士が総隊長を勤めている国もある。


「剣聖」

「ああ」

「恐ろしい光景だな」

「そうだな」

「俺たちには見ていることだけしかできないけどな」

「ああ、この現状を目に焼き付けとけ」



 そしてその地獄は数時間に渡って続いた。その間何人もの兵士が命を落としたのか。戦争というのは道徳を捨てなければ勝てない。理想を捨てねば勝てない、人の命を捨てねば勝てない。誰かが言った言葉だ。その言葉通り、命を捨てねば勝てない。


 そしてそんな状況の中、一人の兵士が立ち上がった。


「本陣からの指示はない。しかし、このまま魔法を喰らっての死を待つだけで良いのか? 攻めるぞ!」


そう叫んだ。


「どこにですか?」

「決まってるだろ。敵本陣にだ」

「ですが、あの軍の勢力相手に戦うのは。それに何人もの兵士がそれを目論んで玉砕しています」

「そんなものは関係ない。先人たちがどうしたかなんて関係がない。今俺たちがどうするかだ。行くぞ!」


 そうして若き将アトランタ率いる軍は出発した。



「うおおおお、怯むなー! 進めー!」


 アトランタは叫んだ。


 だが、すぐに悪い状況になった。周りを敵の兵士に囲まれたのだ。


 無理もないだろう。敵陣に突っ込むとはつまりそういう事なのだから。


 アトランタの考えている作戦はこうだ。シンプルに敵の防御の薄いところを攻める。単純だが、魔導士を殺せないとこちらの優位にはならない。


 魔導士は遠距離攻撃を得意としている。逆に言えば接近戦は苦手だということだ。だが、そんな遠距離攻撃にもデメリットはある。味方を巻き込みかねないということだ。


 今回部下には魔法を使われたらできるだけ敵と相打ちになるような位置で喰らえと言ってある。本来そんな状況にはなって欲しくは無いものだが、犬死にさせるわけにもいかない。

 巻き込む形で魔法を喰らう事で、敵の兵士にも犠牲になってもらう訳だ。さらに、もしかしたら味方を巻き込むことを恐れて魔法を放つのを躊躇するかもしれない。



「うおおああ、負けるかー!」


 また叫ぶ。本来叫ぶという行為は息切れのリスクがあり、あまりいい方法ではないが、士気を上げる、その一点ではかなりの効果がある。今は勢いが大事な場面なのだ。


 アトランタ率いる軍は怒涛の勢いで進んで行った。というのも味方の魔導士も状況を理解しているからだ。ここで敵の魔導士を倒せれば状況がかなり有利になる。そこでこの軍を援護しようと。


 そしてそのまま進みまくる。


「なんだあ?」


 アトランタは叫ぶ。前方から多数の炎の球が飛んでくるのだ。


「そういうことかよ」


 ケルミネは状況を理解した。つまり敵の魔導士が味方を巻き込まない程度の威力で魔法を放っているのだ。


 この魔法の威力はそこまで大きくはないが、それが無数にある状況、好ましくないのはたしかだ。速く突破しないとという焦りが出てくる。彼自身わかっている。焦りは何も起こらないと。だが、持久戦になったら不利なのだ。


「うおおおおおおおおおお!」


 叫びながら魔法を斬りながら敵の兵士も斬っていく。その勢いは凄まじく、止めに入る兵士たちを皆殺していく。そして、ようやく魔導士部隊の基地までもう少しと言うところで、


「ふん、ここまで来たか」


 まさかの相手がいた。


 ヒョウギリ側近の1人、マドリンガだ。


 マドリンガ、ヒョウギリよりもはるかに歳上ながら、戦争の時にヒョウギリに完封負けを喰らい、そこからヒョウギリの部下になった。


 ヒョウギリの元敵だったのだが、最初から側近という位を与えられ、その名誉に負けないくらい、ヒョウギリに襲い掛かる敵を斬ってきた。


 アトランタはすぐさま自分の考えの間違っていたことに気づいた。そりゃあ守備が薄いところに強いやつを置いておくよな、と自分の作戦の間違っていたことを責めた。


 アトランタは絶望した。こいつには勝てるわけがないからだ。それに彼についてきた兵士皆殺しになる可能性もある。士気を下げる恐れがなかったら謝ってたぐらいだ。


「うおおおおおお!」


 アトランタは斬りかかる。


「ふん! 甘い!」


 一瞬だった。剣をあっさりと受けられ、そして腕を斬り落とされた。


「ぐあああああああ!」


 アトランタは痛みで叫ぶ。仕方ないことだ。誰が腕を斬り落とされる痛みを経験したことか。腕は治癒魔導士に頼めば復活する。


 だが、それ以上に今の一太刀での絶望感。それは彼の歩みを止めるには十分だった。


 マドリンガが一歩づつ進んでいく。だが、立てない。痛いから、違う、絶望からだ。もうすぐに死ぬ。そう考えた時にアトランタは人生を回帰していた。苦労した子ども時代から、今までの記憶までを。


「抵抗せんのか。つまらん。すぐに終わらせてやる。お前の人生をなー!」


 だが、その剣は受け止められた。


「待たせたな」


 ラトスがそこに立っていた。


「剣聖に頼まれたんだ。あの部隊を援護してやってくれとな。間に合って良かったよ。ここは俺が引き受ける。お前たちは魔導士を倒しにいけ!」

「はい!」


 アトランタは痛みをこらえて立ち上がる。ラトスが来てくれた! その思いで痛みをこらえながら、敵をどんどんと斬っていく。 


「うおおおお!」


 ラトスはアトランタが行ったのを確認し、マドリンガに向かって剣を振る。


「ふん!」


 マドリンガはそれを受ける。


「ふむ、なるほど」


 マドリンガは頷く。


「何がなるほどなんだー!?」


 ラトスは追撃する。


「お前は剣聖の側近の一人、ラトスで間違いないか?」

「何を当たり前のことを言っている。当たり前だろ」

「ならばお前を倒したら、我が軍の勝利へ大きく前進することになるな」

「仮に、俺を倒せたらな」


 ラトスは剣を高くあげて降ろす。


「倒せるさ」


 そしてマドリンガはそれを防ぐ。


「あいにく俺は魔法をあまり使えないのでね、技術で圧倒してやる」

「魔法が得意ではない……か、俺とは違うな」


 そしてラトスは炎の壁を作りマドリンガにぶつける。


「別に魔法が使えないとは言っていないぞ」


 マドリンガは剣に水を纏って炎壁を打ち消す。


「なるほどぉ!」


 ラトスはマドリンガの隙をついて、すぐさま力を込めて斬りにかかる。


「ふん!」


 マドリンガはそれをぎりぎりで受ける。


「これだけと思うな!」


 ラトスは炎の球を空に浮かばして、それをマドリンガにぶつける。


「なるほど!」


 マドリンガは地を足で蹴って後ろに下がり、炎の球は無情にも地面にぶつかった。


「ふん!」


 だが、ラトスは休む暇もなく攻めたてる。


「少しぐらいは休ませてもらいたい物だがね!」


 マドリンガはその猛攻を凌ごうと頑張って剣をふるい、ぎりぎりでその全てを受けきる。


「これだけと思うか!」


 ラトスは再び後ろから炎壁を生み出し、それを移動させ、マドリンガにぶつけようとする。


「なるほど二対一にしたいわけだね」

「別に二対一ではないだろう」


 そう言ってラトスは攻めたて、マドリンガは地を蹴って、後ろへと自身の体を動かす。


「無駄だ!」


 ラトスは自分の進むスピードに合わせて炎壁を動かす。


「なるほど、だが、剣で斬ればいいだけだろう」

「そうはさせん」


 そしてラトスは目の前に行く。


「邪魔だ!」


 マドリンガは大ぶりの剣をぶつける。


「ふん!」


 ラトスはその剣を受ける。


「くそ!」


 そしてまた地を蹴って後ろに下がる。しかし、もう後ろには別の味方の兵士がいた。


「もう下がれないか……」


これ以上下がったら、味方にまで被害が及ぶ。それを避けるために、あえて炎壁を受け入れた。


「痛う」


 マドリンガはそれで大ダメージを受けた。

 マドリンガは思った。こいつはヒョウギリ様にも届きうる実力だと。実際剣も魔法も両方使えるようなやつはこの世界では少ない。

 大体片方しか実践レベルには使えないのだ。マドリンガはもう魔法はほぼ最初から捨てて、剣だけで上を目指そうとしたのだ。しかし、ヒョウギリに負け、今回はラトスに負けた。剣だけを鍛えても、剣だけでそれを超える人がいる。

だが、マドリンガはまだ自分は負けていないと思った。

そして、こちらに向かってくるラトスを斬る! その思いで剣を構える。

そしてラトスがマドリンガを斬る直前に、剣で、ラトスの体を突き刺す。だが、それは肩だった。そう、ぎりぎりでラトスは急所を避けたのだ。


「いってえなあ」


そう言いつつ、ラトスは剣でマドリンガの体に剣を突き刺す。


「はあ、やっぱり世界は広いなぁ」


 そしてマドリンガは口から血をたらし、そのまあ地面に転がる。


「首をもらっていくぞ」


 そしてラトスは首を切り取った。


「さてと、あっちはどうかな?」


 と、ラトスはちらりと見る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る