第22話 移動

 

「ふう、勝ってよかったね!」


 そう、マドリクの死体の前で笑顔でユウナは言った。


 それに対し、ルベンはため息をつきながら言った。


「まあこれで終わりではないんだがな」


 と。そして続けて言う。


「確かにここは重要な場所だ。しかし、まだ氷山の一角にしか過ぎない」

「たしか、あの国にはまだヒュウギリ将軍や、マンゴラス将軍がいましたよね」


 そう、ウェルツが言った。ヒョウギリ将軍もマンゴラス将軍も実力者だ。ヒョウギリは若くして活躍しており、前の戦争でも活躍した記録が残っている。ほーランド包囲戦はヒョウギリにかなりやられたと言っても過言じゃない。

 そう、敵の中で一番か二番目に恐ろしい敵だ。


 マンゴラスはベテランの戦士だ。衰えた今、戦闘能力は全盛期に比べたら大したことはないが、そのカリスマ性や、覇気を利用して軍の士気を高めている。実際マンゴラスの軍は個々の実力が高い。


「まあそこらへんが有名だろう。ついでに言えば今日倒した奴も隊長レベルではない」

「それは俺も知ってます。有名なやつではなかったみたいですし」

「ああ、だが、無名ながらここまで強いやつがいたということは向こう側にはまだ無名で強いやつがいるかもしれないということだ」

「たしかに、そうなれば有名どころい以外にも強いやつがいる可能性がありますよね」


 リンドのような未知の存在が。


「そういう事なんだ。だが、こちらにもいる。ユウナがな」


 そう言って、ルベンはユウナの背中をさすった。


「え、私?」


 ユウナは明らかに動揺した。まあ完成体だけど、まさか急に名指しで言われるとは思わなかった。


「ああ、お前はすごい力を持っている。もし成長したら敵の国の体調レベルにも勝てるようになるかもしれないんだ」

「そうかな」

「そう謙遜するな。お前は敵の指揮官を無事倒しただろ」

「それはあいつが弱かっただけじゃないの?」


 ユウナには大した相手には思えなかった。ルベンとリンドの戦いを見たあとにマドリクの動きを見ると、やけに遅く見えたのだ。


「まあそうだが、それでもお前はよくやってくれたよ」

「そう、ありがとう」


 ユウナは照れたような顔をした。ウェルツがそれに対してツッコむと、ユウナはすぐさま否定した。「勘違いでしょ?」と。




「今日は徒歩で移動なの?」


 次の戦場への移動中にユウナが言った。


「我慢しろ。大人数を運べる大きさの馬車なんて存在してないからな」

「そうなんだ」


 そして十分ほど歩いた後、


「疲れたー」


 と、ユウナがぼやいた。


「まだ少ししかたってないぞ」

「今でどれくらい?」

「まだ五分の一程度の距離だ」

「まだそんな距離? 無理だよ。疲れたー。車いす用意してよ」

「歩けるようになってしまった自分を恨むんだな」


 そうウェルツはニヤリと笑う。


「ちぇ、じゃあおんぶして」

「あのなあ、俺だって疲れてるんだよ。自分だけが疲れていると思うな」

「そんなこと言わないでよ」

「もう少し頑張る努力をしろ」


 そしてユウナは諦めたように、無言で歩いていく。




「着いたー! 休憩していい?」


 そう、ユウナが言った。二時間ほど歩いてきたのだ。もうユウナの足はもう限界だ。


「いいけど、おまえこれからが本番ってこと忘れてないか?」

「忘れてる!」

「たく」


 ウェルツはユウナのお気楽加減に若干呆れた。



「皆の者、十分の休憩の後、戦闘に加わる。存分に休め」


 そのルベンの言葉に従い、ユウナは「やったー!!」と叫んだあと、皆で休みに入る。



 そして束の間の休息が終わった。


「よしみんな! ここの戦闘に参加する! ここを破られてしまったら、町に被害が出てしまう。戦争の被害、それはすなわち強盗に殺人に強姦。これらの行為をさせる訳にはいかん。ここを守り抜くぞー!」

「おー!」


 ルベンがいい終わるとすぐに歓声が沸いた。


「よし、ユウナ行くぞ」

「うん!」



「ルベンさん。少しいい?」

「なんだ?」

「私がまず一掃する」


 そしてユウナは巨大な火球を生み出す。


「いけー!」


 そしてそれは敵陣に落ちる。


「グアアああああああ」


 敵の兵士の鳴き声が聞こえる。


「やった!」

「よし、いけー!」


 そして前衛の兵士が攻めに向かっていく。その光景を見てルベンは数秒空いた口が閉まらなかった。確かに先制攻撃は禁止とかはされていない。だが、敵の兵士、魔導士全員なす術もなくやられた。おそらく向こうにあるのはただの死体だろう。恐ろしい少女だ。


「行くぞー!」


 ユウナは叫ぶ。


「ユウナ」

「なに?」

「この先は行かない方がいい」

「なんで?」

「見たくないものを見てしまうことになるからだ。見る覚悟があるのなら行けばいい。ただ、無いのであれば絶対に行くな」


 ユウナは「なるほど」と小声で言った。ウェルツは私が絶望するのを恐れているんだと、すぐに分かったからだ。


「たぶウェルツさんが考えてることわかるんだ。だからこそ私は行かなければならない。そう実感しているんだ」


 ウェルツはそれを聞いて(まただ)とそう心の中で呟いた。


 普段はわがままでどうしようも無いユウナだが、たまに大人みたいになるのだ。


 前にその話をした時は完成体だからかなとはぐらかされたが、これは違う。完成体だから、それも事実だが、ユウナは他の人よりも絶望を味わっている。だから、こう言う普通じゃない状況に強いのだ。


「ユウナ」

「ん?」

「分かった。行け」

「ありがとうウェルツさん!」


 そしてユウナは抱きつく。


「はやく行かないと怒られるぞ」

「うん!」



 そして、兵士たちを追い、先へ進む。


「なにこれ」

「おまえも覚悟してただろ」


 そこには焼け落ちて顔の形が残ってない死体や、四肢がもがれている死体など、様々なものがあった。


「これがおまえの選んだ選択だ」

「うん、そうだよね。戦争だもん、仕方ないよね」


 そうユウナは小声で呟く。


「無理するな。いざとなれば休め。お前はもう十分手柄をあげている。休みたいと言っても少しだったら許してくれるはずだ」

「違うの」

「ん?」

「私は進まなくちゃ。ここにいる兵士たちのためにも。私の仇の組織を滅ぼすためにも。立ち止まらないの」

「分かった。俺もサポートするよ。その元組織の、クズとしてな」

「ウェルツさんはクズとか言わないでよ。私は看守さんはもう仇とは思ってないよ」

「そうだな。進もう」


 そして最前線に向かう。


「おい、なんだよこれ」

「ああ、もうその子の攻撃で敵陣はほぼ壊滅状態だったんだ。勝ったんだよ」


 そうそばにいた兵士が答えた。


「ねえ、こんなにあっさりしてていいの?」

「さっきのところが激戦だったからな。だが、素直に喜べ」

「うん」

「急報です。剣聖が敵の隊長ヒュウギリを打ちました!」

「なんだと」


 それはルベンをはじめとしたその場にいたほとんどの人に衝撃を与えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る