第16話 完成体

「ねえ、ウェルツさん」


 宿のベッドに寝ころびながらユウナが言った。


「私って、もう強いのかな?」

「もう強いのかな? って?」

「だって今日いい感じだったじゃん」

「まあ、強いっちゃあ強いが、あまり油断はするなよ。才能があるとはいえ、お前はまだ子供なんだ」

「……うん」



 だが、ウェルツはそれをよしとしていいのか悩んでいた。


 ユウナが強くなっているのは事実だが、それはつまり真の完成体へと近づいて行っているということだ。完成体になれば、その意識、その自我は完全に乗っ取られ、ユウナとしての人格は死に向かう事になる。


 たしかにウェルツはもともとはユウナを完成体にすることを目的として活動してきた。だが、今のウェルツはユウナを自分の子どものように大事に思っている。


 この旅の目的は、ユウナを保護すると共に、組織を壊滅させることもある。


 だが、組織がやっていることも一概には悪とは言えない。魔王軍の復活、それ自体は真近に迫っている。それは事実なのだから。


 真の完成体はその力だけで、万の軍に匹敵すると言われている。組織は、魔王軍に対抗するために完成体を作り上げようとしているのだ。


 ユウナは知らないのだ、その、完成体が完成したときに、人格が消えるということを。


「ウェルツさーん。ウェルツさーん。あれ、どうかしたのかなあ」

「……ユウナ?」

「そうだよ。なんで急に考え込んでるの?」

「何もない」


 そう言って、ウェルツは立ち上がろうとした。


「ねえ、それじゃあ、分からないよ。どうしたの? 普通じゃないよ」

「いや、まあ本当に考え事をしてただけだ。そんなユウナが心配することじゃない」

「本当?」

「本当だ」


 正確には嘘だけどなとウェルツは心の中で呟く。そしてユウナをなで、外へ出る。


「どうしたの?」

「いや、外に出るだけだ」

「分かった」


 そう、ユウナはウェルツを見送った。


 そして「絶対怪しい」とユウナは呟いた。


「絶対隠しことしてるって」


 考えられるのはユウナが覚醒したことに関係するという事だろう。


 普通に考えたら、いいことのはずなんだけど……ウェルツさんがあんな顔をするということは……もしかして。


 そう思い、ユウナは部屋から出て、ウェルツを走って追いかける。いくら覚醒の影響で筋肉が復活したとはいえ、まだそこまで速く走れるような状態ではないのだが。


「ウェルツさん!!!」


 ユウナは、ベンチに座っていたウェルツに話しかける。


「ああ、ユウナか」


 ウェルツは、振り返る。


「ねえ、わたしって……真の完成体になると何か問題でもあるの?」

「……」


 ウェルツはそれを聞いて、バレたか!?と心で思った。そしてユウナのその言葉に対して上手い嘘が思いつかず、無言だった。


「ねえ、教えてよ! フェアじゃないよ。それって」

「……言えない」

「ねえ!」

「……」

「はあ、教えてくれないなら……」


 ユウナは腕をウェルツの肩の方に持っていき、


「これでもくらえ!」


 と、脇をものすごい勢いでくすぐる。


「何をするんだ」


 と言いながら、ウェルツは苦しい顔をする。


「拷問。言わなきゃずっとこれするから」

「本当に何もないんだ」

「えーほんとー?」

「本当だ」


 ウェルツは嘘をついている。だが、その嘘はユウナにはたいして効いていない、ユウナを引き下がらせるまでに至っていない。


 ユウナはもう、躊躇っていない、ウェルツの嘘を暴くことを。


「ねえ!」

「……分かった。話すよ」

「それでよろしい!」

「……実は、お前は真の完成体になると、死ぬんだ」

「え……?」


 ユウナは明らかな動揺を見せた。完成体になり切ったら死ぬ? ユウナには全く意味が分からなかった。


「もし、お前が完成体になったら、別人格がお前を支配する。そしていらなくなった元の人格はきれいさっぱりと消え去る。それが記憶喪失的なものなのかどうかはわからない。だが、一つ言えることは……」

「ウェルツさんはそれを分かってて私を戦わせてたってこと?」

「そう追うことになる。だが、俺はお前を大事に思っている。それに完成体とは言ったが、完成体になるには条件がある。もしお前がそうならなければ絶対に大丈夫だ。どんなに強くなろうとな。それにお前が嫌ならもう戦わなくても良い」

「……それはほんとうなの? 私が普通にしてたら完成体にならないって」

「……ああ」

「じゃあ、そんな深刻な顔をする必要ないじゃん、でも、そんな顔をするってことは、そういう事だよね」


 ユウナはウェルツの矛盾に気づいた。そしてその矛盾を追求する。大丈夫なのに、真剣な顔をする必要なんてない。


「だな」

「嘘じゃん」


 ユウナは素早くツッコむ。ウェルツの嘘笑いなどユウナには通用しない。


「ああ、可能性がゼロなわけでもないしな。さっき言ったことはあくまでの、組織の研究結果だ。そこを心配しているだけだ」

「なるほどね。でも、大丈夫でしょ。きっと」

「お前、楽観的だな」

「……あと、一応条件だけ言っておく。それは絶望した時だ。絶望したときに真の完成体になる」

「ならさ、私大丈夫じゃない? 私楽観的だし」

「まあな。でもお前さっきの覚醒って」


 それを聴いたとたんユウナははっとした。確かに、さっきの戦いユウナははっきりと絶望した。それを続ければ、死 ぬ。その言葉はユウナに重くのしかかる。そしてユウナは口を閉ざした。


「じゃあ、暫く戦うのやめるか?」


 その光景を見たウェルツが見かねてそう言う。


「もう私が分からない」

「分かった」


 そう言ってウェルツはユウナをなでた。優しく、ユウナが安心できるように。


「てかさ、もしかして私、拘束されてたのって、絶望を与えるため?」

「……まあ、そう言う側面もある」

「そっか」


 そう言うユウナをもう一度なでる。


「本当にすまなかった、ユウナ」


 と、言いながら。


「だから、もう、過ぎた話じゃん。今更怒らないよ」


 そしてその日は二人でゆっくりと過ごした。

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