第13話 アリと余所者

 次の朝、最悪の気分で俺は目を覚ました。


 正直、学校なんて行きたくない。「餌落とし」が終わるまでは、ずっと家にこもっていたいくらいだ。


 ……だが、俺には「餌落とし」を見届ける義務がある。だから、学校に行かなくてはいけないし、「餌落とし」が終わるまで、千影と関わっていく必要があるのだ。


 着替えを終えて、リビングにやってきても、どことなく、父さんや母さんもぎこちない対応に思える。


 俺は適当に朝食を食べ終えて、玄関の扉を開ける。


「どうも」


 口の端を釣り上げるかのように微笑んでいる少女が家の前にいた。


「美波……か」


「なんですか。残念そうですね。あぁ。カゲロウ様はもう学校に行きましたよ。餌と一緒に、ね」


 ニンマリと嬉しそうな笑みを浮かべる美波。そんなことはわかっている……と言いたかったが、にらみつけるだけでやめておいた。


「……ん? あれ、誰ですかね?」


 美波が怪訝そうな顔で前方を見ている。と、たしかに少し離れた場所に人影があった。


 村というものは恐ろしいもので、どんなに離れた所にいてもそれが誰であるかわかってしまう程に人間寛解は狭い。


 しかし、その人影は俺には誰かわからなかったし、目と耳が人一倍良いはずの美波にさえわからないようだった。


 と、人影が俺と美波の方に近づいてきた。それは……スーツ姿の若い女性だった。


 髪を後ろで一つにまとめた、俺や美波より5、6才は年上だろうか、大学を出て少し経ったくらいの感じ……のような人だった。


「君たち、この村の人?」


 女性は笑顔で俺と美波に話しかける。美波と俺は顔を見合わせる。


「……えぇ。まぁ、そうですが。アナタは?」


 美波が明らかに警戒心を全開にしてそう尋ねる。


「え? あはは……。私、竹石美代っていうの。東京から来たんだ」


「……はぁ。東京、ですか」


「その……えっと……あ。あった」


 そう言ってスーツのポケットを探っていたかと思うと、竹石は俺と美波に一枚ずつ小さい髪を渡してきた。


「……『探偵 竹石美代』……お姉さん、探偵なんですか?」


 ますます怪訝そうな顔で美波は竹石のことを見る。竹石は恥ずかしそうに苦笑いする。


「あはは……。うん。一応、ね。それである人を探してこの村まで来たんだ。まぁ、これは探偵としてではなくて、単純に私個人の人探しなんだけどね……」


 そう言って少し寂しそうな顔をする竹石。


「そうですか。では、私の家に行くといいですよ」


「へ? アナタの家?」


「はい。私、この村の村長の孫娘なので」


 呆気にとられている女探偵に対して、美波は道の先を指差す。


「このまままっすぐ行った先の家です。他の家より大きいのですぐわかりますよ。有吉っていう表札もありますから」


「あ……ありがとう! えっと……有吉……」


「美波です。有吉美波」


 と、一転して微笑みさえ浮かべながら美波は竹石にそう言った。


「ありがとう、美波ちゃん! じゃあ、行ってくるね!」


 そう言って竹石は俺と美波に手を振ってそのまま走って行ってしまった。


 その後姿を見ていたかと思うと、美波はいきなり懐からスマホを取り出し、電話をかけているようだった。


「……あぁ。兄様ですか? ……えぇ。東京から来たと言っていました。はい……。そうですね。お爺様に対応を……、はい……。お願いします。では」


 どうやら、有吉家の兄と話しているらしい。スマホを懐にしまうと、美波は俺に顔を向けてくる。


「こんなときに余所者ですって。面白くなりそうですね」


「……お前のこと、俺、心底怖いって思うよ」


 俺がそう言うとなぜか美波は満足そうに微笑む。


 俺と美波はそのまま学校に向かうためのバス停に向ったのだった。

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