第12話 アリと過去

 家に帰った後もあまり穏やかな気分ではいられなかった。


 なんとなくこれからのことが気になってしまう。ベッドに横になりながら、暗い部屋で天井を見て、眠りにつくのを待っている。


 ふと、千影の笑顔を思い出す。無邪気な千影の笑顔……その直後に、二年前のことが思い出される。


「……うっ」


 思わず気分が悪くなってしまった。二年前あったことと、そして、その結果……。


 思い出したくないが、思い出す必要がある。一体なぜ、あんなことが置きたのか。そして、その理由とは一体何なのか……。


「……俺が独りで考えても仕方ないことか」


 俺はそれ以上は考えるのをやめ、目を閉じる。程なくして、俺は眠りについた。


 しかし、驚く程に意識は冴えていた。俺は夢を見ている。それが夢だと理解していた。


 夢の中で俺は、薄羽神社の境内にやってきていた。そのまま本殿の方へ進んでいく。


 本能的にそのまま進んではいけないとそう自分自身に呼びかけているのがわかる。

 

 しかし、まるでなにかに操られているかのように、自分の体が勝手に動いていた。


 本殿の扉を開くと、広い空間が広がっている。そして、奥の方に何やら……人影が見える。


 人影はうずくまっているように見える。その人影の後ろ姿……見覚えがあった。


 またしても勝手に足が動いていく。そして、その人影のすぐ後ろまで来ると、足が止まった。


 人影は一生懸命に何かを食べている……ように見える。


 しかし、ガリッという音やゴリッという音はおおよそ、何かまともなものを食べている音ではない。


 と、人影がものを食べるのが止まった。そして、人影はゆっくりとこちらへ振り返る。


 あぁ……、後ろ姿からしてわかっていたが、まさに其の人影こそ――


「あれ? どうしたの、士郎君」


 キョトンとした顔で俺の方を見ているのは……千影だった。俺は返事をせずに千影を見ている。


 というより、何も言葉を話せなかった。千影は顔中真っ赤……いや、着ている服にも赤黒い液体が飛び散っている。


 それが人の血液であることは……俺にもよくわかった。


「あ! 士郎君もお腹減っているのかな? ほら、これ、食べる?」


 そう言って千影が嬉しそうに差し出してきたのは、食べかけの……人の腕なのであった。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 俺は思わず大きな声を出してしまった。そして、其れと同時に自分が自室で飛び起きたことを理解する。


 真夜中。真っ暗な中で間抜けに自分は飛び起きてしまったようだ。


 と、ガチャリと自室の扉が開く。


「……大丈夫?」


 扉の隙間から母さんの声が聞こえてきた。俺は「うん、大丈夫」と短く答える。


「……その、何か困ったことがあったら……お父さんやお母さんを頼ってね」


「うん。大丈夫だよ」


 ……頼れるわけがない。この村の住民である以上、俺が抱えている問題は、俺以外がどうにか出来る問題ではない。


 それがたとえ、家族であっても、だ。


 俺はベッドに腰掛けて、大きく息を吐き出す。


 ……大丈夫。これは初めての経験じゃない。俺は一度経験しているから大丈夫なんだ。


 俺は何度も自分に言い聞かせる。


「……千影」


 小さく、情けなくそうつぶやきながら、俺は目を瞑ったのであった。

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