第11話 アリと悲しみ

「あはは……。いや、なんかちょっと神社に行きたいなぁ、って。ここ、私の家みたいなところだし」


「……お前の家は別にあるだろ。わざわざあの長い石段を登ってここまで……何の目的もないのに来たってわけか?」


 俺がそう言うと千影は恥ずかしそうに頷いた。まぁ、実際千影はこの神社が好きだし、独りでいるときもちょくちょく来ているようである。


「というか、士郎君こそ、ここで何してたの?」


「……まぁ、お前と同じだよ。別に目的なんてない」


「え~。じゃあ、私のこと悪く言えないじゃん」


 不満そうにそういう千影。俺は少し笑ってしまった。それにつられて千影も微笑む。


「フフッ。今日は楽しかったな。佐伯君も良い人っぽいし」


 その名前を聞いて、俺は急に嫌な気分になる。


「……千影。お前……佐伯のこと、良い人だと思うのか?」


「うん! 私が村を案内するときもとても楽しそうに聞いてくれたし……。士郎君は、佐伯君のこと良い人じゃないって思うの?」


 少し不安そうにそういう千影。無論、良い人ではないだろう。佐伯の千影への態度はどう考えても下心があってのことだ。


 本当ならば佐伯には気をつけろと警告したい……心の中ではそう叫んでいた。


 しかし――


「……いや、悪い人ではないだろうよ」


 俺はなんとかそう言った。ここで千影が佐伯に対して警戒心を持つのは「餌落とし」の進行に支障をきたしかねない。


「そうだよね! 佐伯君、あんまり勉強できないから勉強も私に教えて、だって!」


「……お前もそんなに勉強できないだろ」


「そ、そんなことないよ! 士郎君がいなくても、佐伯君に勉強を教えてあげるし」


 千影はそう言って嬉しそうな顔をする。


「……良かった。士郎君。今日なんだか元気がなかったから」


「……あぁ。そうかもな」


「でも、少し元気になってくれたみたいだし……。もう帰る?」


 そう言われて俺は少し迷ったが、小さく頷いた。


「それじゃ、帰ろう」


 俺と千影は並んで歩きながら、鳥居を抜け、階段を降りた。


 こうして並んで歩けるのも、今日で最後かもしれない……そんな悲しい気分になりながらも、俺は千影と話すときはなるべく笑顔で答え、家まで見送ったのであった。

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