第2話 アリと不安

 バスに乗り込んで俺と千影は並んで座った。


「転校生ってどんな人かな? どこから来るのかな?」


 無邪気にそう言う千影。俺は何も答えなかった。


 今年でようやく俺たちも卒業……、何もないままに終わってくれると思っていたが……そうはならないのかもしれない。


「……分からない。千影は不安じゃないのか?」


「え? 不安? なんで?」


「……知らないヤツが外から来るんだぞ? 不安だろ?」


 俺がそう言うと千影は笑顔で俺のことを見返す。


「う~ん……、でも仲良くなれたら、嬉しいでしょ? だから、不安よりワクワクが大きいかなぁ」


 千影は本当に嬉しそうだった。俺は何も言えなかった。


 転校生が来る……。しかも、こんな時期に。


 神様に嫌がらせされているとしか思えなかった。


 その後は、俺も千影も話さなかった。バスに揺られながら、学校にたどり着くのを待つ。


 転校生が女ならば……何も問題はない。千影の言う通り、仲良くするのもいいだろう。


 俺は外から来た人間は苦手だから、関わりたくはないが、好きにすればいい。


 しかし、問題なのは……男だった場合である。


「ねぇ、士郎君」


 千影に話しかけられているのに気付いて、俺は我に返る。


「士郎君は、卒業後はどうするの?」


 いきなりそんなことを聞かれて、俺は戸惑った。


「……さぁ。村に残るのだけは、確かじゃないか」


「え? そうなの? 進学とかは、しないの?」


「……あぁ。親も村に残って欲しいって感じだしな」


 ……違う。村に残って欲しいなんて、言われていない。


 村から……出られないのだ。少なくとも俺は今後絶対に村を出ることはできない。


「そうなんだ。う~ん……私は村の外にも行ってみたいかなぁ」


 千影は無邪気にそういう。


 そんなの無理なんだよ、とは言えなかった。


 千影も俺も村の外には出ることはできない。それこそ、蟻地獄に入ったアリが、二度と外に出ることができないように。


「もしさ、私が村の外で暮らすようになっても、時々は帰ってきて、士郎君の顔、見に来るよ」


「……あぁ。それなら、安心だな」


 俺はまったく心の籠もっていない返事を、千影にした。それでも千影は嬉しそうに微笑んでいる。


 そんな折に、バスが大きく揺れながら、ゆっくりと停止した。どうやら学校に着いたようだ。


「あ。着いたよ。士郎君、行こう!」


 そう言って、飛び出すように立ち上がる千影。俺の方はむしろ立ち上がるのも大変だった。


 と、バスの乗降口までやってくると、いつのまにか、一番前の席に一人の少女が座っているのが見える。


 髪を短く切りそろえた、一見すると男子のような少女だ。


「転校生。男ですよ」


 俺がそいつの脇を通り過ぎようとするときに、小さくそう話しかけられた。俺は思わずそいつの顔を見返してしまう。


「対応、対策が必要です」


 少女は深刻そうな顔で俺にそう言った。俺は何も言わずに少女を見ている。


「士郎君! 早く!」


 バスの外から千影にそう言われ、俺は慌ててバスを降りる。振り返ると、少し経ってから、少女もバスを降りてきていた。


 少女に話しかけられたことを俺は反芻する。そして……それがおそらく真実だということを踏まえて、深く絶望したのだった。

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