アリとカゲロウ

味噌わさび

第1話 アリと予感

 神社の境内の裏手。


 誰も来ないような場所で、俺、有田士郎はしゃがみ込んでいた。


 すり鉢場の穴。そして、その穴の中でもがいている蟻がいる。


 蟻がアリジゴクに落ちているのだ。もう助からない。


 もがいている蟻もわかっているのだろう。自分は助からない、と。


 それでもその小さな地獄からなんとか這い出そうと努力しているだけ、蟻は偉い。


 そう思うからこそ、俺はその様子をじっと見つめているのだ。


「士郎君?」


 背後から聞こえてくる声に俺は振り返る。


 長い綺麗な神、白い肌、そして、すらっとした背丈……。


 小さく、醜く、目立たない……おおよそ、俺のような人間とは正反対の女の子が立っていた。


「何しているの?」


「……地獄を見ている」


「え? ……あぁ。蟻地獄かぁ。好きだよね、士郎君」


 苦笑いしながらその少女はそう言う。


「……千影は」


「士郎君のこと、探してたんだよ。いつも神社に来るのに、見当たらないから」


 俺は立ち上がる。そして、今一度眼の前の少女を見る。


 薄羽千影。この薄羽神社で一人暮らしをしている少女。


 巫女……のようなものだと、本人は言っている。父母もいないが、身の回りのことは全て自分でできている。


 そして――


「学校、行こう。遅れちゃうよ」


 笑顔でそういう彼女。彼女の笑顔はとても美しい。


 俺にとっては眩しすぎるくらいに。


「……そうだな」


 俺はそのまま神社の鳥居の下をくぐって石階段を降りていく。少し後を千影がついてくる。


「今年も暑いね……。去年もこんなに暑かったかな?」


 千影が眩しそうに、夏に入りかけている太陽を見上げながらそう言う。


 ……変わらない。今年も去年も同じような暑さだ。


 そして、俺も千影も変わらない。去年も今年も。


 階段を降りきって、すぐ近くにあるバス停で立ち止まる。俺と千影の通う学校は、ここから一時間に一度しかないバスで、30分程かかる。


「そういえば、今日、転校生が来るって!」


 急に嬉しそうにそういう千影。俺は思わず目を見開いてしまった。


 セミの声が騒がしくて、煩い。


 更に暑くなってきた気がする。汗が流れてくる。


 俺は漠然とした不安……というより、予感に襲われたのであった。

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