第4話 無限階段の噂
黒ずんでいる木製の階段を一段ずつ、生まれたての子鹿のようにカツカツと昇っていった僕らは、壁や床、天井を懐中電灯で照らしながら眺めた。木目の模様が一瞬顔っぽく見えた僕は、少しドキッとしながらも堪え、直ぐに皆と上に昇っていった。そうして一番上の三階に到達した僕は、廊下の窓から見える外のいつもと変わらない校庭の景色を見て、内心ホッとした。
「(はぁ〜...良かった。やっぱりそんな噂なんてなかったんだ。)」
「ちぇっ、いっこも怖うなかったで。何かつまらんな〜。おい芝。この噂、本当なんか?」野手くんはそう言って芝さんに言い寄った。芝さんはそう言い寄る野手くんにボソボソと小さな声で呟いた。
「別に...噂だから本当とかないし...第一、本当だったら一番ビビるのあなたでしょ。」
「なんじゃと!?わしがビビリって言いたいのか、お前!!」ボロボロに言われて芝さんに手を出そうとした野手くんに、早瀬君と水野さんは慌てて間に入って仲裁に入った。
「ま、まぁまぁ野手くん...!入ったことない旧校舎の探検が出来たんだし、それでもう良いじゃないか。ねぇ、水野さん?」
「そうじゃ、そねーにかっかせんの!ほら、芝さんも言い過ぎよ!仲直り仲直り。」
「っ...」不機嫌そうな顔をして腕を組んだ野手くんと下を見て俯く芝さん、その間でタジタジになる二人を傍観していた僕は、少しだけ気まずい雰囲気になった。
「...はぁ。まぁええ、早う帰るで。こねーなとこにおって、大人に気付かれたらマズイ。」数秒の重い無言を切り抜けた野手くんは、そのまま階段をズカズカと降りて行った。他の僕ら4人もそれについていくように降りていく。そうやって階段を数十段降りた時、先頭の野手君が突然、今度は顔を真っ青にして立ち止まった。不思議に思った僕は、先頭の野手くんに早く行くように急かす。
「...ん?どうしたんだ野手君。ほら、早く降りて帰ろうよ。」
「ち...違う、ないんじゃよ。」
「ない?何のこと?」そう聞くと、野手君は目の前の変哲も無い壁を指さして僕らに告げる。
「ここにあった、2階の廊下への出口がないんじゃよ...!」
「え?そんな訳...。っ!み...皆、コレ!!」後ろに居た早瀬君がそう言って、懐中電灯で壁の上にある数字を照らした。そこには確かに『2』と書かれていた。つまり、ここは2階の階段の入口だった事を証明する絶対的な証拠だったのだ。
「え...!?嘘、どうなっちょるの!?」
「何で!?確かに2階はあったのに!!」目の前で起きている意味不明な怪奇現象に驚く僕と水野さんの隣で、芝さんが一人ボソボソと呟き始めた。
「まさか、これ...この現象が、噂の『無限階段』なんじゃ...!?」それを聞いた野手くんは怒鳴るように言った。
「ば、ばかな事言うんじゃねぇ!!そねーな噂、絶対にありえんって!!」額に冷や汗をかいていた野手君は、下に続いていた階段を駆け足で降りた。僕らもそれと同じ様に降りるが、目の前には同じような黒い壁、そして『2』の文字が刻まれた天井があるだけだった。
「ど...どうしよう...僕ら、この階段に閉じ込められちゃったよ!!」
「そんな...まさかあの噂が本当だったなんて...一体どうすれば...」早瀬君がそう呟くと、今度は上から『ドン...ドン...』という大きな足音と、不気味な笑い声が遠くに聞こえてきた。
「アハハハ...アハハハ...!」
「だ、誰じゃ!?」
「アハハハ!良いじゃん良いじゃん!!皆これで良いじゃん!!」その次の瞬間、上から黒くドロドロな巨体で赤い大きな目をした、明らかにこの世の物とは思えない異形の化け物がノソノソと階段を這って降りてきたのだ。
「ボクトイッショニ、コノカイダンデ、ズットズットアソボウヨ!!」
「な...何アレ何アレ!?」
「あ、アレが『階段お化け』だわ!!早く、皆下に逃げて!!」芝さんのその声で、僕ら五人は一斉に、階段を飛ぶように走って降りた。周りの壁は化け物が触れていたところから黒ずみを一層に増し、その階段お化けは、笑いながら階段を転がり落ちるようにして僕らを追いかけてきた。
「アハハハハハハ!!マッテ、マッテヨミンナー!」
「おいどうするんじゃ芝!!ここから脱出する方法やら知らんのかよ!?」
「知らないわよそんなの!!とりあえず、あの化け物からは何が何でも逃げないと!」
「逃げるってどこにじゃ!?出口はどこにもないんじゃぞ!」先頭で言い合う二人をよそに、後続組の僕と水野さん、早瀬君は息を切らして走っていた。
「はぁ...はぁ...マズイ、このままじゃ追いつかれる...!」
「春斗!後ろを見るな!もうそこまで来てる!」
「はぁ...はぁ...、あっ!!」その時、僕の隣に居た水野さんが踊り場のところでつまずき、その場に倒れてしまったのだ。
「うっ!い、痛...」
「水野さん!!...だ、大丈夫!?立てそう?」後ろに居た早瀬君がすぐに助けに行くが、どうやら転んだ拍子に足を捻挫したようで、とてもすぐに動けそうな様子ではなかった。そうしている間に、あの化け物の声は段々と大きくなっている。
「コロンジャッタノ!?コロンジャッタノ!?ダイジョウブダイジョウブ!!ボクモソノイタミ、スゴォクワカルンダァ...」
「おい何しよるんだお前ら!!早う来い!」
「無理だよ!!水野さんが転んで動けないんだ!!」僕がそう言っていると、階段お化けは赤い目をもっと血走らせて、すぐ目の前まで迫り寄ってきた。
「ホラァ...コッチ、コッチ...」
「ひっ...イヤ、助けて!!」
「くっ...駄目だ、怖さで引けて動けない...!」
「(二人が殺される...い、嫌だ...!!)」目の前の恐怖を前に目を瞑っていると、暗闇から白矢が飛んできたように、僕の頭の中に誰かが語りかけてきた。
「窓を壊して。」
「えっ?」
「奥の赤い窓を壊して。」
「う、うおおおお!!」その聞き覚えのある声に動かされた僕は、手に持っていた懐中電灯を化け物の奥にあった赤いステンドグラスに向かって勢いよく投げた。そのガラスがバリンという音とともに割れた瞬間、外からとても眩しい光が差し込み、階段お化けの黒い体がみるみるうちに崩れていったのだ。
「グァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!ア゙ツイ、ア゙ツイィィイ!!!」
「な...何じゃ!?何したんじゃお前!?」
「え...い、いや...」良く分からずもじもじしていると、立っていた階段が突然グラグラし始める。それと同時に周りの壁にもヒビが入り始めたのだ。
「マズイ、階段が崩れ始めてる!その窓から外に出よう!!」
「うお〜〜!!」早瀬君に言われて、僕らは眩しい窓の外へ一気に飛び出した。
「い。...お〜い、君たち〜?」再び、聞き馴染みのある声に呼ばれて気が付くと、空はもう真っ赤な茜色になっていた。僕らは校庭で全員、倒れるように寝ていたらしい。目の前には、学校の先生が首を傾げて立っていた。
「あ...せ、先生!?」
「君たち、今何時だと思ってんだ?もう17時は過ぎたぞ。ほら、よい子の鐘が聞こえなかったのかい?」
「え...?い、いや...その、ごめんなさい...(あれは...夢だったのか?)」そう思って旧校舎の階段の窓をパっと振り返る。あの赤いステンドグラスの窓は、そもそもその校舎にはついていなかった。
「...17時?...あ!!マズイ、もうこねーな時間かよ!お母ちゃんに叱られる!じゃ、じゃあな、お前ら!」そう言って野手君は手を振りつつ、全速力で走って帰っていった。
「...僕らも、帰ろうか。」
「そ...そうじゃの...」残りの僕ら四人も、そのまま解散して学校を後にした。
帰り道、最後に水野さんと二人になった時に、僕はちょっと彼女にあの校舎での事について訊くことにした。
「...ね、ねぇ。水野さん。」
「ん?どうしたの?」
「アレって...やっぱり夢だったのかな?ほら、水野さんの足の怪我もなくなってるし、割れた窓だってそもそもなかったしさ!」
「...」すると数秒無言になって、水野さんは僕の手を指さしこう言った。
「多分...いや、きっと現実じゃ。だってそれ...」
「へ?...えっ!?」僕の手には、電球が割れて使えなくなった懐中電灯が、ちゃんと握られてあったのだ。
その日の夜、おばあちゃんにあの噂の事を尋ねてみると、どうやら数十年前、あの校舎の階段で追いかけっ子をして遊んでいる時に、一人の男の子がつまずいて転落し、そのまま亡くなってしまうという事故があったらしい。もしかするとあの無限階段は、その子の霊が作り出した思い出の遊び場なのかもしれない。そしてあの階段お化けが、その子の成れの果てだったのかもしれない...
その日はお母さんとお父さんの部屋で一緒に寝た。僕の絶対に忘れない思い出の一つになった、あの出来事を頭で必死に考えないようにしながら...
外の風鈴は虫のさざめきと共に、暗闇の中で静かに響いていた...
彼岸の華子さん 川野 毬藻 @kawano_marimo
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