1-9 パンティフェチズマー襲来

「それでは、早速、力のお披露目といこうじゃないか」


 ルキがそう宣言し、バッと両手を挙げた時である。


 まるで、映画のシーンが切り替わるかのように、景色が変わった。


 小綺麗なマンションの一室から、荒涼とした土木工事現場へと。


「はぁ⁉」


 自分の足が、茶色く湿った土を踏んでいるのを見て、みさきは叫んだ。


「やだ。ばっちぃ」


 しほは、地面に触れないように、ルホの背中で三角座りをして避難する。


「てめぇ! どういうこったこれは!」


 挨拶代わりにみさきの前蹴りが飛んでくるのを、ルキはひらりと躱して、


「暴れるな阿呆。なぁに。吾輩たちと『契約』して得た力を、早速使わせてやろうというのだよ」


 彼、あるいは彼女は、指をぱちんと鳴らす。


 背後。


 工事現場に点在していたコンテナのひとつが、がたんと音を立てて開いた。


「いわゆる、チュートリアルというやつである」


 ふしゅうと、息が漏れる音がした。


 獣の息遣いのようなものが、コンテナの暗がりから漏れて聞こえる。


 がたりと揺れて、ずるりと何かが這ってきた。


「なんだよ、ありゃあ……」


 陽光の下に現れたそいつの姿を見て、みさきは絶句する。


「Pg、PGAAAAAAAAAAA!」


 そいつは、青空の下に出るなり、天へと向けて咆哮を上げた。


 尖った頭部に、長い舌。太い尻尾を携えて、ふさふさした毛に覆われた四足獣。


 コンテナの中にミチミチに詰め込まれていたのは、大きな大きな、オオアリクイであった。


 しかも、力士でも持て余すようなサイズ感の、純白のブリーフを履いている!


「パンツを……パンツを、寄越せぇええええええええええ!」


 さらに人語を喋るときた。


 どこからどう見ても立派な珍獣である。


「うぉい! なんだあの変態ファッキンアニマルは!」


「あれも、フェチズマーである。吾輩たちよりも、ずっと浅い性癖の小粒だがな」


「さしずめ、パンティフェチズマーといったところでしょうか! 下着に欲情する性癖の煮こごりです!」


「なぜ、あのような動物の見た目をしているの?」


「それだけ、あいつの性癖が浅く、理性が薄いということだ。吾輩たちのようなメジャーな性癖ともなれば、ある程度の理性を備えて、ヒトの姿にもなれる。だが、あいつは、ただ己の欲求を満たすことしか考えていない獣だ。だからあの姿止まりなのだろうよ」


「なんで、オオアリクイの見た目なんだよ」


「それは吾輩も知らぬ」


 そんなやり取りを交わしている間に、のっしのっしと、目を血走らせたパンティフェチズマーが向かってきた。


「嗅がせてくれぇええええええええええ!」


「ッ! クソがッ!」


 みさきは手近な石を全力投球して威嚇を図るが、オオアリクイは、顔面に直撃してもなんのその、そのスピードを緩めない。


「無駄だ。あの小粒でも、ヒトの姿のままではどうにもならん」


「じゃあ、どうしろってんだよ!」


 その言葉を待っていたかのように、ルキはにいっと笑ってみせた。


「力を使うのだ。性癖の使者、『フェチピュア』としてな」


「……なんだよ、そのダッセぇ名前は」


「シラを切るな。時間の無駄だ。吾輩と『契約』した時に、その力の扱い方は叩き込まれたはずである」


「……」


 みさきは黙る。図星だ。


 確かに、彼女は理解していた。『フェチピュア』になるための手段と、そして、その代償について。


 だが、その条件は、彼女にとっては、あまりにも——、


「別に、その小粒に凌辱される道を選んでも構わんぞ。それはそれで、吾輩の欲求は満たせそうだからな」


 みさきは、額に汗を浮かべながら、オオアリクイを見やる。


「付着した汚れを舐め取らせてくれええええええええええ!」


 粘液をまとった舌が、渦を巻きながらこちらへ向かってくる。


 気持ちが悪い、と、みさきは思った。


 どうして、いつも、あたしたちばかり、こんな、ド変態どもに……ッ!


「ああッ! もうッ!」


 決意とフラストレーションの波が同時に襲って、みさきは叫んだ。


 しほを、見る。


「しほ! あたしは、やる! どんな姿になってでも、あんたを守るから!」


 しほは、笑う。


「知ってた」


 そして、言う。


「私を、置いて行かないでね」


「……ああ、墜ちるときは、二人一緒だ」


「じゃあ、抱っこ」


「うん」


 しほは、甘えん坊の三歳児のように、みさきの身体に手を伸ばす。


 みさきは、しほを抱きかかえ、


 しほは、みさきの首筋に手を伸ばす。


 一心同体となった二人は、接近するオオアリクイを睨む。


「いくよ、しほ」


「ええ、みさき」


 そして二人は、性癖の使者、フェチピュアの力を得るための、合言葉を口にする。



「「変態!」」



 途端。

 まばゆい光が、二人を包んだ。

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