1-2 ファッキンディックと夜の街
「ああ、やったわね、みさき」
しほは、自分を気遣ってくれたにも関わらず、動かぬ粗大ゴミと化してしまったチャラ男を見て、独りごちた。
残った二人が、みさきを睨んで口喚く。
「お前ッ! よっちゃんになにをするんだ!」
「俺たちは、ただ家出少女を保護しようとしただけなのに!」
「うっせぇぞ! 黙ってろ腐れキンタマ共が!」
だが、みさきは、そんな彼らになど目もくれず、暗がりで佇むしほに顔を向けた。
「しほ! あんた! またこんな無茶して!」
しほは、満足そうに目を細めて、微笑んだ。
「なんのことかしら? 私はうっかり夜の街に迷い込んで、声をかけられてしまっただけよ?」
「どうやったら、こんなショッキングピンクのネオン街に迷い込むんだよ!」
「不思議な雰囲気を持つネズミさんについていったら、いつの間にか、よ」
「ただのドブネズミだそりゃ!」
二人は、ギャラリーなんぞなんのそので、痴話喧嘩を始める。
「それはそうと、みさき。あなた、また、暴力を振るってしまったわね。しかも、今回は、至って善良な人たちだったというのに」
「ああん?」
みさきは、そこで初めて、チャラ男たちに目を向けた。
狂犬のような眼光が残った二人に向けられ、彼らは揃ってぞくりとした。
「こいつらのどこが善良なんだよ! どっからどう見ても、精子に足が生えたような連中じゃんか!」
「人は見た目によらないものよ」
「いーや! 嘘だね! あたしがいなきゃ、クソオス共の餌食になってたね!」
「私、学がないからよくわからないのだけれど、餌食というのは、例えばどんなことかしら?」
「強姦! 輪姦! からのシャブ漬けコースだよ!」
見当違いな偏見を向けられ、たまらずチャラ男が口を挟む。
「そんなことするかい!」
「そうだ! 俺は天国のバアちゃんに顔を見せるって決めてんだ!」
「ファッキンチンポは黙ってろ! もぐぞ!」
みさきが、守るようにしほの肩を抱き、犬歯を剥き出しにして、チャラ男たちを威嚇する。
これ以上刺激すると、本当に股間に手を伸ばして引きちぎってしまいそうな勢いだったので、そこでようやく、しほは動いた。
彼女は、グルルと唸るみさきに、デコピンをした。
「みさき。落ち着いて。彼らは本当に、善良な人たちよ。この街には、珍しく、ね」
「……本当かぁ?」
「本当よ。私の言葉が、信じられない?」
「夜の街にわざわざ出向いて、ナンパ待ちするようなヤツの言葉なんか信じられるかよ」
「ひどいわ。みさき。私に消えない傷を負わせたくせに、更に私の心まで傷つけようとするのね。えーん。えーん」
しほは、猿芝居もいいところな泣き真似をしてみせた。
「おい! お嬢ちゃん泣いてんじゃねぇか!」
「助けに来たなら泣かせるんじゃねぇよ!」
やいやいと、チャラ男たちはヤジを飛ばす。
その様子を見て、さすがのみさきも気がついた。
「どうも、本当に、悪い奴らじゃなさそうだな」
「だから、最初からそう言ってるじゃない。ほら、彼らに言う事があるんじゃないの?」
「……ちっ」
みさきはそこで舌打ちを一つして、頭を掻いた。
そして、深々と頭を下げる。
「いきなり暴力を振るって、すんませんでした。ケジメは受け入れます。なんでもします。ただし、あたしだけが。殴るなり犯すなり、好きにしやがってください」
みさきは、しばらく前傾姿勢で停止して、顔を上げた。
その目には覚悟が宿っており、その言葉が嘘偽りではないことを物語っていた。握った拳が震えていた。
背後で、しほが、ニヤついた目で、それを見ていた。
「……本当に、なんでもするんだな?」
その声を上げたのは、ゴミ山からなんとか復帰したチャラ男、通称よっちゃんである。
「よ、よっちゃん! 大丈夫なのか⁉」
「頭打ってるかもしれないから、病院で精密検査受けたほうがいいぜ!」
「いや……大丈夫だ。絶妙にゴミ山がクッションになって、ケガ一つしてねぇ。あのヤンチャ娘、猪突猛進かと思いきや、ちゃんと計算して俺を蹴り飛ばしていた」
「さすがの分析力だな、よっちゃん」
「六年間の進研ゼミは伊達じゃねぇさ。それよりも、おい、ヤンチャ娘。お前に、一つ、命令させろ」
よっちゃんが、指をびしりとみさきへ向けた。
みさきの表情が、こわばる。唇をぎりりと結んで、屈辱を受け入れようとしていた。
よっちゃんは言った。
「そこのお嬢ちゃんを、ちゃんと家まで送り届けろ」
「……は?」
「聞こえなかったか? 家まで、送り届けろと言ったんだ」
「いや、それはもちろん守るけどさ。それだけで、いいの?」
「ああん⁉ それだけって何だよ! 超重要なミッションだろ! いいか! 絶対に、二人一緒に動くんだぞ! 俺らみたいなのに絡まれたら、とりあえず大声上げろよ! お前も女の子なんだからな! 無理はするな! あと、」
「よっちゃん。そのくらいにしておこうぜ」
「そうそう。心配なのはわかるけどよ、あんまり長いと説教みたいになっちまう」
「ちっ」
仲間の言葉を受けて、よっちゃんはそこで口を閉じた。
「とにかく! 気をつけて帰るんだぞ!」
それだけ言い残し、チャラ男達は背を向けて、ピンク色の夜の街へと歩みだした。
「みさき」
しほが、肘でみさきを小突いた。
みさきは、そこでようやく、はっとした。
「ありがとうございました!」
彼女は再び、深々と頭を下げた。
彼らが雑踏の中へ消えていくまで、そうしていた。
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