エピソード1 あたしたちが変態⁉ ふざけんな!

1-1 みさきと、しほ

 高校二年生の前園まえぞのみさきは、走っていた。


 仕事帰りのサラリーマンや、浮かれた大学生たちが増え始めた夜の通りを、人混みかき分け、一心不乱に、走っていた。


 短く切り揃えた茶髪も、通学用のショルダーバックも、膝丈までのスカートも、すべて後ろになびかせ、走っていた。


 彼女が目指すはただ一点。


 先程、歩道橋のてっぺんから目視で確認した、ある暗がりだ。


 飲み屋のキャッチの脇をすり抜け、パパ活カップルの間に割って入り、違法駐輪の自転車飛び越え、ようやく、その現場が見えてきた。





 高校二年生の佐渡ヶ原さどがはらしほは、背後の隘路あいろへと一歩、後ずさった。


「へっへっへ。お嬢ちゃん。こんな夜遅くに一人は危ないぜぇ」


「そうだぜ。ここは、勝手知ったる俺たちと一緒に、イイことして遊ぼうぜぇ」


 軽薄さが体中からにじみ出ているようなチャラ男たちに囲まれ、また一歩、後ずさった。


 ネオンの明かりが届かぬ暗がりへ。


 まるで、自ら猛獣の巣穴に飛び込むかのような足取りだった。


「イイこと、というのは、どんなものでしょうか」


 しほの表情は、どちらかというと、期待の色に染まっていた。


「へへっ。あそこに、激安の殿堂が見えるな?」


「見えますね」


「あそこで、店頭の焼き芋を買って食うんだ」


「……はぁ」


「へへっ。どうせお嬢ちゃん、見たことはあっても買ったことはねぇだろ」


「結構ウマいんだぜ。一個まるごとはキツいだろうから、俺とはんぶんこしようや」


「それだけ、ですか?」


「もちろんそれだけじゃねぇ。ガチャガチャだって回そうぜ」


「いまいち用途がわかんねぇ雑貨を買うのもいいな」


「はぁ」


 今度の「はぁ」は相槌ではなく、溜息であった。


 しほは、がっかりした様子を隠そうともせず、口を開く。


「人は見かけによらないとは、このことですね。残念です。さすがに、善良な方々を巻き込んでしまうのは、面白みに欠けますね」


 表通りのほうから、微かに、人の怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。続けて、女性の甲高い悲鳴。


 これはまずいと、しほは続けた。


「これは、忠告です。あなたたち、早くこの場から立ち去りなさい。さもないと、きっと、痛い目を見ることになるわ」


「へっへっへ。そうはいかねぇ」


「いたいけなお嬢ちゃんをこんなトコに置いて、ノコノコ帰れるかってんだ」


 足音。激しい呼吸音。


「知りませんよ。本当に」


 しほは呆れ顔で、また、溜息ついた。


 その時である。



「オッラァッ‼」



 チャラ男の一人に、ドロップキックが飛んできた。


「うげふッ!」


 横槍ならぬ横ドロップキックをまともに喰らった彼は、はじき出されるように飛んでいった。


 ドブネズミが餌を漁っていたゴミ捨て場へと、頭からダイブ。


 疾風怒濤の勢いで飛んできた影は、蹴りの反動で宙返りした後、猫のように静かに着地した。


 前園みさきが、佐渡ヶ原しほのもとにたどり着いたのだ。



「あんたらッ! 人の女に、手ぇ出してんじゃねぇッ!」



 みさきの、ドスを効かせたハスキーボイスが、路地裏に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る