file.19 クズ

 どうやらドクターの薬は、一度意識を瞬時に飛ばしてリセットすることで、眠気を覚ませる薬のようだ。


 まるでパソコンを再起動するかのような感じだね。


「よしワトソン、早速始めようか」

「そうですね。まずは照合を開始します」


 言うワトソンは、あらかじめドクターに聞いたこの病院内にいるアンドロイドの総数と、現在院内にいるアンドロイド数が一致するかを確認する。


 当院は人間用の病院のため、医療従事者しかアンドロイドはいない。


 人工知能が発する信号で、アンドロイドが何体いるかを把握するようだ。


「マスター、聞いていた数より信号が多いです」

「おっと、やはりそうか」

「どう言うことだ? 医療従事型のアンドロイドは追加導入していないが? それにアンドロイドがここに来ている記録もないぞ」


 ドクターに支給されているデバイスでは来院状況が確認できるらしく、それを見ている。


「ワトソン、増えた数は十で間違いないかな?」

「ええ、マスターの想像通りです」


 可能性が確信に変わった。

 この事件、間違いなくあいつが絡んでいるね。


「探偵、それって……」

「ああ、お察しの通り。暴れた患者とピッタリ同じ数だよ」


 考えられるのは、人工知能を患者の体内に埋め込み、特殊な信号で人体を操った線。普通ならこんな発想には至らないが、あの自称宿敵ならやりかねない。


 まだ不確定要素が多すぎる相手だからこそ、これは確信になっている。皮肉な話だね。


「理解が追いつかないぞ探偵、探偵助手」


 医療関係以外では脳筋気味なドクターは、この状況をうまく飲み込めていないようだ。


「ドクター、簡潔に説明するとね。暴れた人の共通点は、担当医が同じなんだよ」

「誰だそれは」

「阿瀬桐人って人だよ」


 ワトソンがデバイスを渡すと同時に俺が名前を言うと、ドクターは眉間に皺が濃く浮かんだ。


「ドクター……? どこ行くのかな……?」

「すごい圧ですね。今にも人を殺めそうです」

「俺嫌だよ? 知り合いの罪を暴くの」

「私も嫌ですよ、でもドクターはトリックなしで殺めそうで私たちの出番はなさそうですよね」


 確かに、殺した後に堂々と警察署に出頭しそうなんだよね。


「いやいや、そんなこと言っている時間すらないから! 追いかけるよワトソン」

「承知しました」


 メラメラと怒りを発したままツカツカと早歩きするドクターの背中を追いかける。

 患者の好奇の目にさらされながらもドクターに追いついたその瞬間には、一歩遅かったことを悟った。


「ひ、ひぃぃ!!??」


 たどり着いた病室内で、悲痛の叫びが響いている。


「い、伊集院先生!? な、ななな何を!?」

「とぼけるな、殺すぞ」


 やばい、止めないと。ドクターが殺害予告と殺人未遂で逮捕されてしまう。


「ドクター! ストップ! 暴力じゃ何も生まれないよ」


 阿瀬に振り下ろした拳を再び構えるドクターは、今にもトドメを刺しそうな勢いだ。


 そんなドクターを抑え込むので精一杯な俺にかわり、ワトソンが阿瀬の前に堂々と立ち塞がっている。


「ネタは全て割れてますよ。あなたが人間に小型コンピューターを仕込み、暴走させた張本人ですね?」

「なぜそんなことをしたんだ阿瀬」

「し、証拠は!? 証拠はあるのか!? 第一、部外者が許可なく診察前の診察室に入ってはいけません!」


 明らかな動揺を見せる阿瀬。

 冷や汗を流しつつ、手に持った小さなハンカチでこまめに拭いながら取り繕っている。


「証拠なら――」


 ワトソンがデバイスで、信号をキャッチしたことを見せようとしたところ、音速のように早いパンチが、阿瀬の肋骨を砕いた。


「ぎ……ぎゃあああああ……!! ほ、骨――!」

「騒ぐな、お前が自供するまでワタシは拳を止めない」


 もはやドクターを捕まえるべきなんじゃないだろうか。

 人を痛めつける快感で笑顔になるとかならちょいとヤバいやつで片付くのに、ドクターは表情をぴくりとも変えず拳を振り下ろしているのが一番怖い


「た、たのまれただけなんだぁ!!」

「……?」

「突然やってきた青年に金を渡されて、患者の体内に小型コンピューターを埋め込めば追加で報酬をくれるって言われただけなんだ!」


 その青年はおそらくあの自称宿敵だろうな。だが今回の事件は、ただこの人が都合よく利用されただけか。


「医療従事者としての責任はないのか?」


 自供したにも関わらずまだ拳を振るドクターは、相当お怒りのようだ。

 白衣が少し返り血でよがれていることすら気付いていない。


「金の方が……大事だったんだ……!」

「ふざけるな、私欲のために患者を危険な目に遭わせる医師がいていいはずないだろ。他の人も巻き込む大事だぞ。恥を知れ」


 普段は声を荒げず、死んだ目のドクターだが、今回ばから少し声を上げている。

 このまま静観していたら本当にドクターに前科が付随してしまう。今でもすでに前科がつきそうだけど、まぁ……何とかなる……か?


「ドクター、これ以上は恥を知る前に死を知っちゃうよ」


 暴れる獰猛な右腕を掴み、強制的に動きを封じたが、阿瀬はすでに意識を飛ばしかけている。


「ふむ。少しやりすぎたか」

「「少し……?」」


 自分を顧みて反省するような態度を見せるドクターだが、どうにも自己分析が苦手なようだ。思わずワトソンとハモってしまった。


 驚いて目を丸くしたのはワトソン的に初体験じゃないだろうか。


「ま、まぁとにかく? この件は一件落着だね。俺たち要らなかった気がするけど」


 ドクターが力技で解決してしまい、頭脳でクールに解決する場面がなかったのだから、俺たちの存在意義が奪われた事件だったな。


「探偵たちのおかげでクズを制裁できた。助かったぞ」

「ドクターがそう言うならもうなんでもいいや」


 ドクターが助かったと言ってくれるなら、今回はそれだけでいいかもね。


 完全に伸びている阿瀬にゆっくりと近づき、軽く頬をペチペチと叩いてみる。


「おーい、聞こえる?」

「……」


 今度はやや強めにペチンと頬を叩いてみる。


「意識ある?」

「……」

「マスター、一応脈はありますが心拍数が危険値ですね」


 すっと阿瀬の手首に手を当てて簡易的にバイタルチェックを行うワトソン。


「まぁここ病院だしなんとかなるでしょ。ドクター、診れる?」


 ここは素人判断ではなく、プロの人に任せるのが最適解だろう。クズとは言えど、人命には変わりないしね。


 俺の言葉に対して明らかに不機嫌な表情を浮かべながら、白衣のポケットに手を突っ込んで阿瀬の元へ向かう。


「こんなクズにやるのは勿体無いが、診察はしたくないから仕方ないか……」


 言って白衣から取り出したのは、謎調合の液体が入った小瓶。

 その小瓶の栓を強引に引き抜き、息絶えそう阿瀬の口にねじ込んだ。


 ドポドポと流れ込んでいく液体に明らかに苦しむ阿瀬の肉体は、ビクビクと小刻みに震えている。


「うわぁ……ちょっと酷じゃない?」

「マスター、人命救助中ですよ。静かに」


 どう見ても人命救助と言うよりは、拷問や死体撃ちのように思える。


「探偵、なんとか意識は戻ったみたいだぞ」

「医療従事者がこんなにも荒療治でいいのかい?」


 罪のないただの患者にはおそらく普通の医療を施しているのだろう。そう思い込み、俺は意識がまだ朦朧としている阿瀬の頭を掴んで、グラグラと揺らす首を安定させる。

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