file.18 初食事
「――ワトソン、晩酌しよう」
「いえ、私に食事は……いや、違いますね。今は食事が摂れるんですね」
いつもの癖からか、断ろうとするワトソンだったが、自身が食事に適応したことを思い出したようだ。
根本の機械という点はどうしても覆せず、食べなきゃ死ぬわけじゃないので食事を取る必要性は皆無だが、食べられるなら食べたほうが美味しいし楽しい。
味覚も機械的にではあるが搭載しているので、娯楽としては十分だと思う。
「俺特製、市販の素を使った本格野菜炒め! これをビールで流し込む瞬間が最高なんだ」
「……市販の野菜炒めの素はマスターの特製にはならないと思いますよ」
コトンとワトソンの前に置いて、俺も向き合うようにしてワトソンの前へ座る。
缶ビールを一本手渡し、プシュッと豪快に開封する。
「一日お疲れ様! 乾杯!」
「乾杯」
今までの労働を労うように乾杯し、俺は大きな一口で半分ほど缶を空けたのに対し、ワトソンは缶ビールを飲まずに箸へと持ち変える。
「お、早速食べてくれる?」
「ええ。マスターがせっかく改造してくれて、慣れない料理までしてくれたので。最初に味わうのはこれがいいです」
言うとワトソンは箸を、野菜炒めの入った大皿へと進め、キャベツと肉を丁寧に挟み上げる。
ふわりと持ち上げ、タレがこぼれないように小皿を受けつつ口へ運ぶワトソンは頬張った後、妖艶に口の横をペロリとひと舐めして見せる。
ドクターのおかげで血色が人間と同じになったことで、妖艶さが上昇しているのを実感した。
「マスター、すごく美味しいです」
「……おっと、それはすごく嬉しい言葉だよ」
手で口元を覆いながら、目を輝かせてくれるワトソンを見て俺は、改造を決意して良かったと改めて実感する。
それと同時に、俺より料理の上手なワトソンが、俺の野菜炒めに感動していることがすごく嬉しい。
「言っていた通り、この料理はこんなにもこの飲み物と会うんですね。濃いめの味付けの野菜炒めを、シュワッとする炭酸と少しの苦味で絶妙に調和が取れて素晴らしいです」
「美味しそうに食べるね。俺は満足だよ」
味を分析して語る姿に、グルメリポーターの道もありでは? なんて錯覚してしまう。
でも流石にこの即席でここまで喜ばれると、もっといいものを食べさせるべきだったかも知れないと感じてしまう。
いやでも……最初からいいものの味を覚えるのは教育上良くないね。これで良かった、ってことにしておこう。
「マスターが食事を楽しむ理由がわかった気がします」
「生活の基本は食事だからね。朝は三人でご飯食べられるからもっと美味しいよ」
あと数時間踏ん張って朝になれば、真音の作る朝食を三人で食べられる。つまり美味しが三倍。
これを糧に頑張れそう。
「さ、腹ごしらえも終わったし」
ぐーっと背筋を伸ばし、疲れ気味の体をリラックスさせる。
「もうひと頑張りしますか」
「はい、まずは一連の事件の共通点を把握する必要があると思います」
ワトソンのいう通り、事件の解決はまず共通点を見つけると見つけないとでは解決率が違う。
「分かっているのは二つ。急に暴れ出すのは人間の患者、条件は薬服用後から数時間後に発生するってこと」
「情報から判断するとなるとやはり、薬を何者かがすり替えていると考えるのが妥当かと」
だが、薬などの反応は出ていないとドクターが言っていた。となると他の線だが……。
「ドクターが人間って勘違いしているだけで実はアンドロイドとかない?」
「ないですね。全員手術歴のある、歴とした人間です」
「アンドロイドならハッキングとかの可能性も考慮できたんだけど、人間となるといよいよ分からないよ……」
思考を巡らせても、人間が急に暴れ出す理由が分からない。一人程度なら気が動転したで説明がつくかもしれないけれど、十人ともなるとなかなかそうはいかないだろう。
ありとあらゆる可能性を脳内で巡らせていくうちに、俺は一つ気づいてしまった。
「ワトソン、全員手術歴があるって?」
「ええ。ケースはさまざまですが、全員がそれなりに大きな手術を経験しています。これも共通点の一つですね」
手術するとなると、少なくとも体内に干渉する機会が発生する。
「手術の担当医は全員バラバラかい?」
「いえ、全員が阿瀬桐人という医師が担当しています」
その発言で、点がつながり線となった。
「ワトソン、明日にも解決できそうだね」
「ええ、マスターと私の推理が同じならば、明日に証明が可能です」
事件解決の未来が見えた俺たちは、少しの時間だけでも仮眠しておこうと、もう資料を全て閉じた。
明日のことは明日考えよう。
***
「よく来た」
「……う、ん……おはよ……ドクター」
「眠そうだな探偵」
重い瞼を押し上げるように目を見開くものの、やはりどうしても重すぎる。
遅くまで頭を使用していたことが影響しているのだろうか、これじゃあ精密な推理なんてできる気がしない。
「これ飲むか? 眠気覚ましにはぴったり」
手渡されたのは、ドクターの白衣のポケットから取り出された透明の小瓶。みた感じエナジードリンクのような半透明の黄色い液体。
「ありがたくいただくよ」
眠気を覚ませるならどんなに怪しかろうが、背に腹はかえられない。
ビンの栓をキュキュッと捻るように開けると、鼻の奥を突き刺すような鋭い臭いが漂ってくる。
「これ……体内に入れて大丈夫なやつかな?」
「ワタシ特製ドリンクだ、害のある成分は含有していない」
匂いがキツい方が効くのだろうか? 正露丸的な?
ごくりと生唾を飲み、一呼吸おかないと、どうしても口を付ける勇気が出ない。
「マスター、時間の無駄です。グイッとどうぞ」
無慈悲にも、ワトソンは俺の手を支えて、口ギリギリで保っていた小瓶の飲み口を一気に口へ接着させ、そのまま斜めに上げていく。
臭いが鼻を貫きながら、口内や食道内を暴れ回るのを実感する。
「…………ドクター。これ本当に人体に害ないのかな?」
小瓶とは言えど、一本も得体不明な液体を体内に入れると、不安にもなる。
そしてなぜか、全身がピリピリと疼いている。これ本当に、本当に大丈夫なやつ?
「安心しろ、体が痺れ始めて数秒でスッキリだ」
「なぜだろう、安心できる要素が見当たらない」
ジリジリと焦げ付くように体が熱くなりつつ、視界もぼやけ始めた。
「マスター、目の焦点が定まってませんよ? 大丈夫ですか?」
「心配するな探偵助手、そろそろ目が覚める」
「……っ! 視界が……!」
チカっと視界が白くぼやけ、ガクンと膝が地面についた感触。
「あれ……?」
瞼が軽い、なんなら体が軽快に動き、頭もいつもより冴えている気がする。
「ありがとうドクター、本当に効果あるんだねあの薬」
「ワタシは失敗作なんて作らない」
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