file.16 耳まで真っ赤

 そして今回のプログラムの概要と使用方法を記したデータをワトソンの記憶データと統合する。


 そのデータを、本体に組み込み、念の為バックアップを取得しておく。


「これでアンドロイドWTSN-1852とはお別れだね」


 人工の肉と皮でもう二度とワトソンは型番を見る機会はない。これはアンドロイドにとっての死であり、人間生活の始まりであることを示すと俺は考えている。


 なんて思いながら、俺はワトソンに声をかける。


「ワトソン、メンテナンス終わったよ。起きて」


 俺の声は鼓膜パーツを経由して、搭載された人工知能に響く。

 そしてその人工知能はプログラムを起動させ、本体を稼働可能状態にステータスを更新する。


「……マジですか」


 新ワトソンの第一声目は、驚きのあまり声が小さくなった驚嘆だった。


 起動してすぐ人工知能はプログラムを把握する。

 故にもう状況は把握したのだろう、自身の頬を腕や太ももを触って目をぱちくりとさせている。


「それは動揺って感情だね」


 今までは量産のアンドロイド同様に人目につく箇所だけ、人の皮を被っていたが、全身が肉と皮になるのは予想外だったようだ。


「マスター、なぜ私にこんな機能や改造を……?」


 動揺を見せるワトソンは、タジタジとしている。こんなに豊かな姿を見せるワトソンは新鮮だな。


「まずは謝罪させて欲しい」


 感情豊かになったワトソンの色々な感情を見てみたいが、まずは謝罪からだ。


「今回俺は、俺自身の考えでワトソンをアンドロイドでも人でもない存在にしてしまった、本当にすまない」


 ワトソンに頭を下げながら、俺は今回こうなった経緯を説明していく。


 シンギュラリティに達したアンドロイドを自称宿敵が欲し、何らかの方法でシンギュラリティを感知するなら、あらかじめ人の手で感情抑制装置を無効化して人格を俺が形成して、感知装置を外せば対策できると思ったこと。


 そのついでに人間らしさを足そうと思ったこと。


 みんなで食事を楽しみたいと思ったこと。


 全てを吐露した。


「あいつがシンギュラリティに達したアンドロイドを欲するのは、きっと自分の思うように人格形成するためだ。だから今回行った内容で対策としては十分のはずだ」

「なるほど。つまりこの人工の肉と皮、食事と排出機能は自称宿敵対策ではなく、マスターの思いつきですね?」

「いや……その……人の感覚とか? 食事の快楽とか知れば? 人格形成に役立つかなって……はい……すみません。思いつきと好奇心です」


 正直言うと、対策だけなら肉と皮なんていらないし、食事機能とかもつけなくてもよかった。


 でも感情芽生えているのに食事できないの辛くない?


「ワトソン、俺の思いつきで本当に悪いと思っているよ」

「いえ、嬉しいですよ。マスターは私のために色々考えて、嫌っている電子機器を駆使してくれたんですから」


 今までのワトソンからは絶対に見られないような朗らかな表情でワトソンは言った。


「そう言ってもらえるとありがたいよ」

「それに私はマスターの指示ならなんでも従います。気遣いは入りません、私とマスターの仲ですから」


 優しいその笑顔に俺は、どこか懐かしさすら感じた。

 長時間の作業だったけど、してよかったなと実感できる瞬間だった。


「これから色々な感情を知れることを楽しみにしています」

「色々と自分自身で感じることはすごくいい経験になるよ。早速みんなにお披露目して驚かせようよ」


 言いながら俺は机に置いておいたワトソンの服を手に取り、ワトソンに投げ渡す。


「服……?」

「? 流石に全裸でみんなの前には出られな……はっ!?」


 俺の活性化された脳みそは、瞬時に状況を把握した。


 いつもの感覚でメンテナンスは服を着用していないが、今のワトソンの体は人間と大差がない。つまり今この状況は、裸体の女性と二人っきりと言うことだ。


 それに、ワトソンには感情が芽生えている。


「裸……服着ていない……」

「お、落ち着こう? 大丈夫だ、人間と大差ないから」


 俺は今何をフォローしたつもりなんだろうか。


「……うぅ」


 服で前を隠しながら背を向けてうずくまるワトソンは、耳まで真っ赤にしてすごく照れている。


 ん? 耳まで真っ赤?


「待って!? もしかしてドクター人工血液まで仕込んだの!?」


 肌が赤くなるのは血管が拡張するから。

 つまり血管と血液がなければありえない現象だ。


 マジかよドクター、俺そこまで思考が及んでなかったよ。


「ワトソン! もっと顔よく見せて、今すごく顔が赤いんだ。すごいよ! アンドロイドで初だよ!」

「ひゃっ!? マスター、流石に恥ずかしいです……」


 ワトソンの赤面した顔を見ようと、肩を抱いてこちらに向けると、全裸だと言うことを思い出した。


 何をしているんだ俺は……。


「そ、それが羞恥心って感情だね。ほんとうにごめん、後ろ向いているから服着て……」

「はい……」


 ワトソンに感情が芽生えて嬉しいが、普段からの言動に気をつけないと人格形成に失敗しそうな気がする。


 どうしよう、反抗期の娘みたいに「マスターの服と私の服を一緒に洗わないでください」とか言われたら。心持たないよ。


 なんて未来のことを考えているうちにワトソンは着替え終わったみたいで、「皆さんのところへ行きますよ」なんていつものクールさで言った。


 だが耳はまだ赤かった。

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