file.13 嫌な予感
「――お前なぁ、俺に用があるなら直接連絡してこいよ」
「だってぇサプライズの方が楽しいでしょ?」
「相変わらずぶっ飛んでやがる。開発室内で伝説になってるお前が来たら仕事より気になる連中が出てくるだろ」
藤原くんのような人が複数人いるのだろうか。恐ろしいね。
「そもそも、セキュリティロックの権限を付与するのだってグレーだからな?」
「あのジジイがまだトップでしょ? なら大丈夫だよ。いつでも社内システム壊せるって脅しかけるから」
データ管理庁、長官――宝代丈。
サイバー開発室在籍時代からあのジジイはトップのくせに下っ端の俺によく絡んできた厄介な人物だ。
何度も衝突したが、それ故に俺は彼に威厳を感じない。
あれがトップのうちはここで何しても問題ないと思っている。
「テロリストじみてんな……んなことしたら俺含め他の従業員が路頭に迷うからやめやがれ」
「探偵事務所で働くかい?」
「パス」
俺の提案は、あっけなくキャンセルされてしまった。
探偵業も案外楽しいのに。
「で、本題は? あのワトソンとかいうアンドロイド絡みなのは分かるが、具体的に何があった?」
「本当に話が早くて助かるよ」
「事務所の地下にアンドロイドの整備環境を作った男は伊達じゃねぇだろ?」
フッとニヒルに笑いながら缶コーヒーをゴクゴクと飲み干すと、軽快な音を立てながら空き缶を机の上においた。
木原には感謝してもし足りないほど、俺は恩を感じている。
ワトソンを迎え入れたとき、整備が必要だった。たが、ただの探偵事務所にアンドロイドを整備する環境なんてあるはずなく、ダメ元で木原に相談した。
そのとき木原は深く訳を聞くわけでもなく、ただただ作業を行い、地下に整備環境を整えてくれた。
そのおかげで、俺たち語部探偵事務所の今がある。
「流石すぎるよ。そんな流石すぎる木原を見込んで、この人物に心当たりがないか尋ねたい」
スーツのポケットから雑に取り出したからか、少しシワの入った写真を一枚、机の上に木原が見やすい位置へと置く。
この写真は、あの日ワトソンが見た光景のワンシーン。
一番よく写っているものを選んだつもりだが、ほとんどがあまり認識できないものになっていた。
「以前、不気味な人物が俺たちの前に現れたんだよ」
「こいつがそうなのか?」
「ああ、俺やワトソンの素性を知っている素振りだったんだよね」
写真をまじまじと見ながら、話を聞く木原。
「なるほどな。その不審人物がここの職員ならデータは収拾できるってわけだ」
「そゆこと。もし違っても、何か得られることがあるかなと思ったしね」
木原に、ことの顛末を話し、まずはどのデータベースにも記録されていないかを検索してもらう。
そして次に、あの日の監視カメラデータを照合し、何時にどこにいたかという検証も行なってもらう。
「無理だ。何も見つからない」
「やはりそうか、そんな気はしていたよ」
頭を抱える木原は、データ管理庁のデータベースに記録されない人物が存在することに戦慄している。
「でもこれではっきりしたよ。その人物はおそらく個人的になんらかの技術を保持している」
「だろうな、あまりにも不自然すぎる。それに、シンギュラリティに達したアンドロイドを仲間と呼んだんだろ?」
「ああ、救いに来たともね」
それを聞いて木原は、何かに気づいたようにパソコンと向き合う。
カタカタと操作するのも程々に、ノートパソコンを俺に向けて画面を見るように促した。
「おっと……これは」
「シンギュラリティに達したアンドロイドは、ここ半年でかなり減ってる。シンギュラリティ到達の信号を自動的にデータへと落とし込む仕組みだから、入力ミスはない」
パソコンに映るのは、シンギュラリティ到達アンドロイドを可視化したグラフ。それを見れば、確かに半年で随分と激減していることがわかる。
「開発室の視点で見れば、安全性の高いアンドロイドを開発できていると言えるね」
「ああ。他の連中はそう喜んでたが、これは明らかに不自然だ」
「だね」
木原も最初はなんの違和感も覚えなかったようだが、それがしばらく続き疑問に感じていたらしい。そんな中今回の話を聞いて、点と点が繋がったようだ。
「もしお前の前に現れた不審人物が、なんらかの手法を用いるなら、シンギュラリティに到達する前のアンドロイドを国に把握される前に自身が知る技術もあると考えれないか?」
「……可能性は限りなく低い。しかし、完全に否定できるわけでもない。難解な問題だね」
これだけ調べ尽くしても、不確定要素が多すぎる。
本当に君は一体誰なんだい? 自称宿敵さん。
「まぁどうであれ、その不審人物は国にとっても警戒する人物なのは明確だろ。何かわかれば適宜連絡する」
「ああ、頼むよ。こっちも何かわかれば連絡する」
情報収集に関しては何も成果が得られずに終わったが、協力者が確保できたし、上々だろう。
ワトソンの不正アクセスはバレた時のリスクが怖いし、正々堂々アクセスできる立場の人間を巻き込めたのは大きい。
これで膨大な情報を網羅できる。それを駆使していずれ必ず尻尾をつかんでやる。
「お前のところのアンドロイド、ちゃんとメンテナンスしとけよ。狙われてんだろ?」
「うん、本気出そうと思っているよ」
「……嫌な予感しかしねぇな」
木原が何を想定しているのかはわからないが、嫌そうな表情を浮かべている。
俺はそんな木原に向かって無言で微笑み、そのままこの場を去って事務所へと帰宅する。
***
「お、うまそう」
「アタシ特性、愛情オムライス! ささ、ツムたそ! 召し上がれ♡」
データ管理庁から帰宅し、ワトソンと今回木原と話した件について認識合わせをしていると、自宅スペースからの「ご飯できた〜!」の声が事務所に響いた。
行ってみれば、綺麗に巻かれ、大きくハートがケチャップで描かれたオムライスが用意されていた。
「本当にワトたそいらないの?」
「うん、アンドロイドは食事を取らないからね」
「そっか……なんだか寂しいね」
テーブルには俺と真音の二人分のみが用意され、ワトソンは一人事務所に残り、書類を整理している。
寂しい、ね。それは俺も同意だよ。
仲間と食べるご飯ほど美味しいものはないからね。
「アンドロイドが浸透した社会だからこその悩みだね、時代が変わるといいんだけど」
「でもそのうちほぼ人間と変わらないアンドロイドも開発されるよね多分。シンギュラリティ? かなんかって結局は人間に近づくって意味でしょ? だったら食事もできそうじゃない?」
ははは、そんな捉え方をしている人もいるんだね。
「えーツムたそ笑顔じゃん! アタシおかしいこと言った?」
「いいや、和やかな発想だなって。確かに、シンギュラリティに達してアンドロイドたちと食事できれば楽しい世界になりそうだね」
実際には人間に近づくのは感情だけ。
体や体内の構造は以前機械のまま。だから、食事は一緒にすることは決して叶わない――ん? 叶わないか?
この時、俺の脳は全力で回転していた。
真音の何気ない発言と、木原に言われたワトソンのメンテナンス。
その二つが今俺の脳内でミックスされ、悪魔的発想が今誕生しようとしている。
これが最高にハイって状況か。
悪いね木原、嫌な予感的中だよ。
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