file.12 過去
「じゃあそこ使ってもらおうか」
「分かりました、案内します」
「引越しや転職の手続きも頼んでいい?」
環境が変わると、ルールで縛られたこの世界では色々な手続きが必要となる。複雑な手続きとなると、アンドロイドの精密な知能に任せると大変捗る。
「大丈夫です。諸々の手続きも並行して行います。今から出かけるのでしょう?」
「うん、ちょっと例の件でね」
俺たちの前に現れた危険な影。
加藤太一。偽名だと判明しているが、手がかりはそれしかない。
俺たちのことを把握しているとなると、データを網羅できる技術を持っている可能性が考えられる。
「ツムたそどっかいくの?」
「うん、前の職場に。知りたい情報がそこにあるかもしれないんだ。留守は頼んだよ二人とも」
「おまかせあれ!」
元気に応答する真音とは対照的に、いつも通りこなしますみたいな雰囲気のワトソンを事務所に残して、俺は大都心に位置する以前の職場へ向かう。
『もしもし? 久しぶり、語部だよ。あと三十分くらいで着くからセキュリティロックの解除権限をこのデバイスに付与しといて』
普段はワトソンが持つデバイスだが、今日は俺自身が携帯している。
なぜなら、セキュリティ解除は許可されたデバイスで行う必要があるからだ。
そんな端末で先行して、元部下に一方的に要件を告げ、俺を乗せたタクシーは着々と大きなビルへと近付いている。
アンドロイドや電子端末のデータを管理する、データ管理庁が所有する施設。
そこには様々な部署が存在し、そこのサイバー開発室に俺は過去に所属していた。
「良かった、まだ人望はあったみたいだね」
ビルの入り口で侵入を阻むセキュリティロックに対して、平然を装いながらデバイスをかざして入場する。
一方的な頼みを聞いてくれる程度には、まだなんとか慕われていたみたいで安心した。
「語部さん!」
「お、坂田くん。久しい、急な頼みを聞いてくれてありがとう」
俺が視界に入った途端、大きな声で呼びかけながらこちらに駆け寄ってくる人物こそが、急な頼みを聞いてくれた元部下の坂田くんだ。
「語部さんの思いつきと無茶振りにはもう慣れましたよ……開発プログラムを納品日当日に変更し出したり、勝手に社内システムいじり出したり……あの時は僕らも大変だったんですからね!?」
止まることのない今までの悪行がツラツラと耳に飛び込んでくる。本当にごめんよ。
「昔話はまた今度ね、開発室どこだっけ?」
「聞く気ないでしょ……。開発室の場所は突き当たりのところですよ」
「お、懐かしい光景だね」
昔いやと言うほど視界に焼き付けていた光景が、今この目に飛び込んでいる。
「呑気ですね、何かあったから来たんですよね?」
「あ、忘れるところだった」
懐かしい風景に、ついうっかり本題を見失いかけていた。
「実はね、今厄介なことに巻き込まれているだよね」
「なるほど? その厄介ごとをなすりつけに来たんですか?」
「随分人聞きが悪いね」
日頃の行いの成果、俺が持ってくる事象は全て厄介ごとと認識されてしまっているようだ。
「とりあえず開発室の中で話しましょう語部さん。最大限、力になれるよう頑張りますので」
「頼もしいよ」
デバイスを開発室のドアへ当てると、二重構造のそれが仰々しく解錠される。左右に引っ張られるように開くと、徐々に開発室の内部が見えてくる。
「だからそのシステムは!」
「いやいや! 違うから!」
大量の物でごちゃごちゃとした室内の中で、メンバー内の討論が白熱している。
「おぉ、やっているね」
「「語部さん!?」」
「やぁ、久しぶり」
討論する二人のうち一人は知人だが、もう一人はきっと俺が辞めた後に配属された人だろう。全く知らない顔だ。
なぜ俺は一方的に知られているのだろうか。
「お会いしたかったです! 本当にお会いできて光栄です! 伝説は色々と先輩方からお聞きしてます!」
「おっと、なかなか情熱的だね」
横で苦笑いする坂田くんに、何を話したんだと視線を送ると、困った様子で口を開いた。
「この子は勤続二年目の藤原くんです。開発室にいた風来坊の武勇伝を飲み会の席で話したらすっかり虜になったみたいで……」
「誰が風来坊だ」
みんな覚えておこうね。職場で突出した態度の人物は酒の席で話題にされて根も葉もない話が出回るからね。
「社内システムを無断で大幅に変えるなんて普通できませんよ! 痺れました! それに、開発室のドアも語部さんの趣味で作ったんですよね!? 発想もすごいですけど、実現できる技術力もすごいですよ!」
……風来坊かもしれない。客観的に聞くとだいぶ自由にしすぎじゃないか? 退職した後も話題にされるのも納得だね。
「こいつはぶっ飛んでっからな。同期として言わせてもらうが、こいつは誰よりも優秀で、誰よりもとち狂ってる」
「誰がとち狂っているって? 木原。ヒゲなんか生やしちゃって随分威厳出ているじゃない」
俺が開発室に入室した際に、藤原くんと言い合いしていた人物。
それは俺と同期入社の木原。
昔はガリガリのもやしだったのに今では小太りで髭が生えている。さては出世したな?
「今ではここの室長だからな。他に舐められないようの武器だこいつは」
ニッと笑いながら地震のヒゲを手で触る木原。舐められたくないからまず見た目を変える。きっとそう言うのが舐められるきっかけだと思うが、何も言わないでおこう。
相変わらずバカは健在で少し安心した。
「で? 開発室に何しに来たんだよ」
「あ、そうそう。人探しだよ」
言うと、ドア付近で俺の話を聞く三人は、呆気に取られたように口をあんぐりと開いている。
「語部さん、なぜ開発室で人探しを」
「坂田さん! きっと語部さんは意味があってここに来てると思います!」
「例のアンドロイド絡みだろ? 聞いてやる奥の部屋に来い」
「話が早くて助かる」
頭を抱えて呆れるそぶりをしながらも木原は、藤原くんたちに仕事に戻るように指示して奥の部屋へ歩いて行った。
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