file.11 landmine

「推定ですが二十代中盤女性ですね」

「一応行ってみるかい?」

「余計なトラブルは避けたいですが、仕方ありませんね。マスターはでしゃばりですから」


 随分ないいようだね。


 でしゃばり発言は一旦スルーし、叫び声がより大きく聞こえる方へ向かっていく。

 近づけば近づくほど、叫び声に言葉が混ぜられていることが分かる。


 内容を要約すると、どうやら地震の魅力に気付かない男にご立腹のようだ。


「どうしてよ! 毎回毎回! 最高にいい女じゃない!」


 地べたに座り込み、紫の髪を揺さぶりながら叫び続ける女性を発見したが、通り過ぎる方々は総じて避けて通っている。


 厄介な人間には関わりたくないという人間の心理だね。


「ワトソン、あの人すごく避けられているね」

「ええ、正直私も近付きたくありません」


 ……興味本位で来てみたものの、どうしよう。俺もあまり近付きたくない。


 世間体的に地雷と称される女性が好むと言われる、くすみ色のフリフリブラウスに、黒のミニスカート。


 ハーフツインの派手髪に、小さな黒リュック、そして黒の厚底シューズ。

 それにとどめのストロング缶。


 ごく稀に見かけるフル装備地雷女子が、自然公園の中心でシャウトしている。


 顔は見えず後ろ姿だけだが、容易に想像できてしまう。


 個人的に地雷系に抵抗はないが、実害のありそうな地雷系に自らの意思で関わるのは少し抵抗があるね。


「ワトソン、ここは同性どうしの方が心を開いてくれるんじゃないかな?」

「女性型と言うだけで、私に厳密な性別の括りはありませんので」


 くそ、俺が行くしかないのか。


「あの、お姉さん。少しいいですか?」

「どうしてアタシじゃダメなの!?」


 ダメだ、話にならない。


 声をかけても、ただひたすら不満をシャウトし続けるマシンかなにかだろうか?


「あの……」

「なに!? アタシがうるさいって!? 逮捕するならすれば!? もうほっといてよ!」


 肩部分が大胆に開いたブラウスから姿を見せる地雷女さんの肩は、小刻みに震え、まるで助けを求めるように感じた。


「俺には逮捕する権限が与えられていないので、ご期待には添えないです」

「じゃあなに!? どうせうるさいって文句言いにきたんでしょ! アパートで叫んだら大家さんに怒られるし、公園で叫んだら知らない人に怒られっし! ほんっと生きづらい!」


 ……相当ストレス溜まっているなこの人。

 バンバンと手のひらで地面を叩きつけながら駄々をこねる姿は、子供のように見える。


「素敵な服だとは思いますが、今の時間帯はご年配の方が多いですし、否定的なんじゃないですかね?」


 騒いでいる件に関しては一度触れず、服装で目を付けられているのでは? と可能性を提示しつつ俺は、羽織っているジャケットを地雷女さんにそのまま委ねた。


「アダジにやざじぐじないでよぉ……」


 先程まで怒り狂っていた姿はどこへ行ったのか、地雷女さんは床にボロボロと大粒の涙をこぼしている。


「マスター、深く関わるのは得策ではないかと」


 そっと俺に耳打ちするワトソンだが、時すでに遅しだと思う。


 なぜならすでに地雷女さんは、俺の方を向いてこんなことを言ったからだ。


「すごいタイプです! 一生尽くさせてください! なんでもします!」

「おっとぉ……?」


 バチンと大きな赤い瞳に、ぷっくり膨らんだ涙袋。黒いラインが濃く引かれた目元。


 全体的に目元がキラキラしているのに、さらにそれをキラキラさせながら猛火の如く熱い気持ちを全身全霊でぶつけてくる。


 周りから向けられる視線は地雷女さんから、俺へと切り替わり、なぜかいたたまれない気持ちにすらなってくる。


 横には無表情のワトソン、前方には顔を輝かせる地雷女さん。

 側から見ればただの修羅場にしか見えないぞ。


「人の目が痛いので一旦事務所来てくれますか?」

「はぁい♡」


   

 ***


   

「蘭堂真音! 二十五歳! 独身! 絶賛彼氏募集中です!」


 アンティークな雰囲気で統一している語部探偵事務所に、堂々と地雷が設置されてしまった。


「どうぞ、安い茶葉の紅茶ですが」

「わー! ありがとワトたそ!」

「構いませんよ、マイたそ」


 馴染んでいるね……。まさかワトソンの口から”たそ”なんてワードが飛び出す日がくるなんて、想像もしてなかった。


「ワトソン、ちょっとおいで」

「はい」


 地雷女さんが紅茶を飲みながらリラックスしている間に、俺はワトソンを自身の机のところへと呼び寄せる。


「ちょっと」

「なんでしょう」

「君近付きたくないって言っていたよね? 深く関わるのは得策ではないって言っていたよね?」


 ずいっと顔を近付けてじーっと瞳を見つめると、誤魔化すように綺麗な瞳を横へと逸らした。


「案外いい人でした」

「それはなんとなく伝わったよ」


 事務所へ来るまでの所作や、ところどころに現れる言動の上品さ。彼女はきっと元は社会に溶け込む女性だったに違いない。


 何があって地雷へ転身してしまったのだろうか。


「で、どうするんですか? 彼女はここで働きたいと言ってますが」

「ワトソンはどう思う?」


 俺に一生尽くしたいだなんて盛大な決意を見せた彼女は、この探偵事務所で働きたいと申し出てきた。


 無賃で、なんでもすると宣言した彼女に俺は頭を悩ませる。


「率直な感想ですが、探偵には向いてないと思います」

「だよね」


 探偵業において、感情の起伏は弱点になりかねない。常に冷静に対処する場面が追い多く存在するこの世界では、彼女は不利だ。


 自然公園での様子を見る限り、感情が激しいタイプだと確信している。


「蘭堂さん」

「真音とお呼びください!」

「……真音。この事務所で働きたいという件だけど」


 話しかけると、カップを置いて俺の元へと素早い動作でやってくる。


「なんでもします! お給料もいりません! お願いします!」

「やはり何度考えても、認めることはできないよ」

「そんな……」


 言葉を取り繕うことなく、俺は結論を告げた。


 分かりやすく落ち込んだ様子を見せる真音。


「労働者に対して正当な報酬を渡さないと俺の社会的地位がなくなるからね」

「へ……?」


 世に存在する、法律という社会のルール。

 そこには、労働に関するルールもガチガチに定められており、簡潔にいうと雇用者は労働者に対して正当な報酬を支払わないと、労働基準にフルボッコにされてしまう。


 もちろん俺はそんなリスクを背負いたくない。


「当事務所の雑務。やることは無数にあるけど、それをこなしてくれる人を探していたんだよね」


 事務所の掃除に、家事。

 探偵業とは別の、生活に直結する業務。


 それらをしてくれる人が一人でも現れれば、ワトソンの負担を減らせる。そう考えている。

 まぁ、俺がやればいい話なんだけど。不器用な上にめんどくさがりな性格がそれを不可能にしている。


「住み込みでの仕事になるけど、それでもいいなら雇わせてくれるかな?」

「逆にいいの!?」

「ワトソンの負担を減らしたいし、働いてくれると助かるよ」


 食べられない食事を毎度一人前作ってもらうことに少し抵抗があったんだけど、真音にお願いすればその罪悪感も多少は拭えるだろう。


 ワトソンは気にしないと言っているが、俺は普通に気にしている。


「これからよろしくお願いします! ツムたそ!」

「うん、よろしくね」


 もうあだ名については何も触れないでおこう。


「ワトソン、事務所と自宅スペースの案内してあげて」

「はい、分かりました」

「部屋空いていたっけ?」

「ええ、私の部屋の隣が」


 当事務所の上は、私生活を送る自宅スペースとなっている。

 自分で言うのもなんだが、過去の栄光のおかげで随分と立派な建物を所持できている。

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