file.9 開演
「――お願いします! うちのアホな相方をどうか見つけてくだはい!」
「まぁまぁ、頭を下げてください。当然依頼とあらば、全身全霊で探しますよ」
朝日が輝く平然な日常に、溶け込むこの依頼人が、約一ヶ月に殺されかけるなんて、この時は想像もしていなかった。
「良かったぁほんまあのアホ、連絡もせんとどこ行きよってん!」
「心当たりはありますか?」
人探しの鉄則は、依頼者の憶測から対象者の特徴を読み解くこと。
まずはこの人が相方さんをどう解釈しているかが重要となってくる。
「心当たりなぁ……多分拗ねてどっか行っとるとは思ってるんよ」
「拗ねて、と言いますと?」
「ちょっと揉めとりまして。聞いてもらえますか?」
少し後ろめたそうな表情を浮かべる佐原さんは、おずおずと俺の顔を覗き込むように確認した。
「逆に話していただけるんですか? 探すのに必要な情報さえお話いただければ、探偵業としては成り立つので、無理にディープな話をする必要はありませんよ」
「いや! お世話になるんやから、これくらいは話させて」
「そうですか、分かりました。では、お聞かせ願います」
コクリと頷いて、一度紅茶を口に含むと、佐原さんはゆっくりと口を開く。
「これ、オフレコで頼むんすけど、僕の相棒はアンドロイドなんすわ」
言いながら目を伏せる佐原さんは、どこか後ろめたいのか少し気まずそうに笑う。
この人はアンドロイドに抵抗がある方なのだろうか。
「うちの優秀な助手もアンドロイドですよ」
「え!? そうなんすか!?」
ガタッと立ち上がり、バッとワトソンの方を向く佐原さんは、安堵の笑みを浮かべて、次第にハッハッハと愉快に声を上げた。
「なんや、探偵さん。理解ある人やったんやな! よかったぁ、いまだにアンドロイドに抵抗ある人あるみたいやから隠しとったんよ」
「俺は理解のある方ですよ、お気になさらず」
言いながら俺は、佐原さんから本題を聞き出す。
「実は最近相方がネタを書いてくれるんやけど僕はそれをやめさせたくてずっとキツく拒んどったんや」
「なるほど?」
「そんで、多分拗ねたんやと思うんよ」
アンドロイドが拗ねる?
感情なんて持たないアンドロイドが拗ねて行方不明に? ふむ。まさかシンギュラリティに達している……?
でもまさか。シンギュラリティに達したアンドロイドは、特殊な信号が発信され、国の管理局に知られる。
それすなわち、処分確定。
もしかすると、相方さんはすでに……。
「アンドロイドを敵対する人はまだ多い、せやからいつ壊されるか分からん。早よ見つけたりたい」
「そうですか、それは心配ですね」
紅茶を口に含み、思考を紅茶の香りで加速させる。
「ちなみになんですが、なぜ佐原さんは相方さんのネタを拒み続けているんですか?」
「この笑いは僕たちの世界観に合わへん。お客さんに媚びすぎの漫才は、ただみんな不愉快なるだけや」
「こだわりを感じますね」
この人の言葉から、相当な情熱を感じ取れる。
「そりゃそうやん。僕ら漫才師は、人を腹の底から笑わせて生活させてもらってるんや、チンケなネタでお金なんて取ってられへん」
「でも、コンビなんですよね?」
情熱は伝わった。
だけど、俺には少し理解できない。コンビなら、仲良く世界観を作っていけばいい。なぜそこまでネタを相方のアンドロイドに書かせない?
「ああ、コンビや。言いたいことは分かる。コンビなら仲良くやれって言うんやろ?」
「ええ、事情があるのは分かりますが、拒み続ける理由が理解できないです」
「僕はあいつに学習して欲しいんや。一生拒み続けるわけやない、僕の技術や、お客さんの新鮮な笑顔を学習して、自然なネタを書いて欲しいんや」
ダン! と拳を強く机に打ち付ける佐原さんからは、熱い思いをヒシヒシと感じ取れる。この人は、真剣に相方さんのことを考えているのだろうね。
「例えあいつが拗ねようが、僕を恨もうが、僕はあいつの横で人を笑顔にしたいとおもっとる。だから改めて、どうかお願いします。あのアホを見つけ出してください」
「承知しました。お任せください、パパッと見つけますよ」
こうして、あの事件へと繋がっていった――
「――うそや、海斗がワイのために……?」
「嘘じゃありませんよ、彼は常にあなたを思って厳しくしていましたから。そもそも少し考えれば分かりますよね? 大切じゃなくちゃ、探したりしませんよ」
その場に崩れ落ちるように座り込む笑太郎さんは、こう綴る。
「あぁほんまや……ワイがアホやったんや……自分のことしか考えれんと……そりゃおもん無いネタしか書けんわ……」
床のシミを見つめるように、気力を完全に失っている。
「ワトソンはんのことやから、トリックも割れとるんやろ?」
「ええ、実に単純です」
そう軽くあしらうワトソンは、淡々と今回使用されたトリックを簡単に説明した。
使用した凶器は、掃除ロボット。
あらかじめ棚の上に設置された陶器をぶつけて落とせるよう、掃除ロボットのシステムに介入してコントロールしていたようだ。
掃除ロボットのカメラ機能を起用に利用し、棚の側に来たところで作動させた。
これで離れていても実行でき、事故を装える。という手筈。
「もうワイの負けや。お巡りさんに突き出してくれ」
「……マスター、後の判断はお任せします」
ふむ、事件は解明された。
後の処理は探偵である俺の仕事だね。
「笑太郎さん、あなたはどうも視野が狭いですね」
「へ……? 語部はん、なにを言うて――」
気の抜けた表情で、俺を見る笑太郎さんだが、俺にはしっかり見えている。
「――どアホが」
鋭い角度で入る平手、軽快に鳴り響く手打ち音。その全てが漫才の演出のように、華麗に見えた。
「海斗……」
「これは事故や。せやから犯人も警察もくそもないねん。今からお客さんを笑わせたろってやつがしけたツラしてんなよ?」
ニカっと笑う佐原さんのその様子は、まるでコミックの主人公が、窮地に颯爽と現れたかのような光を放つ。
「ですよね? 探偵さん」
ははは。この人はどこまでも相方想いの方だ。
「ええ、世の中の事象。それは全て受け取り手の匙加減ですから」
「っちゅーこっちゃ、さっさと準備してや」
楽屋に常備された救急セットで簡潔に手当てをしながら佐原さんは、警備員さんや友人にしっかりと口止めをしている。
「佐原様、お手伝いいたします」
「お! ありがとう、めっちゃ助かる」
後頭部に上手く包帯を巻けていない佐原さんを見かねたのか、ワトソンはツカツカと歩み寄り、包帯をそっと巻き始めた。
「そろそろライブの音響設定とか終わるやろうから、会場行ったってや」
「お怪我は大丈夫なんですか?」
「こんなもんかすり傷や! こんくらいならつかみのネタに昇華できるし、どうってことないで」
身を焦がすほど眩しい太陽のような笑顔で立ち上がる佐原さんは、真っ直ぐと笑太郎さんの目を見て訴えかける。
「思い込みも暴走も、反省も。出来んのは人間の特権や。ええ学びになったな笑太郎」
「海斗……お前……」
肩をポンと優しくたたく佐原さんは、膝をついて床に座り込む笑太郎さんを起き上がらせて、強引に出口へと引っ張っていく。
そのまま俺たちに愛嬌を振り撒いている。
「笑太郎。このライブ終わったら、またネタ書いて見せてな。お前はこんなところでつまずくしょーもない男やないやろ?」
「買い被りすぎやろ。でもまぁ……ありがたい話や」
ニヒルに笑う笑太郎さんは、俺たちに深々と頭を下げて舞台へと向かって行った。
一悶着ありながらも、一皮剥けた笑太郎さんのボケは、鋭い切れ味で観客を楽しませ、圧巻の漫才ライブだった。
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