file.8 コンビ愛
「語部はん、もう推理はええでっか? そもそもこれは事故。いくら聞き込みして犯人探しても出てきませんのやわ」
苛立つ笑太郎さんは、「海斗も病院の先生に見てもらわなあかんし、ライブの時間も迫っとる」と付け足す。
「確かに、そうですね。佐原さんのためにも早急に解決しましょう」
隣に立つワトソンに視線を送ると、軽く頷いた。これが以心伝心。
「真実と言うのは常にクラウドに紡がれてあります。今からそれを証明して見せましょう」
お待たせ。冒頭のシーンに戻ってきたよ。
「証明やて? せやから事故をどない証明するっちゅうねん!」
「まぁまぁ、落ち着いてください。全て紐解けましたので今から推理ショーです」
魅せるように大袈裟に一礼し、俺はワトソンより一歩後ろへ下がる。そして、一呼吸置いてからワトソンへバトンタッチした。
「あとは頼んだよ」
「承知しました」
懐から電子デバイスを取り出したワトソンは、みんなに見えるように画面上部にホログラムを表示する。
そこには、言い合いをする佐原さんと笑太郎さん二人の姿が写されている。
「な、なんや!?」
「一ヶ月ほど前の監視カメラの映像です。心当たりありますよね?」
「いやなんであんさんがそんなん持ってんねんって話や!」
急に映し出された自身の映像。その出所に興味を示し興奮気味な笑太郎さんに、俺は告げる。
「俺が話を聞いている間に、ワトソンはありとあらゆる可能性を考慮してデータを収集していたんですよ。今からそれを基に彼女がこの殺人未遂事件を解明し、犯人を特定します!」
某探偵アニメなら、キメ顔をした後コマーシャルに遮られるだろうな。
「……語部はんはなにすんの?」
「おっと……?」
「だってワトソンはんが集めたデータを使ってワトソンはんが解明するんやろ? 語部はんおる意味あんの?」
……っ。痛いところを突いてくるね。
「マスターは人に言葉を伝えるのが苦手なんです。なので真実を紐解くのが私、マスターは捜査のきっかけを見つけ出すポジションですね」
「もはや助手やん。語部って苗字で紡久って名前やのに推理ショー出来へんのネタやん」
「マスターの話はどうでもいいです、大人しく話を聞いてください。犯人の笑太郎さん」
「――!? な、なに言うとんねや!? ワ、ワイが犯人やて?」
ワトソンは確信にズイッと触れた。なんの躊躇もなく。
「仮に! これが事件で、ワイが犯人やとして! 犯行動機は!?」
「この映像が物語ってますよ」
ホログラムで映された映像を静観するように促すワトソンに、大人しく従う笑太郎さんと他二人。
『――なんで分かってくれへんのや! ワイだってネタを書ける! 海斗が書く漫才に負けへんくらいの爆笑漫才や!』
『あかん、ネタは俺が書く』
『なんでやねん! テレビで使えとは言わん! せやけど一回くらいは舞台で演らせてくれてもええやんか!』
映されたそれは、一ヶ月ほど前に記録されているあるテレビ局の楽屋の映像らしい。ワトソンは状況を淡々と説明する。
「あなたは、自身の書くネタを読みすらしてくれない佐原さんと口論になっています」
「ワトソンはん、まさかそれだけで犯人や言わんよな?」
「ええ、この口論はまだ続きます」
一時停止していた映像を再開する。
『くそったれ! ワイが絶対おもろいネタ書いて、絶対俺のネタをお客さんに披露する! かくごしとけや!』
『おい待て、どこ行くねん……くそ、あいつ視野が狭なってもうとる……』
楽屋に一人取り残された佐原さんが苦悩の表情を浮かべたところで、その映像は終わった。
『――こんなん笑われへん、こんなネタやるくらいならこのコンビは解散や』
続くように再生される別の映像では、ノートを机に投げるように置いて怒りを露わにする佐原さんが映し出されている。
『なんやて? ちゃんと読んだんか!? 十本全部!』
『全部に目ぇ通した上で言うとんねん』
『ふざけんなや!』
自身の書いたネタを否定された笑太郎さんは、怒りに身を任せて佐原さんに力一杯掴み掛かる。
……俺たちに依頼しにきた直後かな。まさかこんな出来事が繰り広げられていたとはね。
「ふざけてんのはお前の方や! 仕事放棄して、連絡もなしにおらんようなって、人様に迷惑かけて、その上書いてきたゴミネタはなんやねん! 舐めんのも大概にせぇや!」
激昂する笑太郎さんと張り合うように、佐原さんも笑太郎さんのえり首を掴み上げる。
『お前の書くネタは観客のことなんも考えてへん、独りよがりのピエロネタや! そんなんでお客様は笑ってくれへんぞ!?』
『ワイはこの人工知能で人間の楽しい、面白いを研究してそれに基づいたネタを書いたんや! 否定されるんはおかしいやろがい!』
お互い一歩も引かない、激戦。
その映像を見る笑太郎さんの表情はひどく暗く、いまだに自身の中で渦巻くものがあるのだろう。
『”楽しい”、”面白い”がデータ化出来るおもてるのが甘いっちゅーねん』
押し飛ばすように、強く手を笑太郎さんのえり首を離す。
『人間は、人工知能では測りきれんほど深い生き物なんや。まずは人間味を学ぶとっから始めろ、話はそっからや』
『人間味……』
『しばらく休み取って頭冷やせ』
佐原さんはそう言って、楽屋を後にした。
映像が終了したことを確認すると、ワトソンはデバイスを収納した。
「犯行動機は、自身のネタを否定され、人間と人工知能との線引きをされたこと。でしょう?」
「……その通りや」
ワトソンに動機を指摘され、これ以上ごまかしは無駄だと悟ったのか、案外あっさりと犯行動機を認めた。
「ワトソンはんかて分かるやろ!? 人間はワイらを利用するだけ利用して、結局は見下しとんねん! 海斗だって、ワイがおるから漫才出来とんのに、ワイのネタは否定する! 死んで当――」
感情に身を任せ、言葉を紡ぐ笑太郎さんを、あろうことかワトソンは平手打ちで強制的に停止させる。
「それ以上はいけない」
「……!」
「私は利用されているなんて感じたことはありません。それに、佐原さんだって貴方を見下してなんかいません」
「ワトソンはんが、俺らのなにを知っとるっちゅうねん!」
痛みを感じたかのように笑太郎さんは左頬を押さえながらも、感極まった様子でワトソンへ抗議する。
「私は、佐原さんが貴方を高く評価していることも、それを貴方が理解していないことも把握しています」
そう言うと、ワトソンはまたデバイスを取り出してホログラム映像を映し出す。
それは、語部探偵事務所の監視カメラ映像を映し出している。これは、佐原さんが笑太郎さんを探して欲しいと依頼してきた時の映像だ。
「探偵としては依頼人の依頼情報を他社に漏らすのは御法度ですが、理解力のないバカにはこうでもしないと佐原さんの優しさは伝わらないと思います。いいでしょうかマスター」
「いいよ、佐原さんも許してくれるさ」
おそらく、佐原さんのあの調子じゃ、絶対に真意は伝わらないだろうね。
全く、世話の焼ける芸能人様たちだよ。
「いいですか? 今から見せるのは佐原さんの本心です。貴方を想い、心を鬼にしながら貴方と共に高みを目指す佐原さんを少しでも理解してください」
今でも思い出す。
今はもういないと思っていた、自分が嫌われてでもその人のために冷徹に振る舞える古来種のような人を見た衝撃を――
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