file.7 調査開始
「だからこれはどう見ても事故やろ!」
「世は不可解なことだらけです。断定はできないんですよ。ですが安心してください、この件は法が介入する前に俺たちが解明しましょう」
不安を煽るようなサイレンの音を観客に聞かせたくない、それは俺も同意だ。
だがどうしてもこの件は事件性を感じる。だから放って置けない。
「なんでそこまで……」
「ほつれた糸をほぐしていくのも探偵の仕事なのでね」
俺にはすでに事件の全貌がうっすらと分かる。
確証はまだないが、おそらくこれは計画的殺人だろうね。そして犯人は、俺の目の前で悠然と振る舞っている笑太郎さんだ。
だが、決めつけるのは良くない。あらゆる可能性を考慮すべきだね。
「失礼します! 騒がしいですがどうされましたか!?」
騒ぎを感じ取ったのか勢いよく警備員がドアを開けたとき、血に濡れる佐原さんを見て目を丸くする。
「け、警察!!」
「警備員さん、その件はもう終わったので情報提供してもらえるだろうか?」
チラリと目線をワトソンに向けると、俺の名刺を警備員に渡して言った。
「彼は探偵です。諸事情により警察の介入なしで事件を紐解くことになりました。ですので情報ください」
「……? …………?」
俺とワトソン、そして血で湿ったタオルで抑えられる佐原さんを交互に見る警備員は、どうやら状況を飲み込めていないようだ。
「……不審な人物を見かけませんでしたか? 例えば見たことのない人物が楽屋に尋ねてきただとか」
落ち着いて聞いてもらうためか、ワトソンは一呼吸おいて再度情報の提供を促す。
人によっては状況を理解するのに時間がかかる場合がある。
そして現状、情報が多い。
まずはライブ前に騒いでいる集団。
次に血まみれの芸人。
その次は血を抑える相方。
そして何より。
「不審な人物はあなた方では……?」
そう言われると思っていたよ……。
「警備員さん、俺たちは探偵さ。不審な人物ではないよ」
警備する人間としては正しい感性だが、スッと理解してもらえないのはこの状況ではいただけないな。
「質問を変えようか。訪ねてきた人はいるだろうか?」
「訪ねてきた人……ですか」
視線を上に向け、警備員は自分の脳に刻まれた記憶を辿っている。
「あぁ! 一人いらっしゃいましたよ! なんでも、佐原さんのご友人だとか。いやぁ思い出すのに時間がかかってしまう……」
「警備の仕事を人がやっているなんて珍しいですよね」
警備員の頭髪は、白く染まり、紆余曲折な人生を歩んできたと分かるシワやシミも顔に付いている。
彼は定年後の再就職枠なのだろうか、だとしたらよく採用されたものだ。
「老人なら尚更でしょう」
「あ、いえ。そんなつもりは」
「いいんですよ、自覚してますから」
ご年配なのに警備の仕事に就けたことに少し驚いていることが悟られた。この警備員、案外侮れないかもしれないね。
「その心意気、見習わせていただきますね。ところで……その佐原さんのご友人はすぐに楽屋へ通したのですか?」
警備員の口ぶりからすると、楽屋へ通したように聞こえる。
俺ほ断固拒否されたというのに。
「ええ、佐原さんにお電話して関係者であることを証明してくださったので」
そうか、俺も電話すれば良かったのか。
以前依頼があった時に聞いた番号はワトソンが記憶しているし、可能な手だった。
教えてくれても良かったんじゃないか? の意を込めてワトソンをチラリと見たが、現在進行形で情報を収集している。
ワトソンの得意分野は、物からの情報収集。
人からの情報収集が得意な俺が隣にいれば、敵知らずの探偵と言っても過言ではない。
そろそろワトソンは監視カメラの映像の取得に取り掛かりそうだから、俺は佐原さんの友人とやらに会って話を聞いてみようじゃないか。
「笑太郎さん、佐原さんのご友人に心当たりは?」
「もちろんあるで。あいつ来とった時ワイもおったし」
そう言う笑太郎さんに、その友人をここへ呼んでもらうようにお願いする。
すると数分くらいで、彼はやってきた。
「悪いな、急に呼び出して。探偵の語部はんが話聞きたい言うてな」
「全然問題ないっすよ、状況はパッと見で把握できたんで!」
フランクな態度で全体をぐるっと見渡す派手なパーカーの人物。
「お呼び立てしてすみません」
「全然大丈夫っすよ! 探偵さんの知りたいことを僕が知ってるかは分からないっすけど、お力になれればと思います!」
満面の笑みが、現状に似つかない気もするがまぶしな瞳と笑窪が特徴的な佐原さんのご友人。
「ありがとうございます。まずお尋ねしたいのですが、佐原さんとはどのようなお知り合いで?」
「佐原っちとは、一昨日に飲み屋で知り合ったっす!」
「……意外と最近のお付き合いなんですね、少し驚きです」
知り合って数日の人間を楽屋へ招き入れる佐原さんの感覚が少しずれているのか、それともこの人のコミュ力が化け物じみているのだろうか。
「すみません、申し遅れましたね。探偵の語部紡久です」
「あ、ご丁寧にあざっす。僕は加藤太一っす」
俺が名乗るタイミングで、ワトソンが俺の名刺を手渡した。監視カメラの映像をハッキング中にも関わらず迅速な対応だ。
「加藤さん。単刀直入にお伺いしますが、佐原さんへの殺意はありますか?」
「随分投げやりな質問っすね。こういうのはもっと泳がせたりカマかけたりするもんじゃ?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で俺を見た加藤さんだったが、すぐに切り替えるように一度肩を浮かせて力を抜いた。
この人、もしかして能天気なタイプか?
少しシンパシーを感じながらも、俺は事件解決に向けて着々と推理の信憑性を高められる情報を探している。
「まぁいっか、殺意なんてあるわけないですよ」
「探偵の数だけやり方はありますので。不快にさせてしまったらすみません」
「いやいや、不快なんてとんでもないっす! むしろすっごくいいと思いますよ」
まぁそうだろうね。
加藤さんは容疑者から外れる。つまり候補が二択に絞られた。
甲斐甲斐しく負傷した佐原さんの応急処置をしている笑太郎さん。
人畜無害そうな再就職警備員おじいちゃん。
動機があっても違和感のない加藤さんが容疑者候補から外れた事で、一見動機がなさそうな二人が残っている。
「警備員さん、佐原さんへ殺意は?」
「あるわけないじゃないですか! 佐原さんはとても暖かい人ですよ。そんな人を嫌う人間なんているわけないですよ」
そうだろうね。
佐原さんは芸能界でも、有数の人徳者だと聞く。
恐らく警備員にも親切な対応なのだろう。恨みを買うなんてことはなさそうだな。
つまり、消去法で犯人は笑太郎さん。
俺の予想が段々真実味を帯びてきている。
あとは、ワトソンが動かぬ証拠を見つけ出すまで引っ張る。
「笑太郎さん、いかがですか? 佐原さんへの殺意」
「あらへん……って言うたら嘘になるくらいには、なんべんもこいつ殺したろかておもたことはありますわ」
「そうですか。それは、コンビ間で起こったトラブルでそのような感情を?」
おっと。意外な反応が返ってきたね。
てっきりとぼけるのかと思っていたが、そう簡単に予想は当たらないものだね。
「コンビでやってたらそんなんザラですわ」
「そうですか、なるほど」
ピキピキと苛立ち始めたように感じる笑太郎さんは、漫才師らしからぬ強張った表情を見せている。
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