file.6 新たな事件

「助けを求める人が来たら動くよ当然。ただ、自ら助けを求めていませんか? と聞き回るほど人が出来てないものでね」

「そうですか、とりあえずお風呂を沸かしますね」

「適当に流したね」


 ひとまず俺が人助けを放棄していないかを確認すると満足したのか、黙々と家事を遂行し始めた。


   

 ***


   

「決して怪しいものではないんだ、どうしても入れてもらえないだろうか?」

「申し訳ございません、関係者じゃないとこの先の楽屋へお通しすることは出来かねますので」


 猫探しから一週間。

 特に依頼もないままのんびりと過ごし、佐原さんたち漫才コンビ、くれいじいカンサイの漫才ライブの日。


 俺は今、開演より早く足を運び、差し入れをしようと楽屋へ訪れたのだけれど。


「佐原さんに語部が来ているとお伝えいただけますか? 知り合いって分かると思うので」

「お引き取りください」


 屈強な警備員に警戒されている。


「ワトソン、楽屋がすぐそこにあるのに入れないんだけれどどうしようかな」

「ライブ後に出待ちして渡せばいいのではないでしょうか」

「それだとガチファンみたいでしょ? 出待ちはファンの女性方がするだろうから俺はいいんだよ」


 早めに渡しておきたいが、このままじゃ埒があかなそう。ここはワトソンに頼んでここ一体の電力を停止させるか?


 その混乱に乗じてパパッと侵入する方法くらいしか思い浮かばない。


「――あ、語部はんやないでっか? えろぉお世話なっとりますぅ」


 警備員との間にバチバチと火花が散るような空気感をこってりとした関西弁が突如貫き飛ばした。


「以前はごっつぅご迷惑お掛けしてほんますんません、今日は気楽に笑ったってくださいね」

「……お知り合いですか? 笑太郎さん」


 笑太郎と呼ばれたその人は、フッとニヒルに笑って見せると、チッチっと言わんばかりに人差し指を小さく左右に振った。


「この人は知り合いなんてそんな甘いもんとちゃうで、ワイら漫才コンビ、”くれカン”の命の恩人や! まぁワイの連絡不足が招いた事態やってんけどな」


 そう、何を隠そうこの人。


 以前佐原さんが探していた、行方不明になっていた相方さんだ。

 彼はアンドロイドながらに、個性豊かな言語能力といい表情を兼ね備えている。


 おそらくシンギュラリティに達していると推察しているが、それに気付いているのは、恐らく佐原さんと俺だけだろう。


 世の中で、プログラムされた以上の感情をあらわにするアンドロイドがいればすぐに破棄される。


 だから笑太郎さんはアンドロイドという事実をひた隠しにしているのだろう。


 佐原さんが依頼するときにその事実を聞かせてくれたが、このことは内密にしてほしいとのことだった。当然仕事上黙秘は必然なんだけどね。


「無事見つけられてなによりでしたよ」

「ワトソンはんがえろぉ尽力してくれたってきいとります、ほんまおおきに!」

「いえ、お構いなく。仕事ですので」


 お礼をされてもクールな態度を一切崩さないワトソン。

 俺は褒められると照れちゃうから、あの毅然とした態度は見習いたいな。


「おや? リハーサルのお時間ですか?」

「え、ああ! 時間確認しとっただけやから、気にせんとってください!」


 腕につけた時計をチラリと確認する笑太郎さんの表情は、なにかを決意するような鋭さを感じさせた。


「ささ! 語部はん! ここで話すのもなんやし相方は中おると思うんで、楽屋の方案内しますわ」


 警備員さんに軽く会釈しながらも、俺はワトソンと共に楽屋へと連れて行かれた。


「――海斗! 語部はんが警備員はんに足止めされとったで。優秀やけど融通きかんのがたまに傷やな、あの警備員はん」


 楽屋のドアを、大きく音が出るほど大胆に開ける笑太郎さんは、入室するや否やすぐに言葉を解き放った。


「……ん?」


 だが、その言葉に呼応する声は聞こえず、ただ疑問の時間が流れる。


 やけに静かな楽屋に、割れて散らばった陶器。

 そしてその陶器に阻まれ、エラー停止している掃除ロボット。


 その周辺には、じわりと広がる鮮血が。


「えらいこっちゃ! ごっつい事故やで! 大丈夫か海斗!」


 棚の陰で見えづらいが、笑太郎さんの近付くその先には人が倒れているのがわかる。

 入り口から誰が倒れているかは分からないけれど、笑太郎さんは真っ先に相方の名を呼び駆け寄っていった。


「……笑太郎さん、この楽屋を使用するのはあなた達二人だけですか?」


 俺は少し細かいことに引っかかった。


 なぜ事故だと断定した? なぜ佐原さんだと決めつけた?


「せやで、それがどないしたん?」


 ふむ。となると、確認できずとも相方の名前を呼ぶことは不自然ではないか。


「あぁでも、たまに芸人仲間が挨拶しにくるで」

「となると、他殺の可能性も出てくるわけですね」

「他殺!? サスペンスの見過ぎちゃうか? アホなこと言わんときや語部はん」


 停止する掃除ロボットをゆっくりと持ち上げ、充電器へ繋げる笑太郎さん。


「棚の上に置かれてた花瓶がたまたま落ちてきて、不運にも海斗に当たってしもた。誰がどう見たってそうやろ」


 冷静に状況を分析して導き出したであろう持論を展開すると、ゆっくりと佐原さんを抱き起こし、そのまま歩き始める。


「笑太郎さんどこへ?」

「タクシーや、病院まで運んでってもらう」

「待ってください、彼は今頭部を損傷しています。素人が動かすべきではないです」


 楽屋を出ようとドアへ向かう笑太郎さんを止めるように、ワトソンは前に立ち塞がる。

 そして、言葉を続ける。


「今は救急車を呼ぶのが先決です。それに、他殺の線が消えたわけではないので、警察への連絡も必要でしょう」


 ワトソンの言う通りだ。もし他殺の場合、現場を荒らしすぎるのは犯人検挙率を下げてしまう恐れがある。


 ここは迅速に現場検証を行うべき場面だろう。


「アホぬかさんかい! この場において、サイレンを鳴らすわけにはいかん! 一台たりとも救急車やパトカーを敷地内に入れるわけにはいかん!」

「何故ですか? 理解できません」

「今日はワイらのワンマンの日や、楽しみにしとるファンの方々がぎょーさんおんねん」


 お互い一歩も譲る気のない問答だが、笑太郎さんの雰囲気はワトソンよりもジリジリとひり付くように感じる。


「そんなファンの方々を不安にさせて悲しませるような事態は、プロとして避けるべきや! 海斗もきっとそれを望んどる!」


 これが、人を笑わせる芸人のプロ意識。立派な志だが、どうしても俺には理解ができない。


「せやからワイはピンでも会場を沸かせる義務があるんや! 関係者に話を通しときたい、時間がないからそこ退いてくれへんか?」


 笑太郎さんが手に持つタオルは、出血する佐原さんの頭部に当てられ、ジワジワと赤く染まっている。


「笑太郎さん、あなたの覚悟。しかとこの語部紡久に伝わりました」

「語部はん……」

「しかし、この場をこのままやり過ごすのは看過できません」


 プロ意識はしっかりと伝わった、それに俺はそのプロ意識を尊重したいと思っている。


「なんでやねん! ここは救急車もパトカーも呼ばんとピンで演りきるとこやろ!?」

「それとこれとは話が別ですね。万が一他殺で、無差別犯であれば、犯人を暴かないとファンの方々が襲われる危険性があります」


 楽しみに来てくれた人を笑顔にしたいのならば、不安要素は徹底的に省くのがベター。

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